恋人と現実

「遥香!」


「え……?」


息を切らせながら駆けつけると、遥香は先程と同じく自販機の前にいた。

呆然とした様子で立っていたのだろうか、遥香はおれの声にビクッと肩を震わせた。


「ごめん、いなくなったりして……」


「いや、別に大丈夫だけど……」


「あの、改めておれの口から言わせてくれないか……?」


「え?」


「おれは遥香のことが、好きだ……!」


「え……」


「今まで気づかないふりしてて、ごめん。だけど、もう嘘はつかない。はっきりとおれの気持ちを伝える」


おれは真っ直ぐに遥香の目を見てそう言った。どこかで誰かがこれを聞いていたとしても、全く恥ずかしくはない。これがおれの気持ちであり、覚悟なのだ。


「ほんとにほんと……?」


「本当だよ」


「今日、エイプリルフール?」


「いや、今10月だけど」


「ドッキリカメラとか近くにある?」


「海外のテレビ番組みたいなタチの悪いことしないから」


「もしかしてあたし達、マルチバースにいる?」


「最近見た映画の影響受けすぎだぞ。それにこれは現実だから」


「あんた、ドッペルゲンガー?」


「そんなホラー要素ないから」


っていうか疑いすぎだろ。

勇気を持って、ものすごく緊張しながら告白したのになんか拍子抜けするっていうか……


「ごめん。なんかいきなり過ぎてびっくりして……」


「ああ、うん。だと思った」


疑い過ぎてこっちがびっくりしたわ。


「じゃあ、あたし達恋人同士ってこと?」


「うっ……まぁそうなるかな……」


面と向かって言われると恥ずかしいもんだな……


「そっか。恋人か。えへへ……」


「は、遥香……?」


随分締まりのない、だらしない笑みを遥香は浮かべたので、おれは一瞬、自分の目が信じられなかった。


「ということは、あんなことやこんなことできるのね、ぐふふ……」


「おい、遥香……その顔、ものすごく気持ち悪いんだが」


出来たばかりの恋人にこんなこと言うのもどうかと思うが、実際そうなのだから仕方ない。これを他の生徒が見たらどう思うか。柳なら間違い無く、号外を出すだろう。

今にも口元から大量のよだれが出てきそうなくらい歪んだ笑みを浮かべているのだから。


「くふ、くふふ……」


妄想が妄想を呼んでいるのか、遥香はしばらくの間、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がする。

恋人の意外な一面を見たら嬉しいとかって言う人がいるけど、この一面は見たくなかったな。




…………………………













「明日、穂花に話さなきゃね」


「そうだな……」


あれからどれくらい経ったのか。

おれ達はベンチに座り、それぞれジュースを片手に持ちながら、話していた。

遥香のニヤニヤが収まるのを待ってたら、もうすぐ就寝時間になってしまった。

その間、自販機にあまり人が来なかったので、本当に良かった。まぁ何人かの宿泊客には見られたが、うちの生徒ではないからセーフということにしておこう。


「そういえば、穂花から告白されてたんだってね」


唐突に遥香がそんなことを言ってくるので、おれは口に含んでいたジュースを吹き出しそうになってしまった。


「ゲホッ、エホッ……な、なんで知ってるんだ……?」


まさか、その光景を見ていたとか……?

いや、遥香の性格上、もしそれを見ていたとしたらその日のうちにその事を話してくるはずだ。だったらいつ……?


「修学旅行の少し前にね。穂花から聞いたのよ。転校してきてすぐに京介に告白したって。それを聞いて、あたしもこのままじゃダメかなって少し思うようになってさ……」


「穂花が……」


「うん。だから、あたしを選んでくれて嬉しかったけど、同時に申し訳なさも半端ないのよね」


穂花は苦笑いを浮かべる。


「それはおれもだよ」


言って、缶を側におき、自分の手を遥香の手にそっと重ねる。


「え……?」


「おれがあの時、はっきりと言えば、もしくはもっと早く自分の気持ちに正直になっていれば、穂花を余計に悲しませることにはならなかったと思う。だから、申し訳ないというのならそれはおれも同じだ」


「京介……」


「穂花にちゃんと謝るよ。そして祝ってもらう」


「そうね。何より、親友に認めてもらわないと困るしね」


遥香はそう言ってから、おれの肩にこつんと身体を預けてきた。

その仕草がやけにかわいくて、おれは恥ずかしくなり、その場から動く事が出来なかった。


くっ、反則だろ、これ……

さっきまでだらしない顔を浮かべてたやつがこんなことしてくるなんて……

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