相談と本心

どのくらい時間が経ったのだろうか。

おれは親父が家を出て行ってからも、ずっとイスに座っていた。いや、正確には身体が動かなかったからその場にいた。という表現の方が正しいかもしれない。


いきなりの誘い過ぎて、完全に動揺してしまい、同時にずっと同じ質問が頭をよぎる。


おれはどうするべきなんだろうか、どうしたらいいんだろうか。海外に行くのも楽しいと思う。親父の言うように良い経験にもなるだろう。

おれとしては、大学に進学するだろうとは、漠然と考えていたが、その先は特に考えていなかった。だからこそ、海外に行くのもアリだと思う。だが、そうなると今のこの生活はどうなる?

門川家、そして遥香との関係はどうなってしまうのか。ずっとこの生活が続くとは思っていなかったが、リミットがあると分かった途端に、逆に焦りが生まれてしまう。


「なんかものすごい重い空気出てるけど、大丈夫……?」


「え……?」


その声におれは沈ませていた顔を上げる。

そこには、いつのまにか遥香が帰宅していたようで、覗き込むようにこちらを見ていた。


「いつの間に帰ってたんだ?」


「ついさっきよ。気づいてなかったの?」


そう言って、遥香は肩にかけていたバックをソファに置くと、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出し、それを開け、一口、口に含んだ。


「あ、ああ。悪い。ちょっと考え事してて」


「なんか結構深刻そうな感じしてるけど、大丈夫なの?」


「……」


その問いにおれは即答できなかった。

やっぱりこの事は遥香に言うべきだよな……


「あのさ、一つ相談というか聞いてもらいたいことがあって……」


遥香がおれの向かいにイスに座ったので、おれは話を切り出すことに決めた。


「うん?まぁ私でよければ」


「いや、これは遥香に聞いてほしいんだ」


「え……?」


おれのその言葉に遥香は目をパチクリとさせる。

さて、この話を遥香はどう受け止めてくれるのか……


おれは深呼吸を一つした後、思い切って遥香に先程の親父からの誘いの件を話し始めた。

そして、わずか5分程度で話は終わったのだが。


「いや、まぁ突然過ぎてびっくりよね……」


「だろ……」


お互い重い空気になりながら、ため息を一つ吐く。


「それであんたはどうしたいの?海外に行きたいの?」


「いや、おれ自身もいきなり過ぎて、はっきりとした答えがまだ出せてないんだよ。親父はあと1年あるからゆっくり考えろって言ってくれてるけど……」


「そっか……」


「ああ……」


そこで再び沈黙。


「でも私は嫌だな……」


すると、呟くように遥香がそう言った。


「え……?」


「あ、いや、だってせっかくこの生活にも慣れてきて、もったいないっていうか」


「そう……だよな」


「う、うん!だから……」


だが、その先を遥香は言わなかった。

行かないで。と言おうとしたのだろうか。

しかし、そう言ってしまうと自分の言葉が枷になると思ったのだと思う。だから、その先を言わない。遥香はそういう先の気配りができる人物だからだ。


「まぁもう少し考えるよ。おれもこの生活を手放すのは嫌だし、海外に行きたい訳でもないからな」


ははっと笑って遥香の不安を無くそうとしてみる。


「う、うん!」


暗くなっていた遥香の顔が途端にパァーッと明るくなった。

この笑顔を見れなくなるのは、寂しいし、やっぱり親父には悪いけど、海外には行きたくないな。


でも、それだけが本心か?

おれは自分自身に問いてみた。しかし、その答えが出てくることはなかった。

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