選択

「そういや、遥香ちゃんがいないようだが、どうしたんだ?」


「あー今日はバイトに行ってるよ。多分そろそろ帰ってくるはずだと思うけど」


「なんだ、バイトしてるのか?」


おれの言葉に親父は不思議そうな顔をした。

まぁそりゃあ、そうだよな。だってバイトする必要なんてないんだから。


「ああ。好きなキャラクターがある店で働いてるんだ。グッズが安く買えるからってのが動機らしい」


「ああ、なるほど。昔から猫好きだもんな、遥香ちゃん」


昔の事を思い出したのか、親父がははっと笑う。


「そういうこと」


「まぁそれより、ここに来たのにはお前に大事な話があるからなんだが、聞いてくれるか?」


親父は姿勢を正して、イスに座り直した。

表情も少し固くなった気がして、その姿に、こちらも緊張してしまう。


「なんだよ、やけに改まって」


「単刀直入に言う。京介、お前、父さんと一緒に海外で暮らさないか?」


「え……?」


突然の、全く予想もしていなかった言葉におれは心臓がドクンと大きくはねた後、一瞬止まったように感じた。


「海外での仕事も軌道に乗り、出張という名目で最初は行っていたが、それが正式に異動という形になりそうなんだ」


「そう……なんだ」


「日本の大学に行きたいって言うのなら、無理にとは言わないが、今のところ、やりたいことはないんだろう?」


「まぁ……そうだけど……そういや、親父って海外のどこにいるんだっけ?」


「なんだ。言ってなかったか?シンガポールだよ」


「シンガポールか……」


「あそこはいいぞー。法律が厳しいが、そのおかげで街は綺麗だし、都会なのに空気も澄んでるし、とにかく住みやすい。日本よりも快適かもしれないぞ?」


腕組みをしながら、親父はうんうんと頷く。

そして、親父はおれの性格をよく分かっている。だからこそ、この誘いをしてきたのだ。


「海外に行けば何か心境が変わるかもしれないし、何よりお前にとっても良い経験になると思うんだ。まぁ突然過ぎる話だし、今すぐに答えを出せとは言わない。進路を決めるまであと1年近くあるし、その間ゆっくり考えてほしい」


「……」


「それじゃ、オレはホテルに行って荷物を置いてくるよ。昌樹達が帰ってくる週末にまた来るからな」


そう言って、親父はおれの肩をポンと叩いた後、近くにあったキャリーケースを引きながら、家から出て行った。


対するおれはその場から動けなかった。


いきなり過ぎる話で、頭が追いつかない。

海外で暮らすか……

全く想像もしていない、思ってもみない話だったな……

そして、この事は昌樹さん達に、遥香に言うべきなんだろうか……

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