心地よい空間

時刻は夜の9時30分を少し過ぎたところ。

満員に次ぐ満員で3本も電車を見送った後、ようやく電車に乗ることができ、おれ達は先程、最寄りの駅に着いた。

そして、そこからまた遥香を背負いながら、家へと向かう。


「帰ったら何か食べるか?簡単なものなら作れるけど」


「あー、そうね。色々食べたからどっちかと言うと、甘いものが食べたいかなぁ」


「甘いものか……あ、確か冷凍庫にアイスがあったはずだな」


「じゃあ、それだけでいいかな」


「了解」


二つ返事をして頷く。

お互い、自然と会話ができるくらいにこの状況に慣れてきた。

河川敷を歩いてた時は周りの視線をやたら集めまくってたからな……

まぁ無理もないと思うが。

そんな中じゃ、とても会話ができるような空気じゃなかった。


「今日はありがとね」


すると突然、耳元で優しい声でそう囁かれたので、おれはドキッと心臓がはねた。

完全なる不意打ちだわ……

しかも、やけに優しい声で……


「な、なんだよ、いきなり」


「いや、こういうのはちゃんと伝えとこうと思ってさ」


「そ、そっか。いや、こちらこそありがとうだよ」


「え?」


遥香は驚いたような声を上げた。


「花火大会なんて久しく行ってなかったから、すげー楽しかったし、すごく充実した時間だったからさ」


いつ以来なんだろうか。確か小学校の低学年とかだった気がする。あの時はお互いの親と一緒に行ったんだよな。

あの時もこれくらい楽しかった記憶だし、見るもの全てに感動した。


「そっか……」


その返事の後、お互い言葉が途切れてしまった。だが、今のこの雰囲気に言葉なんて要らないんだとおれは心の中で思った。

味わったことのない心地よい空間がそこにはあったから。


そして、どこか心地よい気分のまま、おれ達は帰宅するのだった。

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