ケガ

夜の8時過ぎ。

花火も全て打ち上がり、花火大会は終わりを迎え、河川敷にいた人達はまるで民族大移動のように、ぞろぞろと駅に向かって歩き出す。

かくいうおれ達もその中の1組だった。


「しかし、この人数だと駅に着いたとしても電車の混み具合がやばそうだな……」


果たして、最寄りの駅に着くのは何本先の電車になるのだろうか……

今から先が思いやられるな……


「まぁ早く帰る必要もないし、ゆっくり帰りましょ……」


最後の言葉を言い終える前に、隣を歩いていた遥香がガクンと消えるように一瞬、姿を消した。

おれは何事かと思い、慌てて横を振り向き、視線を斜め下に下げる。


「おい、どうした……?」


遥香はしゃがみこんだまま、動かない。そのまま、両手で右足をさするように触っている。


「だ、大丈夫。ちょっとつまづいただけだから……」


そう言って、立ち上がろうとする遥香。


「いっ……た……!」


しかし、無理に立とうとしたからか、激痛に顔を歪め、再びしゃがみこんでしまう。


「お、おいおい。無理するなって……」


おれが遥香の足元に目を向けると、そこには袋に入った大きなゴミの塊があった。

これをうっかり踏んでしまい、足をくじいてしまったのか。

きっと、人の多さでゴミに気づかなかったんだろう。それにしてもマナーが悪い上に他人にケガを負わせるなんて最低な奴もいたもんだ。


おれは腹を立てながら、同じようなことが起きないようにゴミを拾い、もう片方の手で遥香に手を差し出す。


「とりあえず、ここにしゃがんでると人が多くて危険だし、離れよう。少しは歩けるか?」


「う、うん。大丈夫……」


ゆっくりとおれの差し出した手に掴まり、遥香は立ち上がった。

立ち上がる瞬間、また少し痛そうな顔をしていたので、おれはなるべく遥香に負担をかけないようにしながら、人がいない所へと移動する。


そして、河川敷から少し離れたところで、カバンから取り出したレジャーシートを敷いてから、その上に遥香をゆっくりと座らせる。


「やっぱり痛むか?」


「うん……そこまでひどい感じはしないんだけど、このまま歩くのは辛いかな……」


遥香は足をさすりながら、そう言う。


「そうか……」


この様子じゃ駅まで歩くなんて絶対に無理だな。

かと言って、ここにタクシーなんて呼べないし……まぁこうなったら仕方ないか。


「ほら」


おれは遥香の前にかがみ、背中を向ける。


「え……?」


しかし、遥香はイマイチ状況が読み込めていない様子。

普段は勘がいいくせにこういう時に限って、鈍いんだよな……


「その足じゃ歩けないだろ?だから、ほら……」


その先を言うのが恥ずかしくて、意図がわかるように両手をちょいちょいと動かす。


「え……なっ……!」


するとどうやら、遥香にもおれの意図が伝わったようで声だけだが、うろたえているのが分かる。


「嫌かもしれないけど、こうするのがベストだと思うからさ」


「いや、別に嫌ではないけど……むしろ、嬉しいというか……」


「え?なんか言ったか?」


「な、なんでもない!!」


周りの人がこちらに振り向くくらい、遥香が大声を上げた瞬間、おれの背中に何かがドサっと勢いよく乗ってきた。


「うおっ……!」


その衝撃に危うく、前に倒れそうになる。


「重いなんて言ったらぶっ飛ばすからね……」


「そんなこと言わねーから……」


むしろ、すごく軽くてびっくりした。

でも、その重さがやけに心地よくて、何故だかすごく安心する。


「それじゃ、行くぞ」


「うん……」


おれはゆっくりと立ち上がり、遥香を背負いながら駅へと向かうのだった。


そういや、文化祭の時も遥香は故意にだったけど、足を挫いたっけ。あの時はおんぶじゃなくて、肩を貸したんだよな。

あの時と状況はそこまで変わらないはずなのに、今回はおんぶって選択肢しかなかったな。何故なんだろうか。

それに遥香がすんなり受け入れてくれたのもどうしてなんだろうか。

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