9章

試験

早いもので7月になった。学生としては間も無く、待ちに待った夏休みがやってくる。が、その前に超えなければいけない壁が一つ。そして、この壁が中々厄介なのだ。


「えっと、これは……」


「これは、ほら。この公式を応用して……」


遥香はノートにサラサラっと公式を書いていく。


「いや、そのやり方だとわかりにくいだろ?だから、こうやれば……」


それに対して、おれは横から教科書の公式が載ってあるページを開いて、それを見せる。


「そっちの方がわかりづらいわよ」


「あの、ごめん……どっちもわからないよ……」


おれ達に挟まれながら、机に突っ伏した穂花が小さく声を上げる。


おれと遥香と穂花の3人は放課後、図書室で1週間後にやってくる期末テストに向けて勉強を行なっていた。

しかし、遥香は学年トップ10に入るほどの頭脳の持ち主。おれも勉強が苦手というわけではなく、自分で言うのもなんだが、そこそこできる方なので平均以上は取れる。

おれ達の中で一番の問題は穂花だった。


穂花は文系は得意だが、理系、特に数学がダメらしくて、5月末にあった中間テストも出来があまり良くなく、放課後、遥香と揃っていきなり誘われたので何事かと思ったら、期末テストで挽回するために勉強を教えてほしいと頼まれたのだ。


しかし、人に教えるなんて経験ないし、どうやればいいかわからないんだよな……

おれは教科書通りの公式を使って教えてみるのだが、遥香は天才にありがちな、変化球のような閃きで教科書にない公式を思い付き、それを穂花に教えていて、しかし、それでは穂花には訳がわからず、頭の中で完全にこんがらがっているようだった。


さて、どうしたものかと頭を一つ悩ませながら、おれ達は図書室で小一時間ほど教科書とノートと格闘した後、3人で中庭のベンチまで休憩がてらにやってきた。


「ここ、割と涼しいのね」


ベンチに座り、遥香が紙パックのピーチティーをすすりながら、そう言った。


「ああ、風も吹き抜けるから中々快適だぞ」


おれもベンチの端に座り、いつも飲む缶コーヒーを一口飲み、応える。


「そうなんだ。じゃあ昼休みはここに来れば良かったかも」


「……」


「あの、穂花……さっきから黙ってるけど、どうしたんだ?」


おれと遥香に挟まれる形で座っている穂花はここに来てからというものの、せっかく買ったジュースも飲まず、ずっと俯いている。


「どうしたじゃないよー!ぜんっぜん2人の教えてくれた事が頭に入ってこない……!これじゃ赤点決定だよ……」


がっくりと項垂れる穂花。


「あー……やっぱり人に何かを教えるって難しいよな……悪い。もっと丁寧に教えられたら良かったんだけど……」


「あ、いやいや!京介君は悪くないから!悪いのは私……というか、私の頭……?」


自虐気味に苦笑する穂花。

しかし、無理をしているのはすぐに分かった。


「こういう時、都合の良い家庭教師でもいたらいいのにね」


その時、何気なく遥香が放った一言。

その言葉を聞いた瞬間、穂花は目を見開き、ベンチから勢いよく立ち上がった。


「ど、どうした、いきなり……?」


たまらず、身構えてしまう。


「京介君!私の家庭教師になって!!」


「「はっ……?」」


遥香と同時に間抜けな声が出してしまう。

おれが家庭教師……?

どういうこと……?

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