デート(注)

色々とあったゴールデンウィークも終わり、入院していた昌樹さんも無事退院し、いつも通りの日常に戻っていった。

そして今は6月。時期的には梅雨。

思うように出かけることができないし、この時期が嫌いな人も多いだろう。しかし、おれは雨は嫌いではない。

むしろ、なんとなく嬉しい気持ちになってしまう。嬉しいというか、ワクワクする感じ?

これって変わってるのかな?

そんな梅雨のある日の土曜日、朝の10時過ぎ。


「それじゃ私、行ってくるから!」


慌てたように玄関を飛び出す遥香。

今日は朝から用事があるとかで、しかし、残念なことに寝坊をしてしまったらしくて、急いで支度をしていた。その割には軽装だったと思うが、寝坊もして時間もなかっただろうし、まぁたまにはそういう日もあるんだろう。


「なんだ、遥香のやつ、京介君とデートじゃないのか」


おれとは反対側のテーブルイスに座り、湯飲みに入ったお茶を一口飲んだ後、昌樹さんがそんなことを言った。

どことなく、残念といった感じがするのはなんでだろうか。というか、娘がデートするのを期待している父親なんて珍し過ぎると思うが。


「じゃあ、代わりにあなたとデートしたらどうかしら?」


すると、台所で洗い物をしていた京香さんが昌樹さんによくわからない一言を放つ。


「おお、そうだな。では京介君、今日は男同士、正々堂々、男のためのデートを決行するか!」


「なんか色々怖いんで遠慮しときます!」


正々堂々ってなんだよ!この人が言うと変なことしか想像できないわ!

心の中で叫びながら、おれはイスから立ち上がり、一目散にリビングから出ていった。


「くっ、断られてしまった……」


後方からテーブルをダン!と力強く叩く音が聞こえる。

そこまでなのか……


「大丈夫ですよ、あなた。ここを……こうして……すれば……」


「なるほど、その手があったか……」


だが、おれがリビングから出て行く際に何か不穏な会話が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ、うん。いや、むしろ、気のせいだと思いたい。お願い、気のせいでありますように……



















家にいても身の危険もあるし、というか何をされるかわからないので、おれは軽く身支度をした後、逃げるように家を出て行った。


「さて、どこ行くかな……」


傘をさし、雨の中を歩きながら、独り言のように呟く。


ここは久しぶりにゲーセンでも行くかな。

気分的に楽だし。

でも土曜だし、恐らく混んでるか……

じゃあ、ショッピングモールに行くべき?

しかし、行ったところで特にやることないし、ゲーセン以上に混んでいるだろうし、どうするか……

と、おれが行き先について、悩ませていたその時。


「ん?」


ズボンのポケットに入れていた携帯が震える。連続で震え続けているから電話か?

おれに電話なんて全く奇跡に近いな。

苦笑しつつ、携帯を取り出し、電話に出る。


「あ、京介君?」


「穂花?」


なんと電話の相手は穂花だった。

普段、連絡はメールだけなので少しだけ緊張してしまう。


「どうしたんだ、いきなり電話してくるなんて」


「う、うん。実は相談があってさ……」


「相談?」


電話でするほどの相談ってことは急を要するのかな。それにしても電話口の向こうがやけに騒がしいように聞こえるが……


「今って、時間あるかな?」


「え?ああ、まぁ暇してたけど」


「本当!?それなら良かった!悪いんだけど、今から学校に来てくれないかな?」


「へっ?」


思わず、まぬけな声が出てしまう。

学校?なんでまた?休みなのに?


「とりあえず来てくれれば、そこで説明するから!それじゃ待ってるね!」


そう言って、状況が良くわからないまま、一方的に穂花との通話は切れた。


「……」


いきなり切られたな……

まぁここで突っ立ってても仕方ない。とりあえず行くか……

おれは携帯をポケットにしまうと雨が降る中、学校までの道を歩き出した。


それから程なくして、学校へと辿り着き、先程、穂花から送られてきたメールの内容に従って、体育館へとやってくると、そこには陸上部員が大勢集まっていた。


「あ、きたきた!こっち、こっち!」


遠くの方から手招きをする穂花。

それに促され、おれは陸上部員を横目に見ながら、穂花の前まで駆け足で近寄る。


「来てくれてありがとう!助かるよ!」


やけに弾んだ声の穂花。相変わらず、素敵な笑顔だ。

だが、それよりも体操着を着ていることにおれは少し驚いた。


「いや、まぁ別にいいんだが、穂花って陸上部だったんだ?」


「ううん、私はマネージャーだよ。私、そこまで運動得意じゃないし」


そう言って、恥ずかしそうに苦笑する。

確かにその大きなものが2つもあれば、運動は大変そう……って何考えてんだ、おれ!

変態発言だぞ、今のは。

というかマネージャーだったのか。初耳。

まぁ道理で2人で帰ろうとかって誘われないわけだ。てっきり、他のクラスメイトと帰ってるものかと思ってたが、そういう理由があったわけか。


「それより、お願いって何なんだ?」


「あ、うん。実はね、顧問の先生の思いつきで体力測定をやろうって話になって、でもマネージャー、今日私1人しかいなくて、人数も多いし、先生が何か暇そうなアテのある知り合いはいないかって言われて……」


「暇そうな……ね……」


その言葉は、あながち間違ってないんだけど、なんか他人に言われるとショックだな。というか、ここに来ている時点で部員全員から、こいつ、暇人なんだ。って感じで見られてるわけだ。思いがけないとんだ仕打ちだな。なんだか泣けてきたわ。


「ああ!ごめんね!もうちょっとオブラートに言えばよかったね……」


慌ててフォローする穂花。しかし、全くフォローになってない。むしろ、より傷口を抉り出してるよ。傷口に塩かけるどころじゃないよ。ははは。


「まぁいいよ……で、何から始めればいいんだ?」


「あ、うん。ちょっと待っててね。そろそろ先生来るはずだから」


そう言った直後、体育館へ入る扉から誰かが入ってきた。

てっきり顧問の先生が来たと思い、おれはそちらに目を向ける。

だが、体育館へとやってきたのは、まさかのジャージ姿の木ノ下だった。

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