おれと彼女の価値観

「なんかごめんね……買ってもらっちゃって」


「いいよ……ついでだったし」


そう言って、おれは先ほど売店で買ったペットボトルに入ったオレンジジュースを木ノ下に差し出す。

そのまま、おれは近くのソファに腰掛け、木ノ下はおれの隣に車椅子を止めた。


なんで、おれはここにいるんだろうか。エレベーターに一緒に乗ったのは仕方ないとして、降りた後、適当に言って帰ればよかったのに。

しかし、木ノ下があの迷子だった女の子の姉だったとはな。こんな偶然があるとは驚きだ。これも何かの縁なのか。

ちなみに木ノ下のお母さんと妹ちゃんは既に帰ったそうで何か飲み物をと思って、病室を出たところ、おれに遭遇したらしい。

これからどうしようかと考えながら、おれは買ったばかりの缶コーヒーのプルタブを開けた。


「2年ぶりだね」


おれがプルタブに口を付けた時、木ノ下がゆっくりと口を開いた。


「そうだな……」


おれはコーヒーを一口飲んだ後、そう返す。


「そっちの高校はどう?」


「別に。普通だよ。安定のぼっちだし」


自虐気味に話す。木ノ下は中学3年の時のクラスメイトだったのでおれがぼっちなことを知っていた。しかし、高校へはお互い別々になったため、再会は2年ぶりというわけだ。


「そ、そっか……」


なんて返したらいいか分からず、木ノ下は言葉に詰まってしまう。

もし同じ高校だったら私が友達になったのに。とか言うんだろうな、彼女は。

そういう所がおれは大嫌いなんだ。


木ノ下芽衣は、まさしく模範的な生徒であると言えただろう。誰にでも優しく、成績も優秀。もちろん、先生方の評判も良かった。

クラスのムードメーカーでもあり、どこのグループに属すわけでもなく、クラスメイト全員と仲良くしようと心がける。もちろん、おれも例外ではなかった。


3年に進級し、クラスの誰とも群れていなかったおれに木ノ下は積極的に話しかけてきた。彼女からしたら当たり前の行為だったのだろう。仲良くするのが当たり前。

おれはそれが八方美人のように見えた。周りに良い人アピールをしているように見えてならなかった。そして同情されている気がした。だからそんな彼女の行為が心底、嫌だった。


それからおれは毎日話しかけにくる木ノ下との会話をなるべく早く、かつ適当に終わらせるようにした。

それでも彼女は毎日毎日懲りずにやってきた。その度におれは嫌気がさした。

だが、いつからだったか。やがて彼女はおれに話しかけなくなった。


















「「……」」


どれくらい時間が経ったのだろうか。

お互い会話もなく、手に持っている飲み物を飲むだけの行為を繰り返している。

ここにいても気まずいだけだし、適当になんか言って、さっさと帰るか……

そう思っていた時。


「あれ、何やってんの、あんた?」


タイミングよく、おれ達に声をかけてきたのは遥香だった。

身支度してるところから見てどうやら帰るところだったようだ。近くにある時計に目をやると、既に夕方の6時を回ったところだった。


「てっきり先に帰ってると思ってたのに……って隣にいるの芽衣じゃん……!」


こちらにやってきた遥香が驚いたように声を上げる。まぁそりゃ、そうだろうな。こんなところで中学の知り合いに会うなんて思ってないし。

というか遥香と木ノ下って知り合いだったんのか。まぁお互い、学校内じゃ有名人だったし、当然といえば当然かも。


「遥香?こんなところで会うなんて偶然だね……って今、先に帰ってるって言った?」


「え、ああ、うん……それはまぁ色々ありまして……」


木ノ下になんて説明すればいいか分からず、遥香は少し言い淀んだ。

まぁいきなり、実は一緒の家に住んでます。なんて言えるわけないしな……


「ふーん……あ、もしかして2人、付き合ってるとか?」


「「付き合ってません!!」」


即座に否定。しかし、見事なまでのシンクロだった。世界狙えるな、これ。


「おお……すごい。絶対付き合ってるでしょ、このシンクロレベル」


やたらニヤニヤしている木ノ下。

なんで女子ってこの手の話題が好きなんだろうか。


「そ、そんなことより、芽衣、その足どうしたの?」


無理やり話題を変える遥香。

というのも、木ノ下は車椅子に座っている上に足にギブスを巻いている。まぁおれも気になっていたのだが、なんか話を振るのも嫌なので黙っていた。


「あ、これ?実は陸上の練習中に怪我しちゃってさ……」


「あ、そうなのね……」


そういや、木ノ下は陸上の選手だったか。高校には推薦で陸上の強豪校に行ったんだったっけ。


「あ、いたいた!木ノ下さん、そろそろ病室に戻ってほしいの。ご飯の時間なくなっちゃうから」


と、その時、看護師さんがおれ達のところに慌てたように駆け寄ってきた。


「あ!すいません!それじゃ、2人ともまたね!」


そう言って、木ノ下は看護師さんに車椅子を押してもらいながら、おれ達の前から去っていった。

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