7章

魔王と勇者

5月、待ちに待ったこの時がやってきた。

そう、ゴールデンウィークである。

今年は7連休もあり、おれとしては浮かれずにはいられなかった。

これから何をするか想像するだけで楽しくなってくる。おれ、わくわくすっぞ。


「それじゃ、留守は頼んだ」


そんな心境の中、ゴールデンウィーク初日の朝の8時過ぎ。

そう言って、昌樹さんと京香さんは家を出ていった。

2人とも本来なら休みであったのだが、今日から重要な仕事を任されたとかで、いつもとは違う真剣な表情で家を出ていったところだ。

それだけで仕事の重要さが伺える。


「さて、それじゃ私達も準備しよっか」


「……え、なんで?」


2人を見送った後、ソファで隣に座っていた遥香が突然、そんなことを言い出したので、おれは首を傾げた。

今日はどこにも出かける予定はないはずだが。それに朝早く起きたから、これから二度寝しようかなとか思ってたのに。


「あれ、言ってなかったっけ?今日、穂花と3人で買い物行こうって……」


「いや、聞いてないわ」


おれは遥香が言い終わる前に被せ気味にそう返事をした。

ゴールデンウィークの初日に買い物だと……?

リア充が溢れているに決まっている。

そんな中に飛び込むなんて自殺行為じゃないか。

おれは絶対行かないからな。



















「うん!美味しい!!」


「ほんと!噂通り、美味しいね!」


「……」


時刻は朝の10時を過ぎたところ。

なんでこうなったんだろう、整理してみよう。

おれは出かけないと決めたはず。

しかし、今はこうして何故か遥香と穂花と共に3人で雑誌に掲載されていたクレープ屋のクレープを頬張っている。街中を歩きながら。


「どうしたの、京介君?」


そんなおれの様子を見て、穂花が話しかけてきた。


「いや、なんでもない……」


「どうせ、なんでここにいるんだろうとか考えてるんでしょ?」


だが、遥香にはあっさりと考えが見抜かれてしまっていた。

意外とわかりやすいのかな、おれ。


「そうなの?そういえば京介君、クラスではいつも1人みたいだけど何か理由があるの?小学生の時はクラスの中心にいたから何か違和感があって……」


「ぐっ……」


穂花からの純粋な疑問が矢となり、おれの胸を鋭く貫いた。

ぼっちだからというのは簡単だけど、言った後の空気が確実に気まずくなるはず……

それに穂花にこんな事言いたくないし……


おれがどう返すべきか激しく悩んでいる横で遥香は口元を抑えながら必死に笑いをこらえていた。

こいつ……

他人事だからって笑いやがって……


「は、はぁ……まぁそれについては、いずれ分かるはずだから、ね?」


だが、おれを見かねてなのか遥香は極力笑わないように努めながら、穂花にそう言った。


「う、うん?わかった……」


どこか腑に落ちない様子の穂花だったが、それ以上、口を挟むことはなかった。


まぁなんとか助かったのかね……

できれば、もう少し早く助け船を出してほしかったところだが。

おれは心の中で悪態をつきながら、ため息を一つ吐いた。


その後は適当に雑談をしながら、特に目的もなく、繁華街をブラブラと歩いていく。


「……」


しかし、歩いてるだけなのにやたら視線を集める。男女関係なく。

って当然といえば当然か。

遥香に穂花というツートップが隣にいるんだからな。

おまけに2人ともオシャレで逆におれがセンスないから余計に目立っていると思う。

いや、ちょっと待て。

いつからおれはこんなプレイボーイになったんだ?

半年くらい前までぼっちで1人で行動するのが当たり前だったんだぞ?

話し相手といえば、親父か携帯のAIくらいしかいなかったんだぞ。言ってて泣けてくるけど。

なのに、今は遥香と同じ家で生活している上に穂花も含めて3人で繁華街に出かけているだと……?


自分で自分が信じられない。

どうやら、おれはいつのまにかパラレルワールドに来てしまったらしい。

早くこの世界にいるおれに会って元の世界に戻してもらおう、うん。

でも、もしこの世界のおれが悪の大魔王とかマッドサイエンティストとかだったら、どうしよう……

歯向かうやつは全て返り討ちとか……

それは非常にまずい。


「さっきから変な顔して黙り込んで、どうしちゃったのよ?」


そんなおれを見かねて遥香が声をかけてきた。


「なぁ、おれがもし悪の大魔王だったらどうする?」


「速攻で私が退治する」


「あ、うん。だよね、頼もしい」


どうやら、その心配はいらなかったようだ。

何故なら、すぐ近くに勇者がいた。

ついでにパラレルワールドにいるわけないよねと我に帰った。

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