なぜレンジを?
文化祭2日目も無事終わり、翌日の日曜日は全校生徒休みとなっている。はずだった。
「なんだって、わざわざおれまで呼ばれるんだよ……」
今は午前10時20分。
イスに座り、頬杖をつきながらたまらず、そんな言葉が出てしまう。
理由は単純。
学校に来ているからである。いや、来ているというよりも呼ばれていると言ったほうがこの場合、正確だった。
「まぁそう言うな。君は文化祭の立役者であるからな。それに女子の手作りチョコが食べれるなんて滅多にないぞ?」
「……そうですね」
いつの間に隣に来ていたインテリイケメンにそう言われる。
おい、ちょっと待て。
今の一言だとおれはこの先も女子の手作りチョコが食べれないみたいに聞こえるだろ。中々、この人も失礼な奴だ。
まぁあながち間違ってないかなと思ってしまったが……
おれが学校に呼ばれた訳は文化祭が成功したのは、商店街の方々の協力もあったわけで、何か恩返しをと、学校側が考えた結果、せめてもの気持ちとなるが、本日2月14日はバレンタインデーなので、チョコを配ってはどうかとなったそうだ。
そこに何故かおれも呼ばれたわけだ。
ちなみにこの場にいる男子はおれとインテリイケメンの2人だけ。
おれは試食係ということで呼ばれたのだが、おそらく片付け要員だろう。
全く、使い勝手のいい使いっ走りって感じだな……
調理室には各学年の女子達が手分けしてチョコを作っている。
しかし、皆、チョコなんて作ったことがないからか、レシピを見ながら作業を進めている。
かくいうおれもチョコなんての物は作ったことがない。なんとなく必要なものはわかるが、下手に手出しをしたら失敗するかもしれない。
ここは大人しく出来上がるのを待っておくことにするか。
「あー!なんで焦げんのよ!!?」
そんな中、一際大きな声を上げる女子が1人。
普段は静かにしているから、妙なギャップが生まれ、周りからチラチラと視線を集めている。
最も本人はそれどころではないみたいだが。
「レシピ通りやってるはずなのに、どうして失敗すんのよ!このポンコツ!!」
遥香はバシバシと勢いよく、レンジを上から叩く。
おそらく焼き上がったばかりで相当な熱量を帯びているはずだが、本人は気づいていない。
いや、叩くスピードが速すぎて身体が気づいてないのか?
「おい、周りから見られてるからもう少し静かにやれよ……」
たまらず、おれはイスから立ち上がり、隣に立ち、小さな声でそう伝えてやる。
「うっさい!今、集中してんだから!!」
しかし、思いっきり睨まれながら、掴みかからん勢いで返されてしまう。
こわっ……
こいつ、変なところで負けず嫌いだからな。
でも、このままってわけにもいかないし、隣で少しサポートしてやるか……
「っていうか、チョコ作るんだよな?なんだってレンジなんか使ってるんだ?」
焼きチョコとかならまだしも、普通のチョコならレンジを使う必要ないと思うんだが。
「全員でチョコを作っても飽きられるし、チョコを食べれない人のためにクッキーも作っておこうってなったのよ」
「あー、なるほどな」
確かにそれはいい配慮だと思う。
さすがインテリイケメンだ。
「っていうか、横にただ立たれても邪魔なんだけど」
材料を慎重に測っている遥香にそう言われてしまう。
「あ、悪い。じゃあ使い終わった食器でも洗っておくわ……」
「うん。そうしてちょうだい」
そしておれは遥香の横で食器を洗い始めていく。
一方の遥香はレシピを見ながらではあるが、その手際は良く、あっという間に生地を完成させていく。
手伝おうと思ったが、なんかおれ、いらない感じだよな。
食器も大して数、使ってないからもう洗い終わっちゃったし……
大人しく、後ろで出来上がるのを待っておくか。
そう思い、遥香の横から移動しようとした時。
「えっと、温度が……」
レンジの温度調節をしている遥香の姿が一瞬、目に入った。
おれはたまらず、その手を掴んで止めてしまった。
「ちょっと待て、おかしいぞ」
「何がよ」
手を止められ、ジトッとした目でこちらを睨んでくる。
「温度が高すぎるって」
諦めに温度の目盛りが異常だった。
「それはわかってるけど、出来上がるのに時間かかりすぎるからちょっと高めにしとけば、早く焼き上がるでしょ?」
「いやいや!そういう問題じゃないから!!」
なんだ、その子供の理屈みたいな計算は。
「大体、焼き上がるのに時間がかかるって、15分くらいだろ?ほら」
おれは掴んでいた遥香の手を離し、携帯の検索エンジンでクッキーの焼き上がり時間を調べ、その画面を遥香に見せてやる。
「いや、なんかその時間すらなんかもったいなくって……」
ばつが悪くなったのか、顔を背ける遥香。
「だからって失敗したら全部無駄になるだろ……」
全く、こいつは。こういう所、ガサツなんだよな。
「まぁとりあえずちゃんとした温度で焼けば焼き上がるから大人しく待とうぜ」
「うん……」
さっきまでの勢いは何処へやら。
遥香はまるで借りてきた猫のようにすっかり大人しくなった。
そしてイスに座り待つこと、15分後。
チーン。とレンジが焼き上がったことを知らせる音を甲高く響かせる。
「どれどれ……」
おれはレンジのドアをぱかっと開ける。
すると、開けた瞬間、なんとも香ばしい匂いが漂ってきた。
「おお……」
おれが声を漏らしながら、鍋つかみで皿に乗ったクッキーを取り出すと、そこにはなんとも綺麗な焼き色をつけたクッキーが並んでいた。
「綺麗に焼けたわね」
隣に来ていた遥香がクッキーに目をやり、満足そうに微笑んでいた。
やはり正確な時間で焼いて正解だった。
また失敗してぎゃーぎゃー騒がれるのも困るからな。まぁそれはそれで見てて面白いけど。
「そうだな。それじゃ、これを袋に入れていけばいいんだよな?」
「あ、うん。そうだけど……」
「了解」
割れないように丁寧に包まないとな。
おれは慎重に、クッキーをいくつかの透明な袋に入れていく。
というか、なんかいつの間にか最後まで流れでやってしまったな。まぁいいか。
「それにしても美味そうだな……」
一つくらい食べたいところだが、さほど数は多くないので、つまみ食いはできないだろうけど。
「材料が余っても仕方ないから使い切ってもいいって聞いたけど」
隣でおれがテープで袋を包んでいるのを見ていた遥香がそんなことを言ってきた。
「あ、そうなのか?じゃあ……」
「はぁ、わかったわよ、焼いてあげるから……」
おれの視線の意味がわかったのか、遥香はため息を吐きながら、そう言った。
しかし、嫌そうな感じは全くしなかった。
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