大事に至らず

「はい。とりあえず固定はしておいたから後は安静にしておくこと。歩くと痛いだろうから、今日は親御さんに迎えに来てもらった方がいいと思うわ」


保健室でテーピングをしてもらった後、保険医の先生にそう言われる。


「はい。ありがとうございました……」


遥香はイスに座ったまま、頭を下げてお礼を言う。

それを聞いた後、先生は保健室から出ていった。


「はぁ……とりあえず大事にならなくてよかった……」


おれは急に疲労感が出てきたので、近くのベッドに腰掛けた。


「ごめんね、あたしのせいで……」


「謝るなよ。遥香は何も悪くない。それよりも軽傷で済んで本当に良かった」


この程度の怪我で済んだのは遥香の反射神経が優れていたからだと思う。

あの後、おれは屋上から急いで降り、混み合う中を必死に進み、体育館へと辿り着くと、そこには壇上の一部を囲むように輪ができていた。


おれはその光景を見た瞬間、心臓がドクンと脈打ったのを感じた。

そして、考えるよりも先に舞台の上へと駆け上がっていた。

慌てて駆け寄ると、そこには周りに支えられながら、なんとか立っている遥香がいた。


それから劇は一時中断。

駆けつけた先生から誰か保健室へ運んでほしいとのことだったので、代表して実行委員のおれが遥香を保健室へ運ぶことにした。

というのは、建前で本音は何があったのか聞きたかったからだ。

そしてもちろん、遥香をおんぶで運んで……ってそんなベタベタなラブコメ展開がある訳もなく、普通に肩を貸してあげただけだ。

残念とか言うなよ。


遥香を保健室に連れていく道中、何があったのか聞いてみると遥香が舞台に上がった瞬間、上から照明機材が落ちてきたそうだ。

間一髪、それに気づいた他の部員が大声で叫び、それに反応した遥香が咄嗟に避けたというわけだ。

ただし、避けた際、変な体勢で足を着いてしまったらしく、そのまま転倒してしまい、足をひねってしまったそうだ。

あわや大惨事というところを回避してくれたのはさすが遥香といったところだが、これがただの事故な訳がない。

こんなことを仕組んだのはあいつしかいない。

おれはそう確信が持てた。だから。


「あ、悪い。ちょっと用を思い出したから、少し抜けるわ」


そう言ってから、おれはゆっくり立ち上がった。もちろん、行くべき場所はただ一つ。


「え?用って……?」


いきなりおれがそんな事を言い出したので、遥香は少し戸惑った様子だった。

さすがにこのタイミングで用があるというのは無理があったか。


「大したことないからすぐ戻ってくるよ。それより、ここを動くなよ」


おれは遥香に念を押してから、追求されぬ内に足早に保健室から出て行った。


さて、行くか……

おれは息を一つ吐いたあと、全力で駆け出した。

幸い、屋上へ向かう道にはほとんど人がいなかった。

奴がずっと屋上にいるとは限らない。

だが、奴はきっと屋上にいる。

そう確信が持てた。

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