巧妙

学校を出てから2時間後。

おれは遥香と共に学校へと戻ってきた。

本来なら戻ってくるような時間ではないが、緊急だったので仕方ない。

おれは足早に階段を上ると、勢いよく多目的教室のドアを開けた。

そこにはインテリイケメンが何人かの実行委員と何かを話し合っていた。


「教室に入る時くらい、ノックしたらどうだ?」


勢いよくドアが開けたのを快く思わなかったのか、そう釘を刺され、キッと睨まれた。


「すいません。しかし大至急、相談したいことがありまして」


おれは言いながら、インテリイケメンの側へと歩みを進める。


「ほう、相談とは?」


「各クラスに割り振られた予算ですが、これはあまりに少なすぎると思うんです。これじゃ飲食系の出し物ができないと思います」


「それは確かにそうかもしれないが、飲食店を出したいのならカンパも良いと伝えたと思うが」


「はい。それはわかってます。ですが、もっと根本的なものを改善するべきだと思うんです」


「つまり、予算を増やせと?」


「いえ、そうではなく、飲食をやるなら安く食材や器具を手に入れることです」


「安くとは言っても学生の我々にツテなどないと思うが」


「確かにそうです。だから、もっと大きな力を借ります」


「大きな力?」


「商店街にある飲食店のいくつかが、うちの文化祭に協力してくれると言っています」


そう、これこそが今すぐに伝えたかったことだ。


「協力?」


「はい。商店街の店が仕入れている食材を格安でうちに提供してくれると言っています。また器具に関してはレンタルという形で無償で貸してくれると。ただし、その店が文化祭の間、うちの高校に出店することが条件です」


「つまり、ギブアンドテイクというわけか」


「はい。確か中庭の空きスペースをどうするか話し合っていましたよね?」


つい2日ほど前のことだ。あの時は結局どうするか決まらなかったが、これならその問題も解決する。


「確かにそうだが、どうしてそんな話になった?なぜ、商店街の方々は我々に協力してくれる?」


「商店街は人通りが少なくなってきて、どんどん店が閉まっているそうです。このままではシャッター通りになってしまう。しかし、文化祭の出店を機に再び活気を取り戻したいとのことでした」


「なるほどな……それで君1人でそこまで話をつけてきたのか?」


「……」


その言葉におれはどう返事をするか悩んだ。確かにこの話をつけてきたのは、おれ1人だ。

あの時、偶然見つけたお好み焼き屋さんから出てきた男性に話を聞いてから、おれは商店街のいくつかの店に回って、この案はどうかと提案してきた。

予想通り、お互いのためにもなると商店街の方々は乗り気で返事をしてくれた。


だが……おれが1人で話をしてきたと言って、誰が信じるだろう。

この場では信用してもらえるかもしれない。しかし、この話がクラスの連中に知れ渡った時、誰1人としておれの手柄だとは思わないだろう。

きっと遥香のアイディアなのに、きっとそれを横取りしたんだとか言われるのがオチに決まってる。

当たり前だけど、人望なんてないしな。

そもそもぼっちだし、おれ。ははは……


「はい。これは彼1人でやってくれました」


自称気味に薄ら笑いを浮かべていたおれだったが、横から聞こえてきたその言葉に反射的に顔を向ける。遥香だった。


「そうか。失礼だが意外だったよ。てっきり遥香君のアイディアかと思ったが。まぁそれよりも、商店街の方々が同意しているなら我々としても反対する必要はない。文化祭を成功させるためにも、ここは甘えさせてもらおうじゃないか。では、早速だが学園側の許可も下りたと伝えてきてくれ。先生方には僕の方から伝えておく」


「はい、わかりました」


遥香は頭を軽く下げた後、おれの袖をぐいっと引っ張ってきた。

おれはそれに促されるように連れ立って多目的室から出ていった。

そして、教室を出て廊下を歩きながら、おれは先程のことを遥香に聞いてみた。


「なぁ、なんであんなこと言ったんだ……?」


「あんなこと?」


遥香は首を傾げる。


「おれのアイディアだって」


「え?だって本当のことじゃない」


「確かにそうだが……」


「どうせあんたのことだから、自分がやったって言ったって誰にも信用されないとか思ってんでしょ?」


「うっ……」


ば、バレてる……

くそ、なんでバレてるんだよ……


「バカね。でも、あたしは知ってるわよ。あんたのおかげだって。もし悪く言う人がいればあたしが言ってやるから。あんたはすごいんだってね」


真っ直ぐおれの目を見ながら、そう言う遥香。


その言葉におれは呆気にとられた。

いや、もっと簡単に言えば嬉しかった。

そう言ってくれるなんて思ってなかったから。


「さて、早いとこ商店街行こ!!もう暗くなってきたし、帰るのが遅くなるのは嫌だからね」


少し照れくさかったのか、遥香は慌てたように踵を返して歩き始めた。


「あ、ああ、そうだな……」


生返事をしながら、先を歩く遥香の後ろ姿を見ながら、自分の胸をそっと触ってみる。


あったかい。胸がとてつもなく。

それにこの……妙に落ちつかない感覚はなんなんだろう。胸の奥がむず痒いというか、でも決して嫌ではない。むしろ、妙な心地良さすら感じる。

初めての感覚におれは暫しの間、戸惑うのだった。

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