その理由(わけ)は

夜。遥香と向かいあって晩御飯を食べる。

今日は少し冷えるので、鍋にしてみた。

白菜が安くてついつい多めに買ってしまった。でも、白菜って鍋によく合うよね。


「そういえばさ」


遥香がお玉で鍋の中の具材を掬いながら、口を開いた。


「ん?」


視線を器に向けたまま、返事だけする。


「私、文化祭の実行委員しようと思うんだけど」


「へぇ……」


よく進んでやる気になったな。

まぁでも、遥香は人望もあるし、推薦方式となった時には確実に選ばれていただろうから時間の問題だっただろうな。


「そこで相談なんだけど……あんたも実行委員やってくれない?」


「……はぁ……!?」


遥香の突然の言葉におれは顔を上げて盛大に驚いてしまった。

こいつ、正気か?

おれを実行委員なんかに選んで何がしたいんだ。そもそも務まるわけがない。


「そ、そんなに驚くこと?」


おれのあまりの驚きぶりに遥香は若干、眉を引きつらせながらそう言った。


「当たり前だろ。おれがクラスでどういう立場か知ってるだろ?そんなやつが実行委員なんて務まるわけないだろ」


「私はそうは思わないんだけど……」


真っ直ぐおれの目を見てくる遥香。

全く、何を考えているんだ、こいつは……


「それにさ、あんた、小学校の頃はこういう行事関係には積極的だったじゃん。それにみんなも上手くまとめてたし」


「……それは昔の話だろ」


言いながら痛感する。

そう、それは昔の話だ。今とは全てが違う。何もかもが。


「だったら昔みたいにやってみてよ……」


「……」


遥香の言葉に対して、普段のおれならいくらでも拒絶することはできたはずだ。

しかし、おれは何も言わず、黙ったままだった。言葉が思いつかなかったのだ。


「ってごめん。いきなりこんなこと言われても困るよね、ごめん……」


遥香はおれの心の内を察してか、苦笑気味にそそくさと使った食器を台所の流しに運んだ。

そして足早にリビングから出て行こうとする。


「途中で無理だと思ったらすぐに下りるからな……」


遥香がリビングから出ていく寸前におれはそう声をあげた。

なんだって、こんなこと言ってしまったんだろうか。自分でもわからない。

でも、ここでこう言わないと確実に後悔すると感じた。

それだけは確かだった。


「え、う、うん!それでいい!」


背中越しでも分かる遥香の嬉しそうな声。

そして、ドタドタと階段を勢いよく駆け上がっていく。

一方、おれはイスに座ったまま、空っぽになった器を見つめていた。


はぁ、実行委員か……

果たしてどうなることやら……

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