ネコは癒し

 30分ほどで身だしなみを整え、2人揃って家を出る。遥香は白のコートを着ており、それがものすごく似合っていて、対しておれはセンスがないので、非常に釣り合わないコンビだなと痛感してしまった。


 しかし、まさかこいつと出掛けることになるとは。

 2人で出掛けるなんていつ以来だよ。

 小学校低学年の時とかだよな。

 10年ぶりとかか。ってそんなことより、どこに行けばいいんだろ。


 ちなみに言っとくけど、エスコートとか無理だから。何故なら経験がないから。

 女子と出かけるなんて、中学の文化祭の打ち上げ以来か?

 クラス全体で言ったけど、あれはカウントしてもいいよな?ダメ……?

 まぁあのときも、誰とも喋らず、ただ、ご飯食べてただけだけど。

 くっ、これは思い出したくなかったな……


 封印したはずの記憶が蘇ってきてしまい、必死に心を落ち着けていると、いつの間にか横を歩いていたはずの遥香がいなくなっていた。


「ん?」


 慌てて立ち止まり、後ろを振り返る。


「……」


 少し離れたところで遥香は塀に昇っている野良猫とじゃれていた。

 どこから持ってきたのか、猫じゃらしで遊んでいる。ニヤニヤと少しだらしのない顔だが、全くもって幸せそうである。

 そういえば、こいつ、昔からネコ好きだっけ。何気にネコ系のグッズ、いろんなところに付けてるし。


「かわいいな」


 隣まで戻ってから、そう声をかける。


「……」


 しかし、遥香はおれの声が聞こえていないのか、あるいは無視しているのか、それはわからないが、夢中になって猫じゃらしを使って遊んでいる。


「はぁ……」


 こうなったら長いな……

 昔もネコとじゃれてて、いつの間にか夜になってて2人揃って親に怒られたことあったし。

 まぁ仕方ない。ここで時間潰せるならそれでもいいし、何よりここでならリア充に会うこともほとんどないだろうし。


 だが、そんな考えは全くもって甘かった。

 それからなんとまぁ長いもので。


「さむっ……」


 身を切るような寒さの風が襲ってきたので、たまらず体を震わせてしまう。


 おいおい、もう30分はここにいるぞ……

 未だに遥香は野良猫とじゃれている。

 通行人にも奇異な目で見られているので、おれとしてはそろそろここから移動したいところなのだが……

 それにわざわざ寒空の下で立ち止まる理由はない。どうせなら、ネコを連れて帰って家で遊べばいいのに。


 と、その時、ようやくというべきか野良猫が遊ぶのに飽きたようで、塀の上から移動して遥香の元からいなくなった。


「ふふ……」


 遊ぶのが余程楽しかったのか、遥香は満足気な笑みを浮かべながら、おれの方に顔を向けた。


「っ……!」


 だが、おれの顔を見た瞬間、一瞬のうちに遥香の顔が真っ赤に染まっていき、今にも湯気が出そうになった。


 あ、これは見ちゃダメなやつだったな……


「は、早く行くわよ……」


 錆びた金属のように手足をガチガチと必死に動かしながら、遥香は歩き始める。


 こいつ、何もなかったかのように振る舞うつもりだな。

 まぁ本人がそう望むならそれでいいけど。

 おれは少しだけ微笑みながら、遥香の後を追うように歩き出した。

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