二人きり
案の定、思っていた通り、大丈夫じゃなかった。
「はぁ……」
隣にいる遥香がたまらず、ため息を吐く。
遊園地に来てから1時間後、おれ達は何故か二人っきりになっていた。
というのも、何か食べるものを買ってくると言ったきり、昌樹さんと京香さんの二人が帰ってこないのだ。
かれこれ、もう30分ほど待たされている状態になる。
「なんで帰ってこないのよ……」
苛立ちげに遥香はカバンから携帯を取り出して、昌樹さんに電話をかける。
「留守電?もう……!」
「出ないのか?」
「そうよ。全く、こんなところで二人きりにさせるなんて……」
最悪だと言わんばかりに遥香は盛大なため息を吐いた。
悪かったな、こんなやつと二人きりで。
心の中で悪態を吐く。
「二人きりが嫌なら別行動にするか?」
「はぁ?こんなところで一人でいるところを、もし誰かに見られでもしたら、確実に笑い者でしょ。二人きりのところを見られるのも嫌だけど」
じゃあ、どうすりゃいいんだよ。選択肢がゼロじゃねーか。と内心思う。
「じゃあ、あそこで時間潰すか?」
そう言って、奥に見える建物を指差す。
おれが指差した場所は、遊園地の休憩スペースにもなっているちょっとしたカフェテリアだった。
あそこなら、建物の中に入るから誰かに見られる可能性も少ないと思う。最も、ここで誰かに会うとは思えないけど。
「はぁ、仕方ないわね……そうしましょう……」
遥香は今日、何度目かのため息を吐いた後、おれを率いるように建物に向かって歩きだした。
そしてカフェテリアに入り、テーブル席に案内され、座る。
対面になるように、おれは窓側、遥香は店の通路側に座り、家同様、距離をとる。
そして、特に喋ることがあるわけでもなく、お互い注文したコーヒーをすする。
「……」
遥香は先程からつまらなさそうに携帯をいじっている。昌樹さんと京香さんに何度か電話とメールを入れたが、返事は返ってこないようだった。
いつまで、ここにいればいいんだろうか……
窓から見える景色をぼんやりと見ながら、そんなことを考えている時だった。
「あれ?遥香じゃん」
突然、誰かが話しかけてきた。
その声にお互い反応し、声のした方を振り向く。
「絵理……」
遥香はその人物を見た瞬間、顔がみるみる間に青ざめていった。
こいつ、確か同じクラスの
幼さを感じるポニーテールに、スタイルもそこそこ良いらしいから、男子に人気の女子らしい。噂で聞いた程度だから確証はないが。
それに遥香とも一緒にいるところをよく見る。
「奇遇だね。こんなところで会うなんて」
「そう……ね……」
友達に会ったはずなのに、遥香の声はどんどんと沈んでいく。その理由はわかる。最悪の事態が起きてしまったからだ。
クラスでぼっちの男子と遊園地に来るなんて普通ありえない。
「一緒にいるのって、来ヶ谷君だよね?二人で遊園地に来てるの?ちょー意外なんだけど。二人、仲良かったんだ」
「……」
まるで嘲笑うかのように微笑を浮かべる宮本。格好のネタを見つけた。まさにそんな感じだ。
「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから私は退散するね」
そう言って、宮本はおれ達の前から去ろうとした。終始、遥香は俯いて一切、口を開かない。このままでは遥香がおれと同じ存在になってしまう、そんな気がした。それだけは嫌だった。
「違うんだ」
「え?」
「門川さんはいつも一人のおれを気遣って、わざわざ休日に遊園地に行かないかって誘ってくれたんだ。だから、宮本さんが考えているような関係じゃないんだ」
「あ、ああ……そうなの……」
宮本は少し気まずそうな表情を浮かべてからおれ達の元から足早に去っていった。
これでなんとか遥香の体裁は守れたと思う。
「はぁ、危なかったな」
言いながら、少しだけ緊張した。何せ、プライベートでクラスのやつと喋るのなんて初めてだからだ。遥香は別として。
「あんた、いいの……?」
「ん?」
終始、俯いていた遥香がそう言ってからようやく顔を上げた。
「あんなこと言って、あんたの評判が余計落ちるかもしれないのよ……?」
「ハナから評判なんて気にしてねーよ」
おれの評判なんて元々あってないようなもんだ。それに自分の知らないところで、何を言われようと別に構わないし、気にしない。
「おれはいつも一人だ。だから、何も気にすることなんてないんだよ」
そう言って、遥香の頭にポンと手を置く。
あ!やべ……
つい、昔のくせでやってしまった。怒られるな、これ。最悪、殴られるかも……
おれはごくっと喉をならし、遥香の鉄槌が来るのを覚悟した。
「……」
だが、いくら待っても遥香の鉄槌は飛んでこず、おれにされるがままの状態だった。
「……」
そして、やや経ってから顔を上げておれに向かって、わずかに微笑んでくれた。
こいつの笑顔をまともに見るなんて、ずいぶん久しぶりだな……
昔から変わってない。あの頃からおれ達の関係は大きくかわってしまったけど、こいつの笑顔だけは変わってない気がする。
それからしばしの間、おれ達の周りには味わったことのないような空気が流れていた。
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