手作り弁当

 ブーブーブー。


 近くで携帯のアラームが鳴る。

 ということは今は朝の6時。

 おれはアラームを素早く止める。今日は昨日より、少しだけ早起きをした。


「よし」


 気合いを入れてから、ベッドから降り、階段を下り、洗面所で顔を素早く洗った後、台所へ向かう。さてさて、頑張りますかね。

 気合いを入れつつ、おれは包丁とまな板をセットし、準備を始めていった。


 それから、1時間後。


「ふわぁーあ……」


 大きなあくびを噛み殺しながら、遥香がリビングに入ってきた。

 当然、頭はぼさぼさ、服も寝巻きである。


「ずいぶん、早いんだな」


 台所からそう声をかける。


「まぁね……って!」


 右手であくびで開いた口を覆ったまま、顔をこちらにぐるっと向ける。


「な、なんであんたが!!?」


 ずいぶんと驚いた様子の遥香。


「なんでって一緒の家に住んでるからだろ」


 今更、何いってんだ。こいつ。

 あ、いや、もしかして「私はまだ一緒に暮らすことを認めた訳じゃないから」って意味か?


「そういう意味じゃなくて!なんであんたがこんな時間にここにいるのかってこと!!」


「ああ、そういうことか」


 よかった。とりあえずおれが家にいることに疑問を感じてはいないようだ。一安心。


「これを作ってたんだよ」


 そう言って、出来上がったばかりのものを見せる。


「これって……お弁当?」


「うん」


 そう。おれは早起きして、学校に持っていく弁当を作っていたのである。

 昨日は朝からバタバタしてしまったので、昼は学食で済ませたのだが、遥香も同じだった。

 偶然見かけたのだが、慣れている様子だったので、おそらくずっと通っているのであろう。

 おれは前まで自分の作った弁当を持っていってたので、どうせならと遥香の分も作ろうと思ったわけである。まぁ、持っていってくれるかわかんないけど。


「お前、いつも学食使ってるんだろ?金も勿体無いし、ついでだからと思って。あと、弁当箱は使ってなさそうなやつを適当に使わしてもらった」


 そう言って、弁当を差し出す。


「いや、渡されても何て言ってみんなに説明すればいいのよ」


 だが、遥香は弁当を受け取らず、じっと弁当箱を見つめながらそんなことを聞いてくる。


「自分で作ったとか言えばいいだろ」


 女子なんだし、それぐらい出来てもおかしくないと思うが。


「みんなに作ってきてとか言われたらどうすんのよ。それにいきなりお弁当なんか持ってきたら怪しまれそうだし」


「もし、そんなこと言われたら別に作ってやるし、別に弁当持ってきたくらいで怪しまれることはないだろ」


 何を心配してんだか、こいつは。

 というか大体、自分の昼御飯作ってきてくれとか図々しいだろ。カレカノの中ならともかく。


「し、仕方ないわね……それじゃあ、受け取ってあげるわよ」


 そして少し強引に遥香はオレの手から弁当をひったくった。


「……」


 その態度におれはバレないように小さく溜息を吐いた。

 はぁ、全く……

 せめて、ありがとうくらい言えないもんかね、こいつは。まぁ別に恩を得るために弁当つくったわけじゃないから、別にいいんですけど。


「それにしても早いな。まだ7時だぞ」


 部屋にかかっている時計をチラッと見る。


「あんたと違って、こっちには色々と準備があんのよ」


「へいへい。そうですか」


 いちいち勘に触る言い方するな、こいつ。

 聞くんじゃなかったわ。


「ったく、起きてんならリビングに来るんじゃなかった……」


 遥香はうつむき、ぼそりとそう呟いてから、リビングから出ていった。

 どうやら、言動的に今の自分の姿をおれには見られなくなかったようだ。

 個人的には別に減るもんじゃないから、いいじゃんと思うんだが。

 と思ったら、すぐにリビングのドアから顔だけ覗かせてきた。


「覗いたらコロス」


 それだけ言って、再び顔を引っ込め、ドアを閉めてから洗面所に入っていった。


「のぞかねーから……」


 あいつは一体、おれのことをなんだと思ってるんだよ……

 まぁ事故とはいえ、前科があるから大きい声では言えないけど。

 小声でツッコミつつ、遥香が用意を終えるのを待ち、弁当と一緒に作っておいた朝食を2人揃って食べる。

 ちなみに朝食は焼いたベーコンに目玉焼き、トーストにサラダ、飲み物はコーヒーという手軽なメニューだ。


「……」


「……」


 だが、お互い、会話もなく黙々と食べ進めていく。リビングの中にはテレビから聞こえてくる情報番組の声しか響いていない。


 なんか話した方がいいのか……

 いや、でも話題がない。それに無理に話して、遥香の機嫌を損ねるのも嫌だし……

 っていうか、そもそも対角線状にイスに座ってるから、物理的にも距離があるんだよな。


「ごちそうさま」


 すると、おれが頭を悩ませている間にいつの間にか遥香は朝食を食べ終えていた。

 そして、食器を流しに持っていき、ソファに置いていた通学用のバッグを手に取ると足早に家を出ていった。

 壁にかかっている時計の時刻を見ると8時を少し過ぎたくらいだった。


 おれもそろそろ行くか……

 残っていたサラダとベーコンを口に入れ、急いで飲み込んだあと、ささっと食器を洗い、かばんを手に取り、おれも家を出た。


 そして道を歩きながら、物理的な距離以上におれと遥香の心の距離は離れているんだなと感じた。

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