昔の話

「……」


 晩御飯の後、おれは台所に立ち、使った食器を洗っていた。

 遥香はというとソファに座りながら、先程からテレビを見ている。

 だが、バラエティー番組をつけているはずなのに、笑い声の1つも聞こえてこない。

 おれもテレビを見ようかと思ったが、遥香と2人きりになっても何を喋っていいかわからないので、時間潰しになればと思って、こうして食器を洗っている。


「ねぇ」


 すると突然、遥香が話しかけてきた。

 まさか話しかけてくるとは思わなかったので、少し驚いてしまう。


「ん?」


 とりあえず、身体は向けずに返事だけはしておく。


「あんた、変わったよね。昔はもっと輪の中にいたのに……」


「いきなりなんだよ……それに、それはお互い様だろ」


「……」


 そう返すと遥香はそれきり黙りこんでしまった。


 昔か……

 確かに小学生の頃は輪の中にいたよな。

 むしろ、リーダー的存在で、友達も多かったと思う。

 対する遥香は今とは真逆で引っ込み思案な子供だった。そんな遥香をおれはよく遊びに誘っていた。


 でもいつからだったか。おれは輪から外れた。理由はわからない。特に何かをしたわけでもない。

 ただ、中学に上がった時に仲の良かった連中がほとんどいなくなって、喋れる相手がいないな。とか考えていたら、もう遅かった。

 完全にスタートダッシュを見逃したのだ。

 それ以来、おれは俗に言う、ぼっちだ。


 中学の修学旅行とかまじでどうしようかと考えた結果、仮病でサボってしまった。

 なので、その時撮られたクラスの集合写真の斜め上におれが丸くいるわけだ。

 当時の担任から写真だけはもらったが、即刻破り捨てた。その時はまじで死にたいと心の底から思った。


 そんな黒歴史を抱えたおれとは裏腹に遥香は中学に上がってから、どんどんと才能が開花していった。

 友達も沢山いて、後輩に慕われ、先生方には信頼され、本当に羨ましいと心の底から思っていた。


「ねぇ」


 戻れるなら中学に上がった頃に戻りたい。

 タイムマシンを誰か発明してくれないものかね。タイムマシンがあれば、当時のおれに助言できるのに。


「ねぇって。聞いてる?」


「え……?あ、ああ、ごめん……少しぼーっとしてた」


 深く考え込んでいたせいで遥香が話しかけていることに気づいていなかった。


「水、もったいないから洗わないなら止めたら?」


「あ……悪い」


 そう謝ってからおれは慌てて再び食器を洗っていった。

 全く、嫌なこと思い出してしまった。

 その感情を消すようにおれは無心で食器を洗うのだった。

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