せめてもの恩返し

 授業も終わり、ようやく放課後。

 カバンに教科書類を積め、足早に教室から出る。

 教室を出る際にチラッと見たが、遥香はまだ女子達と喋っていた。恐らく、おれより後に帰るつもりだろう。

 まぁ一緒に帰る理由もないしな。

 というわけで、おれは一足早く学校を出た。


 学校から遥香の家(まぁ今はおれの家でもある)までは徒歩で15分程度。今が昼の3時40分なので、4時前には着くだろう。


 合鍵はもらってるから入れるんだが、家に帰ってから何をするかが問題だ。

 おれは道を歩きながらこの後のことを考え始めた。


 ゲームはやる気しないな。そもそもせっかく買ったのに残念なことに恋愛ゲームだったからな……

 テレビも人様の家のものだから、勝手には触れたくないし。

 そういや、晩御飯ってどうすんだろ。

 ふと、そんなことが頭をよぎった。


 遥香の両親ともに働きに出ており、平日を泊まり込みで働く代わりに、土日がしっかり休みという少し変わった職務形態についている。

 だから、ご飯は遥香が作るはずなんだけど……


 今朝、冷蔵庫の中を少し開けたときにチラッと見たが、食べられるものは何もなかった気がする。

 冷凍庫に何かしらあるという可能性はあるが……


「行くか……」


 これから世話になるわけだし、晩御飯くらい作ってもいいよな。

 というわけでおれは歩く先を変え、近くのスーパーに立ち寄ることにした。

 そして適当に食材を購入してから帰宅。

 カバンを部屋に置いた後、台所で晩御飯の準備を始める。


 それから30分ほど過ぎた頃、玄関が開く音がした。

 どうやら、遥香が帰ってきたみたいだ。

 おれはその音に特に気にせず、鍋の中をかき混ぜる。

 そして、玄関の扉が閉まると同時に今度はリビングのドアが開いた。


「いたんだ」


「いるだろ。そりゃ……」


 背中越しにグサッと来る一言。

 帰ってきて早々の開口一番がそのセリフかよ……

 意外と根に持つタイプか、こいつ……

 それともあれか?

 お前は存在感薄すぎて見えませんって遠回しに言ってんのか……?

 それだけはやめてよ、死にたくなるから。


「って、あんたなにしてんの?」


「見りゃわかるだろ?晩御飯作ってんだよ」


 そこでようやく鍋の火を止め、おれは遥香の方に振り向く。


「晩御飯?あんたが?」


 まるでバカにするような感じでフッと笑いやがる。さすがにその態度にはカチンときてしまう。


「へー。それで何を作ってくれたのかしら?」


 見下したような目でおれをじろじろと見ながら、遥香はオレの横までやってきた。


「お前がいつ帰ってくるかわからなかったからな。簡単なものだよ」


 そう言って、横に少しずれる。


「簡単なもの……って!」


 遥香は驚いたように目を見開き、まじまじとオレの作った料理を眺める。


「これ……あんたが?」


 わなわなと身体を震わせ、人さし指をおれに向けながら、信じられないといった様子で聞いてくる。


「当たり前だろ。住ませてもらってるわけだし、せめてものお礼だよ」


「そ、そう。まぁこれくらいで今朝の件をチャラにしようとは思ってないみたいね……」


 そう言い捨てて遥香はふらっとリビングを出て、2階に上がっていった。


 おれが作ったのはハンバーグに軽いサラダと味噌汁だ。

 親父にばかり負担をかけさせないためにと、小さい頃からちょくちょく練習していたおかげで、今では家事全般はできるようになっている。もちろん料理もお手の物。

 おれが料理できると知って遥香は少し驚いているようだな。

 はは、いい気分だ。

 おれは少しだけ笑みを浮かべながら、皿に盛り付けをし始め、程なくして全ての用意が出来たので、テーブルに運ぶ。


 そして、少し経ってから遥香が2階から降りてきたので、おれ達はテーブルイスに座る。

 ちなみに遥香はおれの対角線上に座っている。色んな意味で分かりやすい態度だった。


「いただきます」


「いただきます……」


 小さく口を開いたあと、遥香は箸を手に取った。


 遥香が制服から部屋着に着替えるのを待ってから、二人揃って早めの晩御飯。

 時刻は間もなく、夜の6時になろうかという頃だった。


 ちなみに遥香の部屋着はTシャツに短パンとものすごくラフな格好だった。

 おかげでなまめかしい生足が見えて、いちいち視線を反らさなければいけない。

 全く、こちらのことも考えてほしいもんだ。


「味はどうだ?」


 細々と食べる遥香に向かってそう聞いてみる。


「まぁ食べられなくもないわね……」


 そう言いつつ、箸は止まらない。

 なんだかんだで分かりやすいやつ。


「そうかよ」


 素直じゃないな、こいつも。

 おれは苦笑しつつ、箸を進めていった。

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