ゼロよりマイナス

 風呂場での騒動のあと、ヒリヒリと痛むアゴを擦りながら、おれは自室で着替えを済ませ、リビングへと向かった。


 リビングにはもちろん、テーブルイスに座った遥香がいた。焼きたての食パンを頬張りながら、むすっとした顔でテレビのニュースを見ている。


 おれも食パンをトースターにセットし、食器棚にあったマグカップに冷蔵庫から取り出した牛乳を注ぐ。

 そして、ものの数分で食パンが焼き上がり、テーブルの上に置いてあったマーガリンとイチゴジャムを塗ろうと手を伸ばす。


「視界に入んな」


「ひどくねーか、それ……?」


 遥香の一言にたまらず、頬がひきつってしまう。


「裸見たくせに口答えすんな」


「……」


 目を合わせず、援護射撃とばかりに放たれた一言につい、黙りこんでしまう。

 事故とはいえ、見られたくないところを見てしまったのは、確かに悪いとは思う。

 でも、そのことを謝ったところでこいつが大人しくなるとは思えないし……


「はぁ……」


 遥香に聞こえないように小さくため息を吐くと、イスにも座らず、手早く食パンと牛乳を完食すると、おれは足早に家を出た。


 しかし勢いに任せて、かなり早く家を出てしまったが、このままでは8時過ぎに学校についてしまう。そして、早く着いたところでやるべきことが特にない。

 途中、コンビニにでもいって、時間潰そうかな。

 いや行ったところでクラスの連中いそうだし、やめとくか。


 仕方なく、おれはなるべくゆっくり歩きながら、学校へと向かうことした。

 しかし、思惑とは裏腹にゆっくりと時間は過ぎていき、今はようやく8時30分になったところだ。


 結局、8時頃には学校に着いてしまい、30分ほど教室で暇をもて余してしまった。

 無駄にペンケースに入ってるシャー芯のケースの中にある残り残数を数えるはめになってしまった。22本あった。当分持ちそうだということが判明した。


 そんなことをしてるうちに、ほとんどのクラスメイトが教室にいた。

 おれは頬に手を当て、肩肘をつきながら、窓側の一番後ろの席からその光景を眺めていた。

 別におれがクラスのボスってわけじゃない。ただ、単に喋る相手がいないのだ。

 むしろ、クラスのボスってのは遥香だと思う。

 おれはチラッと彼女に視線を向けた。

 視線の先にはクラスの女子達と楽しそうに談笑をする遥香がいる。

 おれから見て右に3つ、前に2つ離れた席が遥香の席だ。


 噂で聞いた程度だが、彼女にしたいランキングという全生徒の女子を対象にしたランキングで遥香が堂々の一位になったらしい。

 誰がそのランキングを作ったかは不明だが。


 まぁそれくらい、注目されている人間ってことだ。それも当たり前だと思う。

 成績も優秀、運動神経も文句なく良くて、たまに運動部の助っ人に誘われるくらいである。


 そんなやつと、まさかひとつ屋根の下で暮らすことになるとはな。

 そんなことを考えながら、ぼけーっと遥香の方を見ていると、視線に気づいたのか、遥香がおれの方に振り向いた。


「……」


 そして、まるでケダモノでも見るような目でこちらを睨んだあと、顔を元の位置に戻し、何もなかったかのように再び談笑を始めた。


「……」


 うん。女の子って怖い。

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