第3話 テーブルを囲む

(三)アギト


一行は二人の男に招かれるまま彼らの泊まる宿へと場所を変えた。

そこはアギトらが泊まろうとしている宿よりも少し高級そうな店で、昼時も過ぎていたので食堂は閑散としていた。

さっそく食堂の丸テーブル一つを占拠して、まずは自己紹介から始まる。


「吾輩は騎士マスト・バリーヘイズ。この国では騎士マストと呼んで頂くことになっている」


髯の大男がそう名乗る。

続いて、スリを捕まえた男。髪は金色で短髪。


「私は騎士ブーラン・ドーマー。騎士ブーランと呼んでもらおう」


「助かりました。騎士マスト。それに騎士ブーラン。私は来栖咲弥子くるす・さやこといいます。仲間からはサヤと呼ばれるけど、この国での慣わしには詳しくありません」


「私は、櫟春鬼灯いちいばる・ほおずき。アギト様の第一の下僕なり」


胸を張って宣言するホオズキ。

ああ、そういう面倒くさい自己紹介は控えてくれと普段であれば止めに入るアギトなのたが、どうにも今日は調子が悪い。

マストに睨まれたとき、自分は何もできなかった。

男たちを前に堂々たる女子二人を眺めながら、情けない気持ちでいっぱいになっていたのだ。


「ささ、アギト様も自己紹介をなさってくださいよ」


とホオズキに促されて何とか口を開く。


「お、俺は……」


 いったん言いよどむと、ジョッキに注がれた水をグイッと一気に飲み干し(本当にただの水だ)。


「俺は、希望が丘高校 学園祭実行委員長 千刃谷顎斗せんじんだに あぎとだ。よろくな」


勢いに任せて右腕でどんと胸を叩く。いや、なんとなく気分で。

張り合って学校での役職を告げたものの、これは大失敗だったか。アギトを見守るサヤとホオズキはドン引きしている。


「祭を主宰する長だと? アギト殿は祭司の家系か」


おおっと、マストには何となくハッタリが効いているようだった。


「それにそれにアギト様のお爺様は立派なお医者様だったのです」


と咄嗟にホオズキがフォローを入れる。


「なるほど、祭司長にして治療師の家か。それは立派なものだ。お前たちの信仰する神が我々と同じ神であればいいのだがな」


マストはガハハと豪快に笑う。

幾分かマストの眼差しが柔らかくなった気がするのは勘違いだろうか。


「マストさんたちの神って?」


「この黄道の大地ゾディアックに住む人間は皆、天に登りし十神を崇拝しておる」


アギトは街にあった幾つかの教会を思い出していた。それぞれの教会が違う神を祀っていたように見えたけど、どうやら彼らは一神教ではなく、多神教を信仰しているようだ。

十神というからには、10柱の神がいるということだろうか。


「なるほど。騎士様、この地の神は私たちを受け入れてくれるでしょうか」


「ハハハ。我らの神は細かいことは気にせん。いつでもウェルカムじゃ」


上手く話を合わせるサヤにマストも上機嫌のようだ。アギトにとっては頼もしい限りに思えた。

 できればこの場はサヤにすべて任せてしまいたい。


「ところで、騎士マスト。なぜ、私を異国の少女と呼ぶのですか」


さっそく核心に切り込んでいく。なぜ二人の騎士はアギトたちに興味を示したのだろうか、それが最大の疑問点だった。

 

「ハハハ。サヤ殿。そんな奇妙な出で立ちで街を徘徊しておれば、誰だってそう思うじゃろう」


マストに指摘されてはじめてアギトたちは気付いた。自分たちがずっと制服姿であったことに。


「しまったです。漁師のオジサンもイマイチ反応が薄かったから、誤魔化せていると信じ切ってたですよ! 」


漁師のオジサンに責任をなすりつけるホオズキ。いくらなんでも、とばっちりである。

でも、実際のところ。今の今までアギトたちの服装に触れた人物は誰もいなかったのだ。どの人も親切に自分たちに接してくれていたのに。


「『シュケディ』は歴史ある港町ですからね。ここの住人は、勘違いをした田舎者を露骨に馬鹿にしないだけの優しさを持っているのです。夕食時にふと思い出して愉快な者もいたものだと家族で団らんするのがマナーというもの」


「いや、それって優しさじゃないでしょ」


 騎士ブーランにツッコミを入れるアギト。

 そうか。自分たちは、初めて都会に出てきて右往左往している田舎者にしか映っていなかったのか。

 スリ程度の被害で済んだのは運が良かったのかもしれない。

 いや、この二人の自称騎士だって本当はアギトたちを騙そうとしているのかもしれない。

 だとすれば何が目的だ。

 全財産はスリから取り返してくれたし、となればカラダか。

 ここにいるのは誰もが認める美人のサヤ。ロリが少し入ったホオズキだって侮れない。

 この自称騎士たちの目的は二人の 『 肉 体 』!?

 不安になって二人の顔を窺うが、彼女たちは気付くこともなくマストたちと談笑を続ける。


「まあ俺たちだって、何かの任務ってわけじゃないんだ。ただ異国の人間がいると聞いてね、好奇心が湧いてきたんだ」


「異国の面白い話が聞けるのであれば、我らが主君の元に連れて行ってしまおうかとも考えていたんじゃがなぁ」


 騎士たちに不自然な様子は見られない。

 そもそもスリから助けてもらっておきながら彼らを疑うアギトがおかしいのか。


「では、騎士様たちが仕えておられるのはどこの高貴なお方なのでしょうか」


「我らの主君は北部最高位の貴族。帝国八公が一、カプリコーン公ベルゲン様だ」


とまで見得を切られたら、一同おおおと感心するしかない。

北部ってどこだ。

帝国って何さ。 

うーん、なんだかこういう大口叩く奴に限って信用が出来なかったりしないか?

アギトはすっかり疑心暗鬼に陥っていた。

だが、そんなアギトの心配を他所に、サヤは果敢に二人の騎士に迫る。


「騎士様。是非とも私たちを公爵様の元に連れて行ってくださいませ。但し、私たちは見世物になる気はありませんからね。どんなものでも構いません。お城で働かせて下さい」


 確かに城に仕えることになれば生活に困ることはなさそうだ。

 いいアイデアだとは思うが、大胆で手際のいいサヤにすっかり舌を巻き、自分たちは事態を見守るしかない。

 騎士ブーランは少し悩んだ仕草を見せる。


「サヤ殿。では、貴方たちは何が出来ますか、この問いにお答えいただけますか」


と問うてきた。

それに対するサヤの答えは周到に用意されていたものだった。


「文字が読めますわ」


「何言ってるんですか、サヤさん。文字くらい誰でも……」


アギトはホオズキの口を塞ぐ。

ここはサヤに任せるべきだ。

厳密にいえばアギトたちはこの世界の文字を読めない。

ただ、瞬間的にその意味を理解できるのだ。

では、アギトたちが理解できる文字とはどの文字なのだろう。あのチラシに書かれていた文字、この街に溢れていた文字、それだけなのか?


「私は少なくともこの街で3種類の文字を見つけました。看板やチラシなどに普通に書かれている文字、商人が帳簿などに密かに使う文字、そして教会の石像に刻まれた文字。そのどの文字も私たちは読むことができます」


「北方文字に、交易文字、それに神代文字が読めると、そういうのかな。もし本当なら中々の博識だがなぁ」


髭をなでながら聞くマストは半信半疑の様子だ。


「『千度剣を振るうよりもただ一度の航海が人を育てる』。この街の一番大きな教会の入り口に書かれていた言葉です」


「なるほど。レディが言うんだからきっとそうなんでしょう」


騎士ブーランは肩をすくめる。


「あ、そうだ。ホオズキは料理が得意だぞ」


ここぞとばかりに援護射撃を放つアギト。


「アギト様は数学が得意です」


「お、おう。三角関数、数列、複素平面なんでもこいだ。ベクトルはちょっと苦手だがな」


二人とも拳を握り、必死の思いで騎士たちを見つめている


「おい、ブーラン。アギト殿が何を言っておられるか、お前分かるか」


「いや、俺も算術はさっぱりだ。ならば賢者連中に聞いてみるか。それに異国の料理は食べてみたい」


「そういえば、下の公子が家庭教師を探していたなぁ」


二人の騎士はどこか嬉しそうに考え込むのだった。

返事は明日する。

そういわれて一行は自分たちの宿に帰された。


                ◇


その日の夕方。

サヤはベッドにうずくまるなり、「死ぬ。私死ぬ」とブツブツと呟くのだった。

心配になったアギトがそっと近くに寄る。

なんと声をかけていいのかわからず、考えあぐねて床に座り込む。


沈黙の時が流れふと、サヤがぽつりぽつりとしゃべりだす。


「私ね。子供のころから、ずっと転校続きだったんだ。だからかな、人の顔色を窺ったり、媚びを売ったりそういうことがなんだか得意になっちゃって。

 社交性といえば響きはいいけれど、本当の私は社交的でもなんでもなくて、だからなかなか上手く続かなくって。

 上手くいってもすぐに次の引っ越しだったりしてさ。

 今日もね、大チャンスだと思って、ものすごく頑張ったんだけど。

 ずっとずっと怖くて震えが止まらなくてね。

 無理してる自分がすごく惨めで死にたい気分になったんだ」


「でもさ。サヤのお陰で、たぶん全部うまくいったんじゃないかな。俺なんかさ、本当はあの二人がすごく悪い奴でサヤとホオズキに悪さするんじゃないかって不安だったんだ。サヤは全然あの二人を疑ってなかったね」


「疑ってなかったんじゃないわ。疑えなかっただけ。あの二人がその気になれば私たちは最初から逆らいようがないもの。だったら、信じることしかできない」


「なるほど。クールだね」


「ありがとう。私のこと心配してくれて」


そういうとサヤはベッドから飛び起きた。

もし私が襲われそうになったら、アギト君は私を守ってくれるかしら。

そんな言葉がのどまで出かかって、そっと飲み込んだ。

そんなことを言えば、それこそ魔性の女である。

旅はまだまだ続く。荷物は等しく背負わなければならない。


「さぁ。食堂でトロトロ煮を食べましょう」


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