第2話 街を散策する

(二)アギト


「こっちの世界の人にも日本語が通じてよかったですぅ」


「いいえ。この世界の住人が日本語を使いこなしているのではなくて、私たちの認識が何かしらの力で補正されているみたいね」


 サヤはそう言いながら、チラシを眺めている。そこに書かれている文字は日本語とはかけ離れた何かだった。しかし不思議なことにアギトたちはその文字を当たり前のように読んでいた。


『野兎のトロトロ煮込み 銀貨3枚』


                ◇

 森を出て数日が経っていた。

 アギトたちは『シュケディ』という街にいる。

森を出、野営を終えたアギトらは翌日、海岸で漁師と出会った。角も羽根も牙も生えていない、どこから見ても普通の人類の登場に歓喜と安堵の声を上げた一行。

 ただのオジサンに出会えてこんなにも嬉しいものだろうか。

 そのうえ言葉も普通に通じるのだから、なんだ異世界なんて怖くないという楽勝ムードが漂う。

 オジサンの話によると、どうやらアギトたちの学校が出現したのは、わりと大きめの離島のようだった。

 都会育ちで本物の島なんて見たことのなかったアギトたちは


「たぶん佐渡ヶ島くらいですよ」


「淡路島くらいじゃないかな」


「うーん、屋久島くらいじゃないの」


 と口々に意見を言ってみたものの、まったくスケール感がわかないのでその話題を中止した。

 この島にはいくつか集落のようなものがあるらしいが、離島にいつまでいても仕方がない。なんとか漁師のオジサンにお願いをして、最寄りの大きな街に送ってもらうことにした。

 そして辿り着いたのが今ここ。人口約1万人。州で最も大きい街らしい。

 大きな街を訪れると、この世界についての情報が次々と手に入った。

 一言で言うと、ここは『剣と魔法の中世風ファンタジー世界』なのだった。

 もう一度言う、ここは『剣と魔法の中世風ファンタジー世界』なのだった。

 そう言い切ってしまえば楽である。

 もちろんそれで、何かが理解できるわけではない。

 地球にはない『魔法』というモノがある事は間違いなさそうだが、アギトたちは未だ実物を目にすることはできなかった。

 王や貴族が国を治めていることは分かったが、詳細な社会制度を理解するまでには至っていない。

 ただなんとなく、この世界の輪郭だけは理解ができた気がした。

 言葉が通じる人がいた。

 自分たちが暮らしていけそうな街があった。

 それだけでも随分気持ちが楽になった。

 それでいいじゃないか。


                ◇


「ガラスのコップが金貨20枚で売れて助かったな」


「へへへ。私が調理実習室から持ち出しておいたお蔭ですよ」


自分たちの所持品の中で売り物になりそうなものはないかと慎重に検討した結果、ガラスのコップ(4脚)を売ることにした。この世界の技術とかけ離れたものを手放すのは、世界への影響が未知数なので出来る限り控えたい。

 ただのガラス器でもこの世界ではまだまだ高級品であり、地球産のそれはこの世界ではオーバーテクノロジーではあるのだが、黙っていれば誤魔化しは効くだろう。

 順調すぎるほどにあっさりと当面の生活費を手に入れた一行。異世界でついつい日本円を使ってしまい、店主に怪しまれるなんて典型的なシチュエーションを体験しておきたいところだが、アギトたちは実に真剣だったので忘れてしまっていた。


「宿屋の個室が.1泊金貨3枚。6日間は泊まれる計算ですね。ラッキーなことに今なら毎日二食の食事付きだそうです」


 久々に人の作った料理が食べられるとあってホオズキはすっかり上機嫌。

 街についてからというもの、街中の食べ物を調べまわっていた。

 異世界では街をただ歩き回るだけでも冒険だった。ぶらぶらと歩くだけで発見に満ち溢れていた。

 おおよそ、この世界の食材は日本でも見かける食材に近い外見をしている。

 ガンダムに例えるとザクとグフくらいにはそっくりだったのだ。


「間食は禁止だからな。収入が安定するまでは節約しなくちゃいけないんだ」


「ちぇーです」


ホオズキは頬を膨らませた。異世界の食材の味も確かめておきたいのだろうが、まだまだグルメを気取るほどの余裕はない。


「今日の晩餐くらいは好きなもの食っていいからさ。でも、一回慣れてしまうともう野宿には戻れなさそうだよなぁ……」


 無人島サバイバルは避けられたが、文明社会のサバイバルも楽ではない。


物価表1(金貨1枚≒銀貨10枚)

馬小屋 一人一泊   銀貨1枚

床   一人一泊   銀貨2枚

ベッド 一人一泊   銀貨5枚

個室  一部屋一泊  金貨3枚

下宿  一人部屋一月 金貨15枚

借家  一月     金貨45枚


 アギトは考える。そもそも、この世界では宿屋で個室を取ることはとんでもない贅沢なのだ。アギト一人なら馬小屋でも床でもいい。だが、仲間のことを考えるとそういう訳にはいかない。

 誰も口には出さないが、彼らには絶対に個室を取らざるを得ない事情があったのだ。

 

 風呂である。


 女子二人にこれ以上風呂なしで生活しろなんてことは、とても口にできなかった。

 公衆浴場はもっと手頃な価格だが、うら若き乙女が利用するには少々危険がないわけではない。

 落ち着くのであれば郊外に家を借りるのがよさそうだが、特殊技術のないアギトたちにそう都合よく仕事があるわけではない。

 労働者の平均的な賃金は、二食付きの住込みで1日銀貨1枚。一月で金貨3枚。

 家を借りるなど絶望的だ。

 稼ぎのいい技術職は皆ギルドに加入しなければ仕事はできない。


「ギルド……そうか」


 ギルドと聞いてアギトは一つ思いつく施設があった。


「すいません! 冒険者ギルドはどこですか? 」


「なんだ? そんなもん、あるわけねーべ。」


と最後の希望もあっけなく絶たれてしまった。

 この世界には特に魔王や邪神といった強大な存在がいるわけでもなく、世界はいたって平和。

 魔物のようなものはいるらしく、それを専門に狩るハンターのような連中もいることにはいるのだが、それこそ高度な職人集団のようなものなのだ。

 ガチの軍人さんが集まる傭兵ギルドなら存在するのだが、それは少しイメージが違う。


「あっれ、おかしいな。冒険の旅にも出られないし、お金も全然稼げないぞ」


「ゲームの世界みたいに都合よくいかないってことかしらね」


 今日明日飢えて死ぬわけではないが、だからといってサヤも随分と呑気なものだ。

 その様子を見てアギトは気付いた。その余裕っぷり、実は何かいいアイデアが浮かんでいるのかもしれない。


「もしかして来栖さん。何かいいアイデアでもあるんじゃないの」


「サヤって呼んでって言わなかったっけ、アギト君」


サヤはフフフと笑う。

間違いない。何か秘策があるのだ。


「もったいぶらないで教えてよ、サヤ……さん」


「ダメよ。アイデアは一つだけじゃ心もとないでしょ。今はチーム一人一人が全力で頭を働かさないと。夕食に『野兎のトロトロ煮込み』でも食べながら意見交換しましょう」


「そうです、そうです。トロトロ煮込みです」


 相槌を打つホオズキは相変わらず何も考えていない様子だ。


「わ……分かったよ。何かスゲーアイデア出すから驚く準備をしとけよ」


 多少意地の悪い気もするがサヤのいうことも正論だ。プランB、プランCだって必要だろう。アギトたちの散策は続く。

 やっとのことで人通りの多い商店街を抜けだした、

 そこで突然。鎧を着た大男がアギトたちの前に立ち塞がった。

 アギトの身長は177センチ、決して低いわけではない。

 そのアギトを悠々と見下ろす男の身長は2メートルに近いのではないか。

 背が高いだけではない。

 その優れた体格と屈強な金幾は歩く城壁のようだった。

 男の目はじっとアギトを睨みつけている。目的がアギトたちであるのは間違いなかった。


「あ……あ……」


突然のことに言葉に詰まり、立ちすくむアギト。

男の腰に剣が下げられているのが目に入る。

斬られる……ではない。あんな鉄の棒で殴られたら首の骨が折れるわ!

いや、待て待て。何で戦う前提で考えているんだ。俺は何か悪さをしたわけじゃない。

やがて、今度は背後から声がする。


「おおっと。大人しくしなよ」


慌てて振り返ると、背後数メートルというところで、もう一人の鎧の男が貧相な男の腕を締め上げていた。

鎧の男は貧相な男から何かを取り上げると、「ほらよっ」とアギトに投げてよこす。

アギトの財布だった。


「アギト君たら、いきなり全財産をすられたってわけね」


サヤがくすりと笑う。


「アギト様。ふがいないです」


ホオズキがポンと肩をたたく。

アギトは耳まで真っ赤にして俯くしかなかった。アギトはまだ微動だに出来なかったが、サヤとホオズキは緊張を解いて深く息をついていた。


「今日中にこの街から出て行くんだな。次に会ったら問答無用で切り殺すよ」


鎧の男はスリの男にそう告げると身柄を解放した。


「僕たちは衛士でないのでね。盗人の処罰は仕事じゃない」


そういうと男はウインクをする。

ウインクの意味は万国共通というわけでもないだろうに。


動けないアギトに代わって、ありがとうございますと頭を下げるサヤ。

最初アギトの前に立ちはだかった男。黒い縮れ毛で髯を生やしている。彼は突然サヤの前で跪き、そっと少女の手を取った


「異国の少女よ。財布を取り戻したのはモノのついでだよ。吾輩は君らに用がある」


男はアギトを睨みつけたときと同じように鋭い眼光でサヤを見上げていた。

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