異世界だからと調子に乗らず堅実に騎士を目指す
まめたろう
第1話 星空を眺める
(一) アギト
アギトとサヤ。ここが異世界であると気付いたのは、ほとんど二人同時だった。
校舎を追われ、果ての見えない暗い森を抜けると、空一面に星空が広がっていた。
アギトたちはその美しさに圧倒され、しばらく自分たちの置かれている状況など忘れて魅入っていた。
だが、その瞬間がすぎると何事もなかったかのように為すべきを為す。そんな急に醒めたようにふるまう彼自身を、アギトはあまり好きではなかった。
「星の位置がおかしい」
アギトは違和感を確信に変えると声を上げた。
傍らには二人の少女がいる。
アギトが反応を窺ったのはそのうち長身のサヤの方だった。アギトは長身のサヤの反応を窺った。彼女は黙って首を縦に振る。
彼女もアギトと同じことを考えているようだ。
「え、星の位置とか決まってるんですか?」
とひとりホオズキが驚く。星占いとか好きなくせに、そういう常識は無いんだなと呆れるアギトだった。
さすがに夜空の星はランダムに輝いているわけではない。
「北の方角を知りたければ、まず北極星を探すのがセオリーなんだよ。北極星の見つけ方には、カシオペア座のWを目印にする方法と、北斗七星を目印にする方法があるんだけどね。この空にはカシオペア座も北斗七星も、それどころかオリオンのベルトもありゃしない。地球を知る僕たちにとっては、この星空は全く出鱈目だ」
「これだけの証拠を見せつけられた以上、ここは地球じゃないと考えるのが素直でしょうね」
サヤにはアギトの考えはすっかりお見通しのようだ。
「異世界転移って奴ですか。へー凄いですね」
言葉と裏腹に驚いた様子のないホオズキを見て、呑気なもんだと思う。だが、実感がないという点ではアギトも同じだった。
僅か二日前、それは土曜日の事。休日の学校に登校していたアギトたちは、突然の急激な揺れに襲われた。その場に立ち続けることを許さない激しい揺れ。地面にしがみついて何とかやり過ごそうとしたが、それはアギトが知る地震とは異なりまったく止む様子がなかったのだ。いつのまにか気を失ったアギトたちが目を覚ましたとき、彼らはなぜか校舎ごと深い森の真ん中に放り出されていたのである。
色々な可能性はあったけれど、異世界転移というのは扱い方も分からない途方もない結論だった。
森を出て安心したのか、3人は自然と野営の準備をはじめていた。
焚き火から少し離れて防水シートを敷き、毛布整える。食料は3日分しかないのでその夜は控えることにした。
「ふふふ、私がいて助かったでしょう、アギト様」
それなりに野営の形が出来あがるとホオズキが鼻を高くする。
校舎に備蓄されていた防災用品を手際よくまとめて持ち出したのが彼女だった。
アギトは後先考えず飛び出していたので、大きな荷物を抱えて追っかけてきてくれたホオズキには感謝をしている。
「ああ、助かったよ。でも、ホオズキは良かったのか。別に俺についてくる必要はなかったんだぞ」
「ふふふ。そんなこ.といっても私がいないとアギト様は何もできないじゃないですかぁ」
ホオズキはアギトにすり寄るとその手を握る。
「アギト……様?」
サヤは仲睦まじい二人のどこかおかしい関係を目を丸くして見つめていた。今はこうして行動を共にしているけれど、二人と会話をするのはこっちの世界に来てからのことなのだ。
「ただの戯言だから、コイツのいうことは気にすることないよ、来栖さん」
慌てて何かを否定するアギト。
「なぁに言ってるんですか。アギト様は私のご主人様でしょう。もう、ここは学校じゃないんですから隠す必要はないんですよぉ」
そういいながら擦り寄るホオズキをアギトは必至の体で引き離す。
これから3人仲良くやっていくためにも変な誤解は避けたいところだ。
「ふうん。アギト君ってもっと真面目な男の子だと思ってたけど、随分と未来を生きている様ね。田舎娘の私にはちょっぴり理解できないわ」
「いや、違うよ。待って、待ってって。ホオズキの家はね、代々我が家の家政婦をしていたんだよ。それもホオズキのお祖母さんの代までだよ? だから俺とホオズキはいわゆる幼馴染みたいなものだよ、な」
すがる様な目でホオズキを見つめるが、少女には血も涙もなかった。
「ずっとずっと、赤ん坊のころから一つの家で暮らしている幼馴染なんてありますかねぇ。実に単純な話ですよ。私は生れながらにしてアギト様の下僕です。私にだって至らないところはあるかもしれませんけど、この忠誠心だけは疑って欲しくありませんよ、アギト様」
「いや、忠誠心とかさ。戦国シミュレーションじゃないんだからさ。一般用語でいうと友情だろ、友情。俺とホオズキの間には熱い友情パワーが流れてんだ。でも、とにかく俺たちの複雑な関係を、一般の人に理解してもらうのは大変だからさ、そこは置いてこうよ」
さぁてどうしたものかと意地悪く微笑むホオズキ。
困り果てたアギトはさっさと話題を変えようとする。
「ごめんね。来栖さん。俺が余計なことをしなかったらこんなことにはならなかった」
アギトは突然、サヤに頭を下げた。
「なぜ、アナタが謝るの」
サヤは全く理解ができないと言いたげである。
「いや、俺が連中に素直に頭を下げてれば、こんなことにはならなったかも」
「それは違うわ。私も頭を下げるつもりは無かったし……」
アギトとサヤは食料を盗んだクラスメートを庇って、主流派から校舎を追放されたのだった。
当の本人は土下座をして校舎に残ったというのだから、ホオズキには腹立たしいことこの上ない。
「僕も別に正義の味方になったわけじゃないんだよ。ただ、みんな少しづつおかしくなってただろ。僕はもうこれ以上、あそこにいることが我慢できなかっただけなんだ」
今はまだ食料がある。それが尽きたとき、あの場所がどうなることか。想像するだに恐ろしい。
「そう。でも、動機がどうであれ間違ったことはしていないわ」
「そうです、そうです。アギト様がしたことは正しかったんですよ」
「正しかった……か。確かに日本にいれば、それが正しいことだろう。でも、異世界でも正しかったと言えるんだろうかな。集団でいれば、できたことがあったかもしれない」
そう呟いて、アギトはまずいと後悔し顔を歪ませる。
異世界に来て不安なのは皆同じなのだ。自分が率先して不安を煽ってどうするんだ。
そんなアギトにサヤは神妙な顔で語りかける。
「アギト君。 アギト君は、私に『行こう!』と言ってくれたよね。それって、つまり私たちは仲間ってことでいいんだよね」
「ああ。もちろん。こうして一緒に飛び出してきたんだ。あとはもう一蓮托生だよ」
よかったと、サヤは今までに見せたことのない笑顔を作る。
「打算的なのはね、私の方よ。私は転校生でしょう。だから、もし何かあった場合、最初に切り捨てられるのは私だって分かっていたの。だから、私は、私の味方になってくれる仲間が欲しかったのよ。だから、私はアギト君に追随したという訳。そんなわけだから、アギト君は気に病む必要はないわ」
サヤがアギトを頼ってきた。その事実は単順に嬉しかったが、意外でもあった。
サヤ。本名は来栖咲弥子。背はすっと高くモデルのような体形だ。成績優秀でスポーツも得意。物静かでいつもクールな彼女はどこか高嶺の花という印象だった。
そして何より、一月ほど前に遠方から引っ越してきたばかりの彼女は神秘的であった。
サヤが一緒にいれば、何とかしてくれるんじゃないか。心の底で何となく彼女を頼りにしていたのはアギトの方だったのかもしれない。
ホオズキが自分のことを放っておけないことも良く理解しているはずだ。
「不安になる気持ちも分かるけど、あそこにいたらここが異世界だと知ることもできなかった。半歩でも前に進めたよ」
ただの励ましだということをアギトは理解していた。
本来なら、それは自分の役割じゃないか。
焚き火に照らされたそれぞれの表情は不思議に歪んでいた。
すでに両親を亡くしている自分はそれほど地球に未練はないのかもしれない。
だけど、サヤとホオズキは違う。
二人を支えなければならないのは自分だ。
アギトは炎を眺めながら決意を新たにした。
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