第6話

「なあ、運命とか宿命って信じる?」

「何だよ、急に。恋でもしてんのか?」

「恋か……。恋愛も運命の一環だろ?」

「まあ、そうかもな。例えば、俺とお前が今、こうして運命について話してる、これは運命なのかもしれないし、偶然なのかもしれない。でも、そんなこと考えても仕方がないよ。それって、ある事象を振り返る時に、無理矢理自分を納得させる為の理屈でしかないんじゃないかな? 大事なことは、今、どう感じて、どう行動するかってことじゃないの?」

「その“今”を導く、過去は大事だろ? それに人間は一人じゃない。そこには関係性ってやつが生まれる。その関係性について考えるのは、無駄なんかじゃないよ。世界中に愛されるバンドが、フロントマン二人の邂逅によって、西の最果ての田舎の教会で結成された。これは、運命であり、宿命だろ? でもさ、俺は、その後、バンドメンバーのオーディションで選ばれた、ギタリストの曲が好きなわけ。世界って何か、そういうものなんだって思ったりもするの。何かわけ分からなくなったな(笑)。ほら、このCD貸すから、お前も運命と宿命について考えろ。俺が好きなのは七曲目な」


「野口くん、野口くん、着いたよ」

 冨田ミヨが、野口の肩を揺さぶっている。野口はいつの間にか眠っていたようだ。野口は車窓の外を見た。この列車に乗り込んだ時と同じような駅のプラットホームが見えた。

「あ、ゴメン、寝ちゃった」

「うん、大丈夫、私もさっき起きたから」

 二人は荷物を持って列車を降りた。駅の改札を抜け、外に出ると広場があり、正面に古都にあるモダンなタワーと瓜二つの塔が聳えていた。

「とりあえず、ホテルでチェックインして荷物預けよっか?」

「あ、そうだね……」

 野口は冨田ミヨと宿泊するということをすっかり忘れていたので、急に狼狽えた。しかし、同じ部屋ではないだろう。冨田ミヨはスマートフォンを取り出したが、「あ、SIMカード買わなきゃ」と呟いて、野口に荷物を預け、走って駅に戻った。野口は一応、持ってきた携帯電話をジーンズの右前ポケットから取り出し、眺めた。

「そっか、やっぱり必要なかったな」

 そう一人呟き、しかし、カメラは使えると思い直し、携帯電話のカメラを起動し、沈みかけた太陽の光を反射し輝くタワーを撮影した。それから、野口のトランクを椅子代わりに座り、広場から広がる街並みを、ぐるりと見回す。駅の外観はガラス張りのモダンな造りだが、近接する建物は歴史を感じさせる。中世ゴシック様式の石造りの大聖堂、車道はアスファルトで舗装されているが、歩道は石畳だ。


「ごめん、お待たせ」

 野口の後ろから冨田ミヨが声を掛ける。街並みのせいだろうか、普段使っている言語が、ひどく場違いに聞こえる。不思議なものだな、と野口は思った。しかし、改めて冨田ミヨを遠い異国の背景を背に見ても、彼女はとてもこの街に馴染んでいた。この前、隣国の地でも同じことを思ったが、海を隔てたとは言え、それは我々が世界から見れば、同じ地域に生きているからだと野口は思ったが、それも違うと野口は感じた。そして確信した。彼女にSHIDAYAで再会した時から、ずっと感じていた違和感の正体……彼女には生活感が全く感じられないのだ。


 冨田ミヨはまるでその名のアート作品のようにそこに居る。我々が承認欲求を満たす為に日々SNSに充足感を感じさせる写真を上げ続けたり、そのアイデンティティーの拠り所をナショナリズムに求め、街頭でヘイトスピーチをしたり、そのレイシズムへの対抗という大義を隠れ蓑に内なる暴力性を発散したり……存在証明の為に存在意義を見失う日々の葛藤、まるでそういうものが彼女からは感じられないのだ。ただそこにある、美しいアート。日々充足していたいと思う欲求とは裏腹に、怠惰で単調な日々が繰り返される、不満や不安を紛らす為に我々はそういう生活感から必死に逃れようと足掻くが、もしかすると、冨田ミヨは吉田の喪失と同時に、そういうものを全て失ったのかもしれない。いや、もともと持ち合わせていなかったのか、どちらにしても、何だか悲しい、野口はそう感じた。


 駅からCABと呼ばれる、いわゆるタクシーを拾い、冨田ミヨが予約しているホテルに向かった。ホテルは小さな森のような、大きな公園に隣接していた。ホテルの前でCABを降りると、荘厳なゴシック調の石造りの門が二人を迎えた。


“Hello,would you stay in?”

 門を抜け、ホテルの入口前に立つと、ドアマンが話しかけてきた。

“Yeah.We have reservation.”

“Welcome,shall I bring your bagage?Mind your gap,please.”

 立派な口髭を蓄えた、そのドアマンが野口たちのスーツケースを抱え、ロビーにある受付に案内してくれた。ホテルの内装は赤を基調にした中世風デザインで、右手の壁に巨大な宗教画だろうか、野口が高校生の時に世界史の教科書で見たような絵が金の額縁に入れられ、掛かっていた。


「野口くん、行くよ!」

 野口が暫くその絵を眺めていると、冨田ミヨが受付のカウンターの方から大声で呼んだ。彼女の隣には先ほどの立派な口髭のドアマンではなく、痩せてひょろ長い、ポーターがスーツケースを持ち、立っていた。どうやらチェックインの手続きは終わったらしい。野口は慌ててそちらに向かった。二人とひょろ長いポーターは絵の向いにあるエレベーターに乗り込み、部屋に向かった。自国の見慣れたエレベーターに比べ、そのエレベーターは映画でよく見る、手で内扉を開閉するもので、ひょろ長いポーターが内扉を閉め、三階に向かうボタンを押した。エレベーターは心配になる程の大袈裟な音を立て、三階に辿り着いた。内扉をポーターが開き、両手にスーツケースを持ち、赤い絨毯が敷き詰められた廊下に出る。306と金色のプレートが打ち付けられた、白い扉を冨田ミヨが受付で預かった鍵で開ける。中に入ると、右にバスルーム、左にウォークインクローゼット、奥にシングルベッドが二つ並んでいた。部屋の外にはバルコニーがあり、白い丸テーブルと白い椅子が二脚置かれていた。ひょろ長いポーターが二人に続いて部屋に入り、入口にスーツケースを置いた。冨田ミヨが“Thank you”と言い、チップを渡すと、ひょろ長いポーターは被っていた帽子を取り、軽く会釈して去った。


 一緒の部屋か…軽く頭を掻き、野口は苦笑いをした。野口

 は自分のスーツケースから着替えと洗面用具、それから谷川俊太郎の『夜のミッキーマウス』という詩集を取り出した。冨田ミヨは部屋の窓を開け放ち、バルコニーから外の街を眺めていた。野口は着替えと洗面用具をウォークインクローゼットとバスルームに置き、ベッドの上に横たわり、詩集を読み始めた。


「じゃあ、行こっか?」

 バルコニーから冨田ミヨが顔を出し、野口に言った。

「あ、もう行く?」

 野口は「忘れること」という詩を読んでいた目を冨田ミヨの方に向け、応えた。

「うん、とりあえず、荷物置きに来ただけだから」

「そうだね、了解」

 冨田ミヨがバルコニーから部屋に戻り、野口の読んでいた文庫の詩集を覗き込む。

「野口くん、まだ紙の本なんて読んでるの? 化石ものだよ。旅行にそんな嵩張るもの持ってくるなんて、信じられない(笑)」

「なんか電子書籍って馴染めないんだ。スマホもそうだけど、スクリーンを直接触ることに抵抗がある」

「ふーん。私も初めてスマホ触った時はそうだったけど、今は違和感はないな。慣れだよ、もうパソコンのキーボードを叩くのが面倒なくらい、スクリーンのキーパッドに依存してる」

「そういうものかなぁ」

「ま、いいや、行くよ!」

 冨田ミヨはニカっと笑い、野口の右手を取った。冷んやり、サラっとした感触が右手の指先から掌全体へ広がる。それはすぐ、仄かな温もりとなり、身体全体に広がる。野口はどこか懐かしい感覚を覚えた。


 ホテルを出ると、写真とCheckimediaを頼りに目的地を探した。“Checkimedia”とは、ある事柄、人物、土地についてインターネット上で世界中の人間がそれについての知識を書き込み、世界中の言語で翻訳された、言わばインターネットの集合知百科事典のウェブサイトである。検索した中で一番、ホテルの住所から近かった、バンドのフロントマンの行きつけだったパブに二人は向かった。


 そのパブは、ホテルから五〇〇メートルくらい離れた交差点の一角にあり、ヴィクトリア様式の三階建ての小さな城のような場所だった。中に入ると広い空間が広がり、三階建てに見えた外観とは違い、中は吹抜けになっていた。幾種類ものブランドのタグの付いたビールサーバーのヘッドの並んだカウンターが中央にあった。スキンヘッドの恰幅の良い、マスターと学生のバイトだろうか、金髪の若い細っそりとしたバーテンダーがグラスを磨いていた。週末だからか、パブは混み合っていた。とりあえず、二人はカウンターでビールを注文した。東洋人はこちらに比べて外見が若く見えるからだろうか、IDの提示を求められた。慌ててポケットを探る野口をよそに、冨田ミヨは慣れたもので、更にこのパブが撮られた写真と吉田の写った写真を見せて、恰幅の良いマスターに質問し始めた。野口はジャケットの内ポケットからようやくパスポートを取り出し、提示して若いバーテンダーからビールを受け取り、パブの中を改めてぐるりと見回した。吉田の撮った写真は、パブの窓から外の道路を覗いたアングルだった。


 このパブの外観より、パブに面した交差点の方に既視感があったのは、なるほどそういうことか、と野口は一人合点した。野口はその窓の手前に空いた席を見つけ、ビールの入ったグラスを丸い木製のテーブルに置き、腰を下ろした。その窓から同じアングルで野口は携帯電話のカメラで写真を撮った。想像以上に温いビールを半分飲み、再び店内に視線を戻すと、カウンターの正面の壁際の大きな暖炉が目に留まった。今はこちらも夏の名残りがあり使われてはいなかったが、周りにはスキンヘッドや白髪で皺々の老人たちが緑色のソファに座り、ビール片手に談笑していた。このパブにバンドメンバーでもよく集まっていたという、Checkimediaの情報を思い出し、火の灯った暖炉とその周りで話し込むバンドメンバーを想起し、野口は酔ったことを自覚した。


 野口がほろ酔い気分で暖炉を眺めているところに、冨田ミヨが飲みかけのビールとフライドポテトの盛られた皿を両手にやって来た。

「ごめん、話し込んじゃった。この窓から撮ったやつじゃないかって、写真」

「うん、俺もそう思った、見たことあるなって」

「ここに来る海外のファンは凄く多くて、話を聞いてくる客も沢山いるから、さすがに和真のことは分からないって」

「そっか。でも、吉田が来たことに間違いはないね」

「うん。あ、もう遅いから捜索は今日はここで終わり。おつまみにchips、あ、フライドポテト頼んでおいたよ、これ」

 そう言って、冨田ミヨはテーブルに置いた皿からフライドポテトを一本、指先で摘み、半分ほど齧った。

「ありがとう」

 野口もそれにならい、フライドポテトを摘み、口に運んだ。

「和真、ここに一人で来たのかなぁ?」

「そうなんだろうね、本当に音楽好きな人だったからなぁ……」

「野口くんも音楽好きだよね?」

「全部、吉田の影響だよ。あいつに全部教えてもらった」

「そうなんだ」

「ミヨちゃんは音楽好きなの?」

「うん、でも私が好きなのはクラブミュージックだから、あんまり和真とは音楽の話は合わなかったな……」

「へぇ、クラブとかよく行くの、じゃあ?」

「そうだね、最近は行ってないけど……」

 冨田ミヨはわずかに残っていたグラスのビールを一気に飲み干した。

「行こっか、クラブ?」

「え?」

「久しぶりに行きたくなっちゃった。最近流行りのダンスミュージックってBPM高めで、ゴチャゴチャ音を詰め込んだのが多くて、うんざりしてたんだ。だからクラブからも遠ざかってたんだけど。この国は初めてだし、昔からこの国の音楽シーンって独特だから。ロックとダンスミュージックの架け橋になったプロデューサーもこの国の人だし…あ、ごめん。野口くんはクラブ行ったことある?」

「いや、ないな。俺、田舎育ちだから、都市文化とは全く繋がりなかった……」

「人生、何事も経験だよ!」

 そう言って、冨田ミヨは野口に残ったビールを飲み干すよう促した。そしてスマートフォンで地元のクラブ情報を検索し始めた。

「あったけど…ちょっと、マスターに聞いて来るね」

 冨田ミヨは立ち上がり、カウンターに向かった。


「うむ」

 野口は一人呟き、目の前のガラスのパイントグラスにこびりついたように残ったビールを一息に飲み干そうとしたが、途中でもどしそうになったので慌ててグラスをテーブルに置き、口の中で暴れるビールを何とか飲み込み、一息置いてから残りを飲み干した。

「お待たせ。大体情報は掴んだよ。行こっか?」

 冨田ミヨはテーブルに置かれた二つの空のパイントグラスを持ち、野口はパセリの残った、白い陶器の皿をカウンターに返し“Thanks”と言って、外に出た。外はすっかり日が落ち、暗闇が訪れていた。西洋の街は古い歴史の景観のため、所謂ネオンの灯りが無い。しかし、東洋と比べて経度が高いので夏は日が沈む時間が遅く、夜になっても明るかったりする。とは言え、日が落ちれば、街灯や住居の灯りのみが光る街だ、おまけに東洋と比べ乾燥しているので気温もぐんと下がる。まるで昼と夜が別世界のようだ。


「うわ、ちょっと寒いね・・・何か羽織る物持って来ればよかった」

 冨田ミヨは白いTシャツに濃い紺のオーバーオールに足元は白い下地の赤いロゴの入ったスニーカーを履いていた。暗い街に彼女の白いTシャツと白いスニーカーはよく映えた。二人が十五分程歩いて、高架橋の下にそのクラブ、 “THE LATE”はあった。週末だからか、二、三十人は黒い下地に白くペイントされた“THE LATE”という文字の立て看板が立った、入り口に並んでいた。その看板がなければ、そこがクラブであるとは誰も気づきそうもない入り口には、屈強で大柄な黒人のバウンサーが二人立って、身体検査とIDチェックを行っていた。野口は生まれて初めて受けた入念なボディチェックに多少たじろいだが、無事中に通されると、今度は鳴り響く音の大きさに驚いた。耳を劈くというより、腹に響く感じの重低音が鳴り続けるバーラウンジで先に通された冨田ミヨは、すでに何かドリンクを注文している様子だ。野口は暗い照明の狭い空間の中、彼女を見失わないように彼女のいるバーカウンターにアルコールを片手に談笑したり、踊ったりしている人々を避けながら向かった。


 カウンターには四人のバーテンダーが次々に注文されるオーダーに追われていた。冨田ミヨは野口に気づくと、微笑みながら手元の二つのショットグラスを指差した。暗くてよく見えないが、小さな女性のバーテンダーがそのショットグラスに何やらガラス製の四角い瓶に入った液体を注いでいる。テキーラか何かだろうか? バーテンダーにキャッシュを払い、釣りの銀貨をチップとしてカウンターに残し、冨田ミヨは液体の注がれたショットグラスの片方を野口に差し出した。そして、もう一方のショットグラスを、野口に渡したショットグラスに軽くぶつけた。

“Cheers!”

「あ、乾杯……」

 冨田ミヨは持っていたショットグラスを口元に運び、中の液体を一気に飲み干した。野口もそれを見て、何かよくわからないアルコールを一気に飲み干した。喉の奥が燃えるように熱くなった。


「よし、行こっ!」

 冨田ミヨは空になったショットグラスをカウンターに置き、野口の持っていた空のショットグラスを人差し指と親指で挟み、同様にその隣に置き、野口の右手を引いて人混みの中に飛び込んだ。人混みの奥に重厚な扉が突然現れた。冨田ミヨは躊躇なく、その扉を体を預けるように倒して開けた。先程まで流れていた音楽を掻き消すようにさらに大きな重低音が、洪水のように二人に降りかかってきた。


 その空間には先程の部屋の倍以上の人間が犇いていた。四方に設置された巨大なスピーカーから流れ出るビートとベース音、吹き出しては降りかかる機械音。ステップを踏んで踊る人々、暗く落とされた照明と高い天井から吊るされた回転するミラーボールの放つ怪しい光が相まって、まるで異次元のようだ。冨田ミヨは野口の右手を引いたまま、人の波を掻き分け、ぐんぐん進んだ。一番奥に一段高くなったステージがあり、その上でも無数の人間が踊っていた。冨田ミヨは右端にある小さな階段を上り、ステージに辿り着くと、野口の右手を離した。そして、周りに溶け込むようにステージの中央でステップを踏み、踊り出した。野口はぐるりとその空間を見回した。


 ステージを見渡せる高い位置でDJがレコードを回し、ヘッドホンを片耳に当て次にかける曲の頭出しをチェックしている。ステージのすぐ下には絡み付くように踊る男女、甲高い声を上げ飛び跳ねる若い女性グループ、それを口笛混じりに囃し立てる筋骨隆々の男たち、暗闇の中、サングラスをかけたままクネクネ動く怪しげな男…野口は再びステージに目を向け、中央で踊る冨田ミヨを見た。今まで感じた違和感はそこに微塵もなかった。違和感はそこでは野口にしかなかった。彼は単純に理解した、彼女と自分の住む世界がただ違っただけなのだ。野口は、このまとわりつく靄を振り払いたい衝動に突き動かされた。冨田ミヨの前に進み、彼女の見様見真似でステップを踏み、両手を上げ踊った。冨田ミヨは声を上げて笑った。野口は必死で、ぎこちない笑顔で返した。冨田ミヨは野口の左腕を軽く掴み、左の耳元でもう一杯飲むか、と叫ぶように尋ねた。音楽の鳴り響く中、野口も冨田ミヨの左耳に顔を近づけ、叫んだ。

「そうだね、買ってくるよ。何がいい?」

「ビールにしよっかな、ありがと」

「じゃあ、ここで待ってて」

 野口は先程のバーラウンジに人波を掻き分け戻った。バーカウンターには、先程より多い人だかりができていた。野口は遠巻きにその様子を眺め、少し人が減るのを待った。


「お前、本当人混み嫌いだな」


「え?」

 野口は吉田の声が聞こえて、思わず振り返った。

「どうしたの?そんなに驚いて」

 そこには冨田ミヨがいた。

「あ、ゴメン、遅かった?」

「こんな所でただずんでちゃね(笑)」

「ごめん。人混みに酔っちゃって」

「わかるよ。私も人混みは得意じゃない」

「え、そうは見えないけど……」

「慣れだよ」

「そっか」

「出ようか?」

「うん」

 二人はバーラウンジから入口のベルトパーテションで仕切られた出口から外へ出た。外の風は冷たく、酔いが一気に冷めた。

「あれ、どっちから来たんだっけ?」

 冨田ミヨはスマートフォンを手に取り、SAGURUMAPで現在地を確認した。

「あっちじゃなかったっけ?」

 野口は右手の人差し指で、二人が来たと思われる方角を指した。

「お、さすが。方向音痴じゃない、男脳だね」

「何脳かは分からないけど、方向感覚はあるよ」

 冨田ミヨは野口の指差した方へ石畳の道を歩き出した。野口は慌ててついて行く。

「ねえ、吉田は本当に生きているのかな?」

 野口は率直に尋ねた。

「それを確かめる為に、ここまで来たんだよ」

 冨田ミヨは振り向かずに応えた。

「でも、もし生きてるとして、一体どこにいるんだろう?」

「ねぇ、まだ何も思い出せないの?」


「え?」

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