第16話 不可思議な事件は突然に
秋奈が一か月で四回の霊界潜入という、通常ならば考えられない事態に遭遇した翌日。
春明と秋奈は普通に高校へ通っていた。
魔法使いとはいっても、彼らはまだ
そのため、当然ながら二人には、いや、二人と同い年の魔法使いは所属する高校へ通学する義務がある。
もっとも、協会に所属し、かつ家柄のある若手魔法使いの多くは、「節句の祓」など、町を上げての祭事や季節ごとの小さな祭事がある場合は、家の事情ということで公欠扱いされることがあるのだが。
そんな事情は知らない秋奈は、重い足を引きずるようにして通学路を歩いていた。
「……眠い、だるい……」
「知らん。慣れろ」
「……存外、冷たいね。
「今の俺はお前の師匠じゃない」
春明からすれば、なぜか隣を歩いている秋奈に返した。
予想してはいたものの、本当に冷たい態度に秋奈はため息をついてしまった。
咲耶に弟子入りしてからというもの、春明は必要以上に秋奈と接触することを避けているようにも見える。
いや、そもそも春明は人との接触を最低限にとどめているのだが。
ふと、そのことを不思議に思い、秋奈ははぐらかされることを覚悟して、思い切って問いかけてみた。
「そういえば、土御門くんって必要以上に人と話さないよね?今さらだけど、なんで??」
「話す必要がない」
「うわぁ……まぁ、予想はしてたけど……」
「予想してたんだったら、話しかけるな。面倒くさい」
結果がわかっているのなら、なぜそれをしようとするのか、まったくわからない、といいたそうに半眼になりながら春明はそう返した。
「あら?仮説の証明は大切じゃない??」
「それなりに長い付き合いだってのに、仮説の証明もなにもないだろ」
必要性を感じないからあまり人と話さない、というわりに、春明はそれなりに長い間、言葉をやりとりしていた。
どうやら、必要性を感じないから話さない、というわりに、それなりに気を許した相手ならば、それなりの態度で会話はするらしい。
つまり、いま、こうして秋奈と話しているのは秋奈にはそれなりに心を許しているからということだ。
もっとも。
――それを本人がわかっているのかがまったくわからないのよねぇ……
当の本人がそれをわかっているのか、それだけは秋奈にもわからなかったのだが。
だが、口が裂けても、そんなことを言うことはできない。
言葉のキャッチボールをする程度には心を許しているからといって、逆鱗に触れたとしても笑って許してくれるという保証がないのだ。
いや、春明であれば、
それこそ、明日も太陽が東から昇ってくると言いきれるくらい、絶対的な自信がある。
伊達に春明から一か月近くも修行を見てもらっていない。
一か月も一緒にいる時間があれば、春明がどんな人物かくらい、いやでもわかってくる。
基本的に春明は他人が自分の領域に入ってくることを嫌うタイプの人間だ。
そして、その聖域に踏みこむことができる人間は、よほど芯が強くなければならない。
別に、秋奈は春明の領域に入りこもうと思ってはいないし、彼の聖域についてもまったく興味がない。
いや、多少はあるのだが、それでも危険を冒してまで知りたいとは思わない。
春明も指摘したとおり、好奇心は旺盛だが、さすがに自分が関わって危なくないかどうかを理解する程度の能力は身につけている。
――まぁ、覗けたらそれはそれでラッキーかなってくらいだしね
そう思いながら、秋奈は沈黙を守ったまま、春明の少し後ろの位置を維持して校門へと向かっていった。
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その日の放課後。
春明と秋奈のクラスメイトである一人の女子が、古びた祠を訪れていた。
その祠に、女子生徒は一枚の紙切れを祠に納め、何かを必死に祈り始めた。
――土御門先輩とおしゃべりできますように!
心中で女子生徒は必死にそう祈っていた。
どうやら、この女子生徒は春明たちの後輩で、春明に淡い思いを抱いているらしい。
その無愛想な態度のせいでかなり評価が下がっているのだが、春明の顔の作りはそれなりに整っているのだ。
そこに加えて、高校生らしからぬ落ち着いた雰囲気をまとっているため、それも相まって何も知らない後輩は興味を引くようだ。
もっとも、春明の本性を知った瞬間にその評価はがくっと下がってしまうのだが。
おそらく彼女も、そんな春明の本性を知らない生徒の一人なのだろう。
「何をそんなに必死にお祈りしているの?」
「ひゃっ?!」
突然、声をかけられた女子生徒は、悲鳴を上げて背後へ振り向いた。
そこには、自分よりもかなり年下の少女が立っていた。
どこか虚ろな瞳をしたその少女は、再度、女子生徒に同じ問いかけをした。
「何をお祈りしているの?」
「え?……あ、あぁ、うん……ちょっと気になる男の子がわたしを見てくれますようにって……ところで、あなた、一人なの?お父さんかお母さんは??」
空はすでに茜色に染まっていて、夕方を知らせるチャイムが鳴り響いていた。
目の前にいる少女は、どう考えても小学校の低学年といったところだ。
昨今はそうでもないのだろうが、それでも、こんな時間に一人でこんな場所をうろうろしているほうがおかしい。
なにしろ、目の前にあるこの祠は、縁結びの御利益はあるものの、掃除は参拝して御利益を得た人間が、本来の意味でのお礼参りがてらやっていくだけで、基本的にはあまり人がおらず、小さい子供が一人でうろうろするにはあまりよろしいとはいえない環境なのだから。
だが、女子生徒の心配をよそに、少女は奇妙なことを問いかけてきた。
「お姉ちゃんのお祈り、叶えてあげようか?」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、女子生徒の意識は遠のいていった。
ただ、頭の奥で目の前の少女の声が響いていたような気はしていた。
女子生徒が意識を取り戻したときには、目の前にいたはずの少女は、姿を消していた。
――なんだったんだろう?
不思議に思いはしたが、女子生徒はあまり気にすることなく、その場を立ち去っていった。
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その日を境に、領巾市東川町には奇妙な事件が起こるようになった。
しかし、その事件を感知している人間は、あまり多くはなかった。
なぜなら、そもそも事件は起きていないというのが、世間一般の認識だったのだから。
ただ、この部屋は誰が使っていたのか、隣のあいている席は誰のものだったのか、この日の担当は誰だったのか。
不可思議には思うが、その程度だった。
だが、それを事件として認識しているのは、いや、認識できた人間は、ごく少数ながら存在した。
領巾市役所の地下階。
一般の利用客ならばまず知るはずのないその空間に座している五人の人物たちが車座になり、地下階に設けられた神殿に集っていた。
「現世の空の星がいくつか消えた」
「よもや、妖魔の兆しか?」
「否。妖魔にあらず」
「されど、霊界に兆しがあることは確か」
「然り。ならば、我らが行うべきは一つ」
五人のうちの一人がそう口にすると、五人は顔をあげ、同時に同じ言葉を発した。
『領巾市役所の職員に通達。領巾市に住まう魔法使いたちに依頼申請を』
神殿中に五人の声が同時に響き渡った。
その通達は、市役所の担当部署が存在している区画へと届いた。
その区画にいた職員の一人が、その通達を聞き取り、文書の作成に取り掛かった。
魔法使いに与えられる依頼は、二つの分類がされている。
一つは、個人的な依頼。
こちらはつい最近、春明たちが行ったもので、魔法使い個人あるいはその魔法使いのいち族に向けて依頼が出されるものだ。
報酬などは依頼主と魔法使いの間での交渉で成立するため、報酬の受け渡し等で取ら物が発生する場合もある。
一方、もう一つのものは、市役所から、つまり、協会から出されるもので、その多くは妖魔絡みのものだ。
こちらについては、基本給に経費を追加した形で報酬が支払われる。
なお、これは協会の取り決めであるため、魔法使いたちも了承しているため、報酬でのトラブルはまったくといっていいほど発生しない。
だが、安定した給与が支払われるにも関わらず、その依頼を受ける魔法使いはほとんど存在しない。
理由は単純。
命の危険にさらされる可能性が最も高く、下手をすれば、命を落とすこともあるためだ。
自身の命と魔法使いとしての使命。天秤にかければどちらに傾くか。
よほど酔狂な人間でない限り、確実に前者だ。
そのため、形式上、公募という形にはなっているが、実際には協会の職員のツテで職員を決めている状態になっていた。
もっとも、依頼する魔法使いの事情も考慮するため、必ずしも、決まるというわけではない。
また、意図せず巻きこまれてしまった、あるいは、自分の関係者が巻きこまれた可能性があるから、という理由で依頼を自主的に受けにくる人間もいないわけではない。
そのあたりは、割と臨機応変に対応できるのだ。
「さて、此度の依頼、果たして誰が解決してくれるのか」
「あるいは徒党を組むか」
「あるいは……あまりないであろうが、全滅か」
「いずれにしても、これが何かの前触れでないことを祈ろう」
「なに、いずれわかること。それまで我らはこの場の守りを固めることに専念するだけのこと」
通達を送り、五人は誰からとなくそう口にすると、代わる代わる返し、やがて、沈黙した。
あとに残されたのは、不気味なまでの静けさだった。
だが、この時、領巾市全域に及ぶ守護を行っていた五人はまだ気づかなかった。
いや、予想だにしなかった。
この事件が、自分たちが守護している領巾市の存続を危うくすることとなる大事件の兆しとなっていたことなど。
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――大丈夫、すべて、わたしに任せておけばいい。
だってわたしは、あなたがお祈りをしている神様と、深い縁を結んでいるのだから。
だから、わたしに任せておけば、あなたの祈りは叶う。
もちろん、代償はあるけれど。
だって、そうでしょう?
――何も支払わずに、願いが叶うなんて、そんな甘い話はこの世界には一欠けらもないのだから。
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