第15話 戦闘後の一時と不可解な偶然
秋奈の「
わりとあっさり終わったことに、春明は疑問を抱いたが、あまり長い間、霊界にいたくない、という理由で霊界から現世に戻った。
霊界から脱出すると、春明はすぐに携帯を取り出し、泰明に霊界へ潜りこんだことと出現していた妖魔を討伐したことを伝えた。
その報告を終えると、そっとため息をついて、秋奈の方へ視線を向けた。
「で、なんでったって、お前がここにいるんだよ?」
「仕事の帰りよ。なんかやばいなぁって思ったから逃げようと思ったんだけど、なぜか迷いこんじゃったのよ」
「……不自然なくらい迷い込むよな、お前。”
“取り替え子”というのは、主に北欧に伝わる伝承で、暖炉の前で眠らせていた赤子が忽然と姿を消すということがある。
その現象を古代の人々は、妖精が自分の国へ赤子を連れていってしまったから、だというのだ。
日本でいうところの神隠しに近い伝承だ。
だが、神隠しとの大きな違いは、赤子が眠っていたベッドに魔力の込められた樹木の葉へンが置かれているか、妖精の子供が眠っているということだ。
元々眠っていた子供と入れ替わりに眠っているその子供は。妖精の子供であるため、必然的に高い魔力を有し、普通ならば狙わない限り、そう何度も経験することがない現世と霊界の往来を高い頻度で行ってしまうのだという。
「……なにそれ?」
「……お前の師匠に聞け。そういえば、神楽坂の師匠って誰なんだ?」
「え?『アルスター』の女店主、望月=アンダーソン=咲耶さんだけど?」
唐突に話題を変更したにも関わらず、秋奈はすんなりと答えた。
一方の春明は、出てきた名前に目を見開いた。
「『ルーンの魔女』咲耶だぁっ?!……冬華のやつ、とんだ著名人を紹介したな……」
「え?師匠って、有名な人なの??」
春明が驚愕した様子に、秋奈はキョトンとした眼付で問いかけると、春明は動揺しながら返した。
「望月=アンダーソン=咲耶ってのは、俺たちの界隈じゃ『ルーンの魔女』とか『スカアハの再来』とも言われているほどの実力者……いわゆる、『二つ名持ち』だ」
「二つ名……土御門くんや冬華にはあるの?」
純粋な好奇心で、秋奈が問いかけると、春明はげんなりした顔で返した。
「そう簡単に二つ名を持てたら苦労はいらん」
「つまり、持ってないのね?」
「そういうことだ」
春明はそっとため息をついた。
二つ名というものは、基本的に協会が”熟練の魔法使い”と認めた魔法使いに与えられる称号だ。
春明と冬華も、まだ若いながらも相当な実力の持ち主だが、あくまでも若い世代の魔法使いの中では、だ。
協会が認める基準にはまだ達していない。
「……なんというか、大変なんだね。面白いから続けるけど」
「理由が、なんとも言えんが……まぁ、頑張れ」
魔法使いであり続けるという理由が、自身のうちから湧きあがる興味や好奇心にあるということに、春明は胡乱気な瞳を向けたが、ひとまず、秋奈の意思を尊重し、気持ちが込められていないながらも応援した。
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その後、春明は秋奈を『アルスター』へ送り届けることになった。
『アルスター』に到着すると、咲耶は弟子の帰りを待っていたように、カウンターで出迎えてきた。
「いらっしゃ……あら、お帰りなさい、秋奈……その人はお客様?」
「お初にお目にかかります、『ルーンの魔女』」
「……その名前を知ってるってことは、あなた、
「えぇ。土御門といいます」
静かに微笑む女店主に挨拶を交わしながらも、春明は苗字しか名乗らなかった。
だが、咲耶はそのことを深く追求しなかった。
「……あれ?フルネームは名乗らないんだ??」
「名前ってのは、魔法使いにとっちゃ命と同じくらい重要だからな」
「そうなの?」
春明の言葉に、秋奈はキョトンとした顔で問い返した。
名前、というものはすべて何かしらの意味を持っている。
名前を知るということは、その存在の意味を捉えるということであり、その存在の根幹を捕捉するということでもある。
存在の根幹を捕捉するということは、そのまま、その存在を支配することと同義なのだ。
だが、咲耶はそれを秋奈に説明していなかったらしい。
そして、そのことを思い出した咲耶は、そっと陰鬱なため息をついた。
「……そういえば、ルーンばっかり教えてたからそのあたりを教えるのを忘れてたわ……」
「え?大事なこと、なんですか??」
「自分で思考することをやめるな、と俺は前に言ったと思うが?」
「……はい、その通りです」
春明から静かに放たれている威圧感と、秋奈のその反応に、咲耶はにやりと口角を吊り上げた。
「あら?それじゃ、秋奈はいま、考えることをやめていたのね?そういえば、わたしもさんざん言ってきたわよね?思考することは人間の特権だって」
「……はい」
「それなら、与えられた疑問に対しては、たとえ不正解であったとしても自分の思考した結果を投げかけてみることも大事なんじゃないかしら?それなのに、ひな鳥のように
咲耶はその後もねちねちと、秋奈に小言を言い続けた。
その様子を見た春明は、数歩後ろに下がっていた。
自分もそこそこねちっこいという自覚はあるが、目の前にいる『
だが、予想よりも咲耶のお説教は短い時間で終了した。
「まぁ、今日はお客様もいることだし、これくらいにしておいてあげましょう」
「……はい……」
それは要するに、春明が帰宅したらお説教を再開する、ということでもあったのだが。
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『アルスター』から帰宅した春明だったが、部屋に入ると携帯を取り出し、冬華の番号につなげた。
通話ボタンを押してから、数秒としないうちに、冬華は電話に出てくれた。
『春明?どうしたの、急に?』
「あぁ、神楽坂にちゃんと人を紹介してくれたから、そのお礼を改めて、と思ってな」
『ふ~ん?』
「……んだよ、怪しいなって顔してるぞ」
『電話なのに顔がわかるわけないじゃない……普段からあんまり連絡よこさないんだから、声が聞きたくなったから、くらいのこと言ってもいいじゃない……』
と、聞こえないように文句を言った冬華だったが、春明の耳にはしっかりと聞こえていた。
大方、久方ぶりに春明の方から電話をよこしてきたかと思えば、その理由が
いわゆる、嫉妬だ。
そうさせてしまっている春明が悪いのだが、基本的にこういうことに奥手なため、気恥ずかしさの方が勝ってしまい、何か理由がないと冬華に連絡しづらかったという部分があるようだが。
「まぁ、それはついでってこともあるんだけどさ」
『……え?……もしかして、声が聞きたくなってたってこともあったり??』
「……聞くなよ、恥ずかしい」
顔を赤らめ、半眼になりながら、春明がそう返すと、電話口で冬華がくすくすと笑う声が聞こえてきた。
『ふふふ、ごめん……けど、よかった』
「うん?」
『春明がわたしの声を聞きたいって思う時があるってことがわかって』
それはひとえに、普段から春明と距離が開いてしまっているために湧きあがってくる不安だった。
それがわからないほど、春明も鈍くはない。
「……こんど、一緒にどこか行くか?」
『いいの?』
「あぁ。どうにか時間を作る……空気を読まない連中が出ない限りは」
空気を読まない連中、と自分から口にして春明は、そういえば、と冬華に一つ問いかけた。
「なぁ、冬華。お前の知り合いの魔法使いで、一か月以内に四回、”歪み”に遭遇したやつっているか?」
『いないんじゃないかな?わたしだって、一か月に一度、遭遇するかどうかだもん。まぁ、うちは、春明のうちみたいに霊脈の管理を任されていないからってこともあるんだとは思うけれど』
なお、その一か月に一度という貴重な経験は、先日、秋奈と顔合わせした時のことだ。
つまり、それ以降、冬華は霊界に潜ったことがないということになる。
「だよな……」
『急にどうしたの?』
「あぁ、いや。今日、”歪み”に遭遇したんだが……その場に秋奈がいてな」
『え?……偶然、だよね?』
「不可解すぎる偶然は、もはや必然だ」
そもそも、偶然、という言葉自体、春明はあまり使うことがない。
占い師という側面を持ち合わせている陰陽師にとって、偶然というものは存在しない。
そもそも、「未来」というものはいくつもの選択肢の中から進む道を選び取って得た結果にすぎない。
どのような選択をしたとしても、それは選択者本人の意思に起因するものであり、”偶然”というものが入りこむ余地はない。
すなわち、人の運命に偶然は存在せず、あるのはただ必然のみ。
それが占い師たちの共通認識だ。
さらに、今回に限って言えば、滅多に発生することのない”揺らぎ”に、短期間に四回も遭遇している。
偶然で片付けるにしても、出来すぎている。
そう話すと、冬華も事態の異常さをつかめたらしい。
『……確かに、不可解ね』
「だろ?冬華個人として、これをどう思う??」
『……この手の類は春明のほうが専門じゃないの?』
「調べようにも
占い師の間に、一つだけ、暗黙のルールが存在している。
それは、自分のことを占わないというものだ。
これは、予知夢などの無意識に起きることではなく、春明のような
降りかかってくるいかなる
だが、自分の宿命を占い、どうあっても回避できない定めがあることを知った時、人は何を犠牲にしてでもその宿命から逃れようと努力する。
だが、その宿命を回避したところで、修正力とでもいうべき力によって、その定めの通りにことが運ぶように世界はできている。
ゆえに、自分と縁を結んだ人間について占うことを、春明は嫌っている。
もっとも、占いという行為自体がかなり神経をすり減らすため、できることなら仕事以外ではやりたくない、というのが本音なのだが。
『直感で言うなら、秋奈自身に何かがあるのか、それとも領巾市の霊脈そのものがおかしくなっているのかのどっちかだと思うわ』
「だよな……前者はそういう
とは言うものの、春明は後者の可能性の方が大きいのではないか、と踏んでいた。
ムラマタという猫又に出会ってから早くも一か月が経過しようとしている。
彼とのそもそもの出会いのきっかけを考えると、領巾市に何かが起ころうとしているとしている可能性は、大いにありえた。
だが、それが何なのか、冬華も春明もまだ知る由もなかった。
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