第14話 初めての共闘
春明と冬華が電話で和気あいあいと話をしていた頃、秋奈は依頼されていたお守りの作成に取りかかっていた。
咲耶から仕事の依頼について聞いてからすでに二時間は経過していたのだが、いまだ作ることができたお守りは一つだけだった。
その理由は、ひとえに慣れの問題だった。
――文字を書くだけならまだできるけど……魔力を込めながらルーンを書くのってこんなに難しいの?!
いままで、秋奈はルーン文字をただなぞるだけだった。
だが、ただ単純に文字を書くだけでは、魔法は使えない。
文字に魔力を込めなければ、魔術としてのルーン文字は成立しないのだ。
――文字をなぞるだけじゃ魔法にならないって、師匠は言ってたけど、こういうことだったのね……
慣れない作業にいらない神経を使ってしまった秋奈は、作業台の上に突っ伏してしまった。
『アルスター』に通ってから、それなりに魔力の量は増えた、と春明から言われたのだが、春明の下でやっていた修行は、あくまでも
むろん、身体能力の強化などに魔力を運用することはできるが、あれはほとんどイメージでできるため、ほとんど無意識で使えていた。
だが、いま目の前にあるものはそれが通用しない。
いや、イメージできないわけではない。
要は、体に流している魔力を手からルーン文字に伝えればいいのだ。
だが、いくらイメージはできても、実際にそのイメージの通りにルーン文字を描くことは、今の秋奈には難しいことだった。
どうしても、手にしているペン先に魔力が届かないことがあれば、逆にペンに届いた魔力が微弱すぎてできの悪いものになってしまったり、込めた魔力がペンの
――けど、だんだんコツはつかめてきた……今度こそ!!
と、秋奈は気合いを入れなおして、再びペンを握り、渡された石にルーン文字を記し始めた。
それからさらに三時間後。
ようやく、秋奈は咲耶から言い渡された数のお守りを用意できた。
「……五時間でようやく、ね……ほんと、我ながら教えるのがうまいわね、わたし」
「……自画自賛……」
咲耶の言葉に、秋奈は聞こえない程度の音量でつぶやいた。
幸い、咲耶には聞こえていなかったらしく、無視してさらなる指示を出した。
「それじゃ、わたしが作ったのも一緒に持っていってね」
「……え?そこは宅配便とかじゃないんですか?」
「えぇ、経費削減よ……何?文句でもあるの??」
「……いいえ、ございません、お師匠様」
殺気にも似た威圧感を込めた目で睨みつけられ、咲耶は棒読みでそう返した。
同時に、これ以上、何を言っても無駄だということと、仮に何か言ったとしたら追加で何をやらされるかわかったものではない。
ただでさえ、合計五時間、机にかじりついて作業をしたうえに、かなりの集中力を使ったために精神的な疲労が半端ないのだ。
これ以上、精神的な疲労を重ねたくはなかった。
「それじゃ、行ってきます」
秋奈は届ける荷物を手にして、『アルスター』を出立した。
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そのころ、春明もまた、占った結果を記した紙を持参して、依頼主の市議会議員の秘書が待っている喫茶店を訪れていた。
だが、用事そのものは五分もせずに終了し、今は注文した紅茶を楽しんでいた。
なお、こういった仕事での外出先で出した出費は、基本的に全額自腹を切らなければならない。
協会が資金を出してくれるのは、基本的に”節句の祓”のときか、季節ごとの宗教儀礼で出たものだけなのだ。
ゆえに、基本的に春明はこういった喫茶店で紅茶を飲むことはほとんどない。
相手の方からごちそうされない限りは。
――まぁ、今日は臨時収入があったし、ちょっとくらいならいいかな
今回は、出てきた占いの結果に基づいて、対処できる術者の連絡先を書いた紙を一緒に渡してある。
依頼の報酬以外に紹介料としての報酬を受け取ったため、懐が温かいのだ。
ならば、久方ぶりに贅沢することも許されるだろう。
そう考えながら、春明はティーカップに残された紅茶を楽しんでいたが、胸ポケットにしまっていた携帯電話が、着信を告げてきた。
「……」
せっかくのんびりくつろいでいるというのに、そのひと時を邪魔するのは何者だ、と心中で文句を言いながら、春明は携帯の着信を確認した。
そこには、父親の名前が記されていた。
出ないわけにもいかず、春明はため息をついてから通話ボタンを押した。
「もしもし」
『春明か。今、どこにいる?』
「どこって……
『”揺らぎ”だ。お前が一番近い』
「すぐに」
春明の父、土御門家の現当主である泰明はめったなことでは電話をかけてこない。
かけてくるときというのは、決まってこうした突発的な事態が発生した時だ。
そして、その対処は、物理的に不可能がない場合を除いて、だいたいは春明によこしてくる。
今回もその類のもののようだ。
場所を聞き、通話を切ると、春明はティーカップに残されていた紅茶を飲み干そうと、一気にあおったが。
「……あっち!!」
まだ一気に飲み干すには、熱すぎたらしい。
――くっ……我ながら、情けない……
かすかに目じりに涙を浮かばせて、春明は名残惜しそうに半分近く紅茶が残っているティーカップをにらみ、喫茶店を後にした。
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そのころ、秋奈は依頼主を訪問し、お守りを渡して『アルスター』に戻ろうとしていた。
だが、その道中、奇妙な気配を感じ取った。
――あれ……なんだろう?首筋がざわざわする……
秋奈は違和感を覚えながら、咲耶から何度となく注意されたことを思い出していた。
だが、修行中、ほんの些細な失敗でもネチネチと文句をつけてくることが日常となっていたため、記憶の奥底から浮かんでくるのは自分をいじり倒してくる咲耶の言葉だけだった。
しかし、不意に咲耶が言っていた「ある言葉」が浮かび上がってきた。
『いい?確かに、魔法使いにとって、勘、特に”直感”は大切よ?占いなんて言うのは、突き詰めれば、その人の
春明が聞けば、喧嘩を売っているのか、といわれても仕方がない言い方だが、的を射てはいる。
占いというのは、これから起こることを
その時々に浮かび上がってきた結果を指示すものから、術者が感じ取ったものを術者の言葉に変えるものだ。
術者の口から出てきた言葉、ということは、極端に言えば、占った本人の感性が大きく関与してくるということでもある。
――直感は大事にしろ、その瞬間に感じたことを信じろってことは……いまここにいるのはまずいわね
秋奈が思っていたことは、ただひたすら、ここにいたら危ない、ということだけだった。
それはあくまでも直感でしかない。
だが、その直感が危険を告げているのだから、逃げる以外の選択肢が今の秋奈の中にはなかった。
感じ取った何かから逃げるために、その場を離れようとしたが、そう簡単に事が運ぶわけはなかった。
ただひたすら、”この場所”から離れる、という選択のもとで行動したせいか、「どこにどうやって行けば危なくないか」という意識が働かなかったらしく、いつのまにか、秋奈は霊界への揺らぎへと足を踏み入れてしまった。
それがわかった瞬間、秋奈は頭を抱えた。
――どうして、こうなるのよ……あぁ、せめて「ソーン」か「エオロー」のルーンを使っておくべきだった……
「ソーン」と「エオロー」というのは、それぞれルーン文字において、危険回避や保護を意味する文字のことだ。
持っていなかったわけではないのだが、それらはすべて依頼の品として、依頼人に渡してしまった。
――今度から、自分の護符や護石をいくつか持っておこう……
そう心に決めた瞬間、秋奈は背筋に冷たいものが這ったような感覚を覚えた。
同時に、自分の中で何かが吹っ切れたような気がした。
この感覚は、何度となく感じたことがある。
自分の命を脅かそうとするもの、魂を喰らおうとする意思。
いわゆる、殺気というやつだ。
咲耶に弟子入りしてからこっち、師匠から殺気を向けられるということはなかったのだが、春明のもとで
春明曰く、慣れておく必要があったから、ということなのだが、それはあくまで建前。
本音はおそらく、さっさと魔術を教えてくれないことに文句を言ったからだろう。
なめてかかれば、死ぬぞ、という警告を含めて。
だが、そのおかげで、自分が危険な場所にいるということをいち早く察知することができるようになったのだから、それはそれでよしとする。
――いや、霊界ってことはわかったんだけど……まじでどうしよう
基本的に、いや、ルーン魔術というのは、その発動の遅さから、究めれば「
だが、他の魔術と比べると、お世辞にも実戦に向いているとは言い難い。
なぜなら、ルーン魔術の使い手が魔法を使う時に媒介にするのはルーン文字だ。
文字である以上、そこには「書き記す」という過程が、どうあがいても必要になる。
それが一文字だけであればまだいいのだが、二文字以上となると、それなりに時間を有する。
それこそ、
――せめて、ルーンを何かに書き記す時間があればいいんだけど
それを許してくれるほど、あちらも悠長に構えてはくれないことくらい、秋奈にもわかっていた。
となると、秋奈が取れる選択肢は一つしかなかった。
「……魔力
呪文のようにつぶやいたそれは、魔力を肉体に通して、身体能力を強化するためのイメージを具現化するための
どうにか逃げる。
それが、秋奈がとった選択だった。
秋奈の足に
すると、地面がかすかにへこみ、人間ではありえない速さで秋奈は駆けだした。
それに一瞬遅れて、妖魔たちは秋奈を追いかけ始めた。
その距離が縮まることはなかったが、いつかは追いつかれることは、秋奈もわかっていた。
だからこそ、走りながらどう切り抜けるかを考えていたのだが、自分が向かっている方向を見た瞬間、「逃げながら考える」ことをやめた。
なぜなら。
「……またか。これで何度目だよ」
「知らないわよ!それよか、足止めよろしく!!」
そこには、秋奈が最初に出会った魔法使いが、いかにも嫌そうな顔をしながら立っていた。
春明の脇を通り抜けながらそう頼むと、秋奈は急ブレーキをかけ、近くにあった柊の葉を二枚ほど引き抜き、髪からヘアピンを引き抜いた。
そして、ヘアピンで二枚の木の葉にそれぞれ、成長を意味する「ベルカナ」とたいまつの火を意味する「カノ」のルーン文字を刻み、妖魔に向かって、同時に投げつけた。
すると、木の葉から炎が巻き起こり、妖魔たちの目の前に
その炎に突っ込んでいった妖魔たちは、当然、その炎に焼かれて消滅した。
だが、炎の手前でどうにか立ち止まり、生き残った妖魔がいないわけではなかった。
もっとも、その妖魔も、もう一人の魔法使いの行使する魔術によって消し炭にされてしまった。
「ノウマク、サラバ、タタギャテイビャク、サラバ、ボッケイビャク、タラタ、センダマカロシャダ……」
春明の方から、ぶつぶつと何かをつぶやく声が聞こえてくる。
聞くものが聞けば、春明が唱えているそれは、不動明王の「
その呪法は、不動明王秘術の一つであり、一切の魔を焼きつくすといわれているほど強力な呪法だ。
もっとも、それゆえに媒介となる炎なしに行使することが難しく、また、一人の霊力ではとうてい扱いきれるものではない代物だ。
だが、今回はそれほど大規模に行う必要がないうえに、都合よく、
ゆえに、春明はとっさにこの呪法を行使したのだ。
やがて、真言の言霊によって強められたルーンの炎は、目の前の妖魔たちを焼きつくし、その役目を果たした。
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