第13話 それぞれの仕事

秋奈が『アルスター』に通うようになってから数日。

徐々に、秋奈は咲耶からいくつものルーン文字を学び、その運用方法を身につけていった。

もともと、好奇心が旺盛だったということもあり、秋奈の吸収力は咲耶が今まで面倒を見てきた、どの見習い魔法使いたちよりも優れていたため、咲耶もどんどん秋奈に自分の知識を継承させていった。

そして、ある程度の知識を習得し、ルーンの扱いにも慣れてきた頃、咲耶は秋奈に一つの試練を授けることにした。

「秋奈、そろそろあなたに一つ、仕事をさせようと思うのだけれど」

「お仕事、ですか?」

「えぇ。やるわよね?」

「……もちろんです」

咲耶からの威圧が込められた言葉に、秋奈は了承する以外の選択肢がないことを理解していた。

何しろ、ここ数日の修行で咲耶の性格はほぼ完璧に把握済みだ。

ここで下手に反論すれば、咲耶からあることないことネチネチといわれるに決まっている。

さすがにそのしつこさから、下手に反論しない方が賢明だということを、遺伝子レベルで理解させられてしまったため、秋奈はさっさと仕事の話へと話題を持って行った。

「それじゃ、今回のお仕事なんだけど……まぁ、簡単に言えば、お守りを作って届けてほしいの」

「……本当に簡単ですね」

「あら?まさか小説や漫画みたいに霊界に突入して、そこに蔓延る妖魔を退治するものだと思っていたのかしら?」

咲耶は意地悪そうに口角を吊り上げ、秋奈にそう問いかけた。

それを見た瞬間、秋奈は、、と思った。

だが、時すでに遅く、咲耶からの口撃は始まってしまった。

「まぁ、そうよねぇ。魔法使いの世界に片足どころか両足を膝までつかり始めたとはいえ、あなたはまだ一般人の域から出ていないもの。そう考えてしまうのも仕方ないわね。けれど、小説にしても漫画にしても、あくまで作り話の産物フィクションであって、現実では起こりえないことなのよ?まぁ、魔法使いという存在自体が現実味をまったく持っていないだろうけど……」

「あ、あの、師匠せんせい?先に仕事の話を……」

恐る恐る、といった様子で、秋奈は咲耶に早く仕事の話をするように促した。

それを聞いた咲耶は、仕方がない、とでもいいたそうにため息をついて、お説教を中断した。

「そうね。それじゃ、先に仕事についての話をしましょう……もちろん、終わったら、覚悟なさい?」

「……はい……」

あわよくば、そのままお説教を回避できると考えていたのだが、それは甘かったようだ。

甘かったか、と秋奈は心のうちで呟きながら、説明が終わったらお説教が始まることを覚悟して、秋奈は咲耶から仕事の説明を聞くのだった。

咲耶からの説明によれば、ルーンの魔女、つまり咲耶に寄せられる依頼のほとんどはルーン文字を使ったお守りの作成なのだそうだ。

ルーン魔術に用いるものは基本的にルーン文字のみであるため、魔法の行使に詠唱は必要としない。

逆を言えば、詠唱を必要としないため、半永久的に使用できるお守りや呪具を作ることに最も適しているとも言える。

もっとも、妖魔退治の依頼がないというわけではない。

ないというわけではないのだが、その数は

これはどんな種別の魔法使いにも言えることなのだが、そもそも、妖魔が出現する霊界への入り口である揺らぎを観測すること自体、魔術ではほとんど不可能なのだ。

むろん、感知できない、というわけではない。

揺らぎがある場所には、必ずと言っていいほど、その場所の位相に異常が発生する。

それと同時に、不可解な事件も発生するのだが、その異常が必ずしも揺らぎの発生であるとは限らない上に、不可解な事件というものも、妖魔がまったくからんで来ないものであることが多い。

要するに、滅多なことでは妖魔退治の依頼が寄せられるということはないのだ。

そのため、多くの魔術師たちに寄せられる依頼は、それぞれの魔術の特性に応じたものになることがほとんどなのだ。

咲耶の場合はルーン魔術であるため、ルーン文字を用いたお守りの作成や封印といった類のものが多く寄せられてくるのだ。

「で、今回はあなたにお守りの作成を任せてみようと思っているの」

「具体的に、どんな加護のお守りを作ればいいんですか?」

「そうね……幸運、魔除け、これくらいでいいんじゃないかしら?」

「お守りに使えるとしたら、それくらいですもんね」

ルーン文字は、その組み合わせによって魔術を行使するのだが、お守りで使うものとすれば、その文字数はせいぜい、一文字か二文字程度。

となれば、その用途も限られてくる。

まして、今回、作るのはお守りだ。

炎を出したり呪殺を行ったり、まして不幸を呼びよせたりする文字は必要ない。

何より。

「今回はわざわざあなたに回そうと思っていたからね。変な危険がない方が、わたしとしても安心なのよ」

「本音はそっちですか……いや、まぁ、ありがたいんですけど」

師匠の本音を聞いた秋奈は、乾いた笑みを浮かべながらそう突っ込みをいれた。

むろん、ありがたい、というのは嘘ではない。

秋奈としても、あまり危険なことはまだしたくはない。

偶然が重なった結果とはいえ、せっかく魔法使いになれたのだから、もうしばらくは危険なことは避けていたい。

いや、危険なことはもうあの三回の出来事でしばらくは満腹だ。

「あら?それなら、任せていいのね?」

「はい」

「そう。それなら、さっそく始めてちょうだい」

秋奈からの返事に、咲耶は早速、仕事にかかるよう話した。

その速度に、秋奈は驚愕こそしたものの、口で答えるよりも早く体が動いていた。

もはや覇者で動けるほど、咲耶のこの態度に順応できていることに、うれしいやら悲しいやら、複雑な感情を抱きながら、秋奈は仕事に取り掛かるのだった。


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秋奈が咲耶から仕事を振り分けられたころと同時刻。

春明もまた、自身に寄せられた依頼に取り組んでいた。

むろん、ムラマタからの依頼ではない。

いや、ムラマタの依頼を忘れたわけではないが、現状、どうしようもないため、解決は保留という扱いにしている。

むろん、本猫ほんにんもそのことは了承している。

そんなわけで、現在、春明は”協会”から寄せられた依頼に取り組んでいた。

その内容は、とある市議会議員の一か月の運気についての占いだった。

陰陽師という魔法使いは、よく誤解されがちだが、その本質は暦の作成と天文の観察、そしてそれらを用いた占術未来予測だ。

その技術と精度は、陰陽師が盛んに活動していた平安時代の貴族たちに多大な影響を与えていた。

そのため、貴族はお抱えの陰陽師を雇うことも多くあったという。

そして、その習わしは、現代も細々と受け継がれていた。

それが、今回の依頼だ。

現在、春明の目の前には、正方形と真円の板を合わせたようなものが置かれている。

春明は、その道具の真円部分に手を添え、ゆっくりと動かしていた。

カラカラ、カラカラ、と乾いた音だけが春明の部屋に響いていた。

やがて、カタン、という音を最後に、部屋は沈黙に包まれた。

――これで終わりか……しかし、この人の運命力、いったいどうなってんだこりゃ。厄日とかそんなレベルの問題じゃないぞ、これ

春明は自分がはじき出した結果を見て、そう心のうちで呟きながら、顔を知らない市議会議員に合掌した。

それだけ、占った人物の運勢は悪かった。

事故や”偶然という名の必然”により引き起こされた事象であったとしても、ここまで大怪我や死につながりかねない結果が出るなどということは、

そこから考えられることは、ただ一つ。

――人為的ななにか……具体的にいえば、計画的事件か、呪詛か……

偶然を装った事故を人為的に弾き起こす、それは科学という叡智を手にした人間が”気づき”という過程を経れば、誰しもが可能となる、だ。

――まったく、人の知恵というものは、どうしてこう悪い方向へ向かわせようとするのやら……

どれほど、科学で神秘を解明しようと、超常的存在が引き起こす事象奇跡を人為的に引き起こすことが出来ようとも、結局、人間はその心の本質悪魔のささやきに抗うことはできないようだ。

「……はぁ……どうしたもんかな……」

自分がはじき出した結果をどこまで伝えるか。

ひとまず、依頼された期間の分をすべて占い終えた春明は、ぽつりとそんなことを呟いた。

仮に、この結果をすべて伝えたとして、その次に市議会議員が出してくる追加依頼は目に見えている。

人間が、自分の暫定的な未来を知った場合に取る行動は、何もせずに占われた結果を受け入れるか、結果を少しでもいい方向へ変えようと奮闘するかの二つに一つだ。

そして、市議会議員という、比較的高い身分にある人間の取る行動は、高確率で後者だ。

――仮に、依頼を寄せた人にこれを伝えたとしたら……確実にこの結果を避けるためにどうしたらいいか相談してくるなぁ……

できることなら、面倒事は抱え込みたくない仕事は増やしたくない、という春明の信条ゆえに、どうすべきか考えあぐねていると、携帯から着信音が響いてきた。

「……冬華?」

誰からの着信か、携帯の液晶を除き見ると、そこにはあまり電話はしてこない冬華の名前が記されていた。

たいてい、彼女が自分に連絡をよこしてくるときは、メールかSNSのどちらかを使うのが冬華の常なのだが、緊急の場合はこうして電話をよこしてくることもある。

何事かとおもいながら、春明は通話ボタンを押した。

『……もしもし、春明?』

「あぁ、何かあったのか?冬華」

『何があった、というわけではないのだけれど、なんだか声が聞きたくなっちゃって』

「おいおい……」

単に、春明の声を聞きたくて電話をかけてきたらしい。

緊急の用事ではなかったということに安堵しながらも、電話をかけてきた理由に春明は呆れたような笑みを浮かべた。

もっとも、かけてきた本人は春明からの反応に困惑しながら。

『あ、あの……迷惑、だったかしら?』

と問いかけてきた。

迷惑なんて言うことはないし、むしろ、うれしく思っていたのだが、そのことを悟られないように、極力、努力しながら、春明は冬華に返事を返した。

「いんや、そんなことはないさ。ちょうど一息つこうと思っていたしな」

『あ、お仕事中だったんだ?』

「あぁ、占い……まったく、面倒なことになりそうで、どうしたもんかと珍しく頭を悩ませてるよ」

苦笑を浮かべながら、電話口の冬華にそう話すと、まるでどんな顔をしているのか簡単に想像できてしまっているかのように、冬華はくすくすと微かに笑みを浮かべた。

『またそんなこと言ってる……けど、占うこと自体はやぶさかじゃないけど、アフターケアまでは依頼の範囲外だって文句言うくせに、きっちりそこまでやろうとするのがあなたなのよね』

「ははは……ばれてたか」

『何年つき合ってると思うの?仕事に対するあなたのパターンは、ほとんど把握済みよ』

「へいへい……こりゃ、下手に手加減出来なくなったな」

とはいうものの、もともと手加減するつもりがない春明は、苦笑を浮かべつつ、冬華に返した。

ふと、春明は思い出したように冬華に問いかけた。

「そういや、冬華。お前の方はどうなんだ?」

『あら?わたしのほうに寄せられる仕事なんて、季節ごとの宗教儀礼クリスマスやイースター以外は教会の手伝いで、実質的にあってないようなものってことは春明も知ってるでしょ?』

「……そうだったな」

キリスト教は、プロテスタントにしてもカソリックにしても、基本的には日々の祈りが重要となる。

そういった意味で、毎日、儀礼を行っているようなものなのであるため、基本的にクリスマスやイースターなどの特別な時期以外に依頼が寄せられることは少ない。

もっとも、カソリックとなるとエクソシストの資格を有する司祭は悪魔払いの依頼を受けることもあるのだが、冬華の場合はそれに該当しない。

そのため、冬華が仕事の依頼を受けることは珍しいことなのだ。

「まぁ、おかげでこうして話が出来るわけだけどな」

『そういう意味では、わたしはありがたいと思ってるわ……本当は、直接会って、お話したいけど』

「さすがに住んでる場所が離れてるからなぁ……我慢しろとしか言えないな」

『わかってるわよ……』

とは言うものの、やはり不満ではあるようだ。

春明は冬華が電話口の向こう側でどんな顔をしているのか想像しながら、どうやってお姫様婚約者の機嫌を直そうか、思案しながら、会話をつないでいった。

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