第12話 ルーン魔術師はサディストなお姉さま

日曜の昼近く。

秋奈は、冬華に紹介された、東川町と北山町のちょうど境にあたる牛戸虎町うしととらまちにある喫茶店を訪れていた。

――ここが冬華の言っていたお店ね……意外と普通の喫茶店ね

魔法使いが経営している店、と聞いていたため、もう少し風変わりな店構えを想像していたのだが、その予想を大きく裏切られた秋奈は、呆然としてしまっていた。

だが、すぐに気を取り戻し、喫茶店の入り口に歩み寄り、入り口に手をかけた。

カランカラン、という乾いた鈴の音が店内に響くと、カウンターの奥から、一人の眼鏡をかけた女性が姿を現した。

「いらっしゃい。こちらの席にどうぞ」

女性マスターは微笑みながら秋奈にそう話しかけ、カウンター席を勧めた。

秋奈は勧められるまま、カウンター席に座り、メニューを手に取った。

だが、メニューを開く前に、一杯の紅茶が目の前に置かれた。

「……あ、あの、わたしまだ注文は」

「いいのよ。最初に来てくれた方へのサービスだから」

「そ、そうですか……」

「まぁ、あとは……冬華ちゃんからの紹介ってこともあるんだけどね」

「……へ?」

冬華、という名を聞いて、秋奈は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あら?あなたでしょう??神楽坂秋奈さんって」

「え……えぇ……そう、ですけど」

微笑みながら問いかけるマスターに、秋奈は呆然としながら答えると、マスターはさらに続けた。

「わたしが、冬華ちゃんが紹介していたルーンの魔術師――まぁ、ありていに言えば”魔女”ね」

マスターは眼鏡を外し、なおも微笑みを浮かべながら秋奈に自己紹介を続けた。

「改めて、喫茶店『アルスター』の店主、望月=アンダーソン=咲耶よ。よろしくね」

「え、えっと……神楽坂秋奈です。これからよろしくお願いします、師匠」

「ふふふ、師匠、か……どこまでついてこれるか」

咲耶、と名乗ったその魔女は、妖艶な笑みを浮かべながらそうつぶやいた。

このとき、秋奈はまだ、このとき知る由もなかった。

咲耶がこの時に言った「ついてこれる」の意味が、修行そのものの難易度ではなく、目の前にいるこの魔女の性癖に、という意味であることなど。


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紅茶をごちそうになり、秋奈は店の奥へと案内された。

そこには、まさに「魔法使いの研究室」と呼ぶにふさわしい風貌の部屋だった。

もっとも、絵本やゲームにあるような、大釜の類や蝙蝠こうもりの干物がぶら下がっているというわけではないのだが。

「ようこそ、わたしの研究室へ……って、なに、その顔?」

「い、いえ……研究室っていうから、もう少しおどろおどろしい感じなのかなって思ってまして」

「……いわゆる、魔女に対する偏見を持っていた、と?」

咲耶からの言葉と威圧感に、秋奈は身をすくませながら、謝罪した。

「あ、その……すみません」

「いいのよ、別に。魔女は差別の対象となっていた時期もあったのだし……なにより、魔法使いという存在自体、つい先日まで一般人だったあなたからしたら、存在自体が異端異常だもの。奇妙なイメージがついていてもしかたないわ」

「……返す言葉もありません」

矢継ぎ早に飛んでくる咲耶からの言葉に、秋奈はすっかり打ちのめされながら、謝罪した。

だが、何が面白いのか、咲耶はなおもねちねちと嫌味を続けた。

「そもそも、霊力が少し高いからって好奇心で魔法使いを目指そうと思うかしら?魔法使いというのは、根源的には「真理の探究者」であり研究者なのよ?単なる好奇心だけでその領域に足を踏みこもうとすること自体がおこがましいんじゃないかしら?」

「……うぅ……」

「……まぁ、今日はこれくらいにしてあげましょう」

秋奈が反論できなくなると、咲耶はくすくすと笑いながら、突然、そう告げた。

「……へ?」

「うふふ、ごめんなさいね?わたし、どうも若い子を言葉攻めでおちょくるのが好きなのよ」

そういう咲耶の顔は、どこか恍惚としていた。

その顔を見た秋奈は、目の前にいる師匠となる予定の人物が、どのような性癖を持っている人間なのか、だいたい予想がついてしまった。

「……もしかしなくても、咲耶さんってドがつくサディストさんです?」

「よく言われるわね……普段から。冬華ちゃんから聞いてなかったかしら?」

あっけらかんとした態度で返す咲耶に、秋奈はいままでおちょくられていたということを理解した。

それと同時に、ふつふつと怒りが立ち込めてきた。

「……はめたわね、冬華……あんの、似非えせシスターーーーーーーーーッ!!」

「……別にはめてはいないし、冬華ちゃんはちゃんとしたシスターよ?言動には気をつけましょうね??」

「正論なんでしょうけど知ったこっちゃないですよーーーーーーーーっ!!」

咲耶は半狂乱しながら絶叫する秋奈に、微笑を浮かべながらそう話したが、秋奈はそんなことは知ったことではない、と言った具合で、なおも叫び続けていた。

それを見ていた咲耶は、そっとため息をついた。

――この子、からかうとなかなかどうして、面白いわね……少し、うるさいけれど

その後、咲耶は今後の修行のことで具体的な指示をするために、秋奈が落ち着くまで待つことにしたのだが、結局、落ち着くことがなかったため、魔法で強制的に気絶させることにしたことは言うまでもない。

そして同時に、今まで相手をしたことのないタイプの人間に、むしろ自分の精神がもつかどうかが心配になってしまっていた。


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時間をさかのぼること、秋奈が喫茶店アルスターに到着したころ。

春明は北山町にある教会にいた。

日曜に教会となると、日曜礼拝を思い浮かべるが、春明はキリスト教徒ではないため、目的は礼拝ではない。

むろん、キリスト教徒でなくとも、礼拝への参加は自由なのだが、キリスト教に帰依するつもりはまったくない。

彼の目的はただ一つ。

この教会の神父と、その娘であるシスターだった。

礼拝が終わり、神父とシスターは礼拝堂を出て、執務室へと向かっていった。

春明も二人に続き、執務室へと入っていった。

「本日も、ありがたい御言葉を感謝いたします。神父様」

「ははは、心にもないことを言わないでくれ。君はいつも、聖書の御言葉を「くだらない」で一蹴してしまうのだからね」

神父は苦笑を浮かべながらそう返した。

「信教上の理由ですからね、これ以上は宗教学の戦い無駄な論争になりそうですから、今回はここまでということで」

「あぁ、懸命な判断だろう……さて、我が娘冬華の婚約者が何の用事かな?」

「えぇ。ここ数日、霊界への揺らぎが出現する頻度が上がってきていることにはお気付きですか?」

何の前振りもなく、いきなり本題を突きつけた春明だったが、神父は顔色一つ変えることなかった。

「あぁ。そのような報告は入っているし、娘からも聞いているよ」

「単刀直入に伺います……貴方は、どう見ますか?」

春明からのその問いかけに、神父――柊修二は顎を指でさすりながら、思案し始めた。

だが、彼にも心当たりはないらしく。

「……そうだな。霊脈にも今のところ、大きな動きもないし、かといって、儀式による霊力や魔力の乱れも感じないから、なんとも言えないが、一つ言えることとしては、確かに奇妙だということだな」

「ですよね……一度、”協会”に連絡した方がいいかもしれません」

「そうだな。君の父君にも話を通しておくとしよう」

「父さんには俺も話はしたんですが……まぁ、お願いします」

今回の要件について、春明はすでに父親である明保に伝えていた。

むろん、そのことは修二もわかっているのだろうが、それでも念のため、というところなのだろう。

春明はその好意に甘えることにして、修二にそう返した。

「さて、仕事の話はこれくらいにしよう。せっかく来てくれたんだ。お茶でも飲んでゆっくりしていくといい」

修二がそう言って、この話を切りあげようとした瞬間。

「くしゅっ!」

突然、冬華がくしゃみをした。

春明と修二はそのことにまったく動揺することなく、淡々とした態度で冬華に問いかけた。

「どうした?冬華」

「……唐突だな。もう花粉症の季節じゃないはずだろ?」

「花粉症は年中あるわよ……わたしは花粉症じゃないけれど」

ぐすっ、と軽く鼻を鳴らしながら冬華が返すと、聞こえない程度の声でぽつりとつぶやいた。

「……誰か噂したわね。それもわたしの陰口……」

くしゃみの感覚でわかる、というわけではなく、純粋に女の勘なのだが、その勘は当たっているかもしれない、と冬華はひそかに思っていた。

なにしろ、今日は秋奈がルーン魔術の魔女、咲耶の喫茶店に訪れることになっているのだから。

――時間的には、咲耶さんに会ってる頃だと思うけれど……咲耶さん、あることないこと吹聴してるんじゃないかしら?

まさにその通りなのだが、これはあくまで直感でしかないのだが、根拠がないわけではないため、あながち間違ってもいないのだから、恐ろしいものだ。

もっとも、その直感が正しいのかどうかを確かめるすべは、今の冬華にはないし、確かめるつもりも毛頭ないのだが。

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