第11話 新たなステージとシスターの陰鬱
秋奈が冬華から魔法使いと使う魔法について簡単に記されたメモをもらい、その中にあったルーン魔法に興味を抱いた翌日の昼休み。
秋奈は春明を屋上に呼びだしていた。
「で、何の用だ?」
「ちょ、女子に呼びだされてそれはないでしょ……」
「貴重な昼休みを睡眠に当ててたってのに、呼びだされたんだ。不機嫌にもなるっての」
魔法使いの仕事は基本的に夕刻か夜となる。
特にここ数日は逢魔が時と丑三つ時での妖魔の活動が活発化している。
そのために、春明もその討伐に駆り出され、寝不足気味になってしまっていた。
その寝不足を解消するために、春明は昼休みのほとんどを睡眠時間として使用しているのが現状だ。
その貴重な昼休みを削られて不機嫌になってしまっていたのだ。
この状態の春明の扱いが面倒なことは秋奈もわかっている。
それでも、早いうちに伝えなければならないことがあるため、春明から垂れ流されてくる威圧感をどうにか耐えて、用件を伝えた。
「昨日、話してたことで、紹介してほしい人がいるの」
「……そういうことなら、『
「え?」
「壁に耳あり障子に目あり、だ……この世界、どこに
異様とも言える春明の秘密主義的な態度に、秋奈は一つの可能性を思いつき、問いかけてみた。
「……もしかしなくても、
「そうなるな。とにかく、ここでこのことについてこれ以上話すつもりはない」
秋奈からの問いかけに、春明は相変わらず不機嫌そうな態度で答えた。
春明たちが通っている学校の新聞部は、非常に広く深い情報網を持っている。
それこそ、”魔法協会”が秘匿しているはずの情報をなぜか知っているほど。
むろん、
だが、なぜか超常現象が起こるたびにこの学校の新聞部がかぎつけてくるのだ。
そのため、この学校に通う魔法使いたちは、昼間、下手に自分たちのことについて話さないことが暗黙の了解になっていた。
「……わかった。わたしもネタにされるのはごめんだから、バイトの時に話すわ」
「そうしてくれ……もういいか?」
「うん、ごめんね」
春明が不機嫌そうに問いかけると、秋奈はなかなか治らない春明の起源に苦笑を浮かべながら返した。
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放課後になって、秋奈は東稲荷大社を訪ね、春明と向かい合っていた。
「で?昼間、言ってた『話したいこと』ってのは?」
「うん。紹介してほしい魔法使いがいるの……ルーンを使う人」
秋奈はまっすぐに春明を見つめながら、そう話した。
だが、春明はすぐに答えることはせず、まっすぐ見つめてくる秋奈の瞳を見つめ返した。
「……そうか。決めたんだな?」
「えぇ……修行を見てもらっていたのに、ごめんね」
一応、精神修養の基礎とはいえ、修行を見てもらっていた手前、気まずく思っているようだ。
だが、春明はそんなことはまったく気にしていないようで、変然とした態度で返していた。
「修行といっても、基礎修養だからな。気にするな……それより、ルーン魔術師だったな」
「うん……だれかいない?」
「そうは言われてもな……」
秋奈からの問いかけに、春明は腕を組んで考え込んだ。
陰陽師という家系であるため、神道系や仏教系の魔法使いに知り合いはいるようだが、西洋魔術を使う魔法使いに知り合いは少ないようだ。
「西洋魔術師はなぁ……冬華なら知ってる人はいるんだろうが」
「冬華なら知ってるの?」
「確証はないがな。なにしろ、あいつが使う魔法は西洋魔術の系列だからな」
「そうなの?」
キョトンとした顔で、秋奈はそう問いかけた。
その態度に、春明はため息をついて顔を右手で覆った。
「ヒント、あいつの恰好は?」
「え?えっと……シスター服?」
「間違っちゃないが、正確には「修道服」だ。主にキリスト教徒の修道女が身につける服な」
「……あぁ、なるほど。わかったわ」
春明が何を言いたいのか、秋奈は「キリスト教徒」という単語に、冬華がなぜ西洋魔術師の知り合いがいるのか、その理由を理解できた。
キリスト教はヨーロッパを中心に広まった宗教であり、現在も西欧を中心に広く信仰されている宗教だ。
そして、ルーン魔術も西欧の魔術だ。
知り合いが増えるのは、必然だろう。
「それなら、冬華に直接聞いてみるわ。その方が早いのよね?」
「あぁ、そうしてくれ。俺も冬華には連絡しておく」
どうやら、先日、冬華と話した時に連絡先も交換していたらしい。
ならば、友人同士で話したほうが話も進みやすいだろう。
そう考えて、春明は秋奈から話を進めさせることにした。
その意図を理解してか、秋奈は申し訳なさそうな顔でお礼を言い、再び謝罪してきた。
「ほんと、ごめんね。途中退場みたいな形になっちゃって」
「別に構わない。お前のように何もしがらみがない、霊力を持っているだけの人間がどんな魔法使いになるかなんて選択は、強制するつもりはないし、したくもない」
春明の場合は、将来的に東稲荷大社を継ぐ立場にある以上、そして、土御門という、陰陽道の大家に生まれついた人間として、陰陽師になることを運命づけられている。
むろん、本人はそのことを卑下するつもりはないし、若いながらも千年続く家柄に生まれついたことを誇りに思っている。
だが、だからこそ、秋奈のように家柄のしがらみがない、霊力が高いだけの人間には、様々な可能性があって然るべき、という考えを持っている。
いくら基礎の修行を見ていたとはいえ、そればかりは譲るつもりはないようだ。
「次に会うのは、霊界ということになるかな。その時はよろしく」
「うん……足引っ張らないようにだけ、頑張るよ」
「早くそうなれるように頑張れよ。ま、期待しないでおくけどな」
「……いつも思うけど、それ、ひどくない?」
「お前に優しくして何の得がある?」
嫌味にしか聞こえないが、それは春明なりの激励であることを、ここ数日でようやく理解した秋奈は、苦笑を浮かべこそすれ、それ以上、追及することはなかった。
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その夜。
冬華は知人の魔法使いに連絡を入れていた。
「……えぇ、お願いします。それと、彼女はわたしの友人なので、壊さないようにだけ、気を付けてくださいね?」
冬華は相手に向かって、微笑みながらそう話しかけていた。
「あら?壊さないように、といっても、二度と正気に戻れない程度に、というわけではありませんよ?多少、今の価値観が変わってしまうことはなんら問題ありません……いえ、むしろ変わってもらわないと困ります」
そもそも、科学万能の現代、魔法使いとしての価値観は普通の人々が持ち合わせているそれと大きな開きがある。
秋奈は魔法使いの価値観に触れることなく過ごしてきたため、修行中にその差異に潰されてしまう可能性がある。
そのために発狂されてしまっては、今後の魔法使いとしての活動に支障をきたしかねないし、なにより、精神病院送りになるのは、友人として忍びない。
「それ以外であれば……えぇ、もちろん、大きなけがをさせるのもなしです……というより、あなた、そのせいで今まで何人の弟子に逃げられてきたのかしら?」
冬華がそう話すと、電話口から乾いた笑い声が聞こえてきた。
どうやら、この人物はそうとうスパルタな教育を施す人間であるようだ。
それをわかっていて、あえて冬華はこの人物に電話したらしい。
だが、やはり相手が何を考えているのか、ある程度の予測があっていたようで、その読みの通りになったことに冬華はため息をついた。
「はぁ……とにかく、彼女を物理的にも精神的にも壊したら、その筋の人に頼んでおきますから。そのおつもりで……では」
ハイライトが消えた目で、そう伝えながら電話を切った。
携帯電話を手にしていたカバンの中にしまうと、冬華は空を見上げて、そっとため息をついた。
「……はぁ……こうなるように仕向けたのはわたしだとしても、よりによって「彼女」を紹介することになるとは、ね。できるなら、そうならないことを祈っていたのだけれど」
そうつぶやきながら、冬華は陰鬱そうにため息をついた。
冬華としては、できることなら秋奈には春明の下で修行を続けてほしいと思っていたのだ。
春明のことだから、弟子を取るとなれば、陰陽道や神道以外の、それこそ、自分が持ち合わせている西洋魔術の知識も秋奈に伝えるはずだ。
だが、春明は西洋魔術を基礎的なことしか学んでいないし、完璧に使いこなせているわけでもない。
そこで、自分が助け船を出せば、秋奈をだしに使うことになるが、秋奈に西洋魔術を教えるという名目で、春明に会いにいく機会を増やすことができる、という算段だった。
「……はぁ~……春明も、三日に一度じゃなくてもう少し頻繁に電話してくれてもいいのに……けど、仮の婚約者とはいえ、わたしたち、付き合ってないから無理もない、かぁ……」
実のところ、春明と冬華は婚約者という間柄ではあるが、いまだ恋人という段階には至っていないというのが現状だ。
春明からすれば、確かに冬華はほかの女子よりも気軽に付き合うことができる異性なのだろう。
むろん、それは幼馴染であり、系譜こそ違えども同じ魔法使いだから、ということもある。
冬華も最初のうちはそうだった。
だが、中学を卒業し、現在、父親が神父を務めている教会が運営しているミッション系の高校へ進学してからこっち、冬華のなかで、春明の存在は大きくなっていた。
だからこそ、任務や鬼祓いの儀式以外の時間を一緒に過ごしたいと思っていた。
もっとも、そう願ってもそうはいかないことが現実である。
「……春明も、同じ気持ちだといいのだけれど……」
冬華はそうつぶやきながら陰鬱なため息をついた。
もっとも、そうつぶやいた本人はまったく知らなかった。
奇しくも、春明も同じように、魔法使いとしてではなく、幼馴染として、冬華と一緒に過ごしたいと考えていたことを。
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そのころ、時を同じくして領巾市の北東部。
北山町と東川町の境にある喫茶店の奥で、一人の眼鏡をかけた女性が受話器を片手に誰かと話していた。
「そうか。君の友人が魔法使いになったか……で?わたしに紹介するということは、壊れてしまっても問題ないということかな?」
眼鏡の女性は恍惚な笑みを浮かべながらそう問いかけた。
そのレンズの奥には、狂喜に満ちた瞳が見て取れる。
どうやら、修行という行為にかこつけて、弟子を
だが、そんな彼女に水を差すように、電話口の相手が伝えてきた言葉を聞き、女性は絶望感から肩を落とした。
「ということは、物理的なら……え~?……あぁ……十人を超えたあたりから数えるのをやめたな……あぁ、わかったわかった。どちらにしても、病院送りにならないようにだけは気を付けるよ……あぁ、それでは」
電話口の相手からの文句を聞きながら、受話器を置いた。
置いた受話器の方へ視線を向けながら、女性はのどの奥でくつくつと必死に笑い声を抑えた。
――あぁ、いいぞ、実にいい……今度の弟子はどれだけわたしの
恍惚とした、しかしどこか狂気に満ちた笑みを浮かべながら、女性はこれからくるであろう弟子に、どのような教育を施そうか、ただそれだけを考えていた。
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