第10話 見習いの進路

一通りの自己紹介を終えた秋奈と冬華は、同い年で同性同士ということもあってか、すぐに意気投合し、よもやま話に花を咲かせた。

だが、そろそろ本題に入らなければならない。唯一、そう思考が働いていた春明は、半ば遠慮がちに口を開いた。

「あぁ……お二人さん、ガールズトークもいいんだが、そろそろ本題にはいってくれないか?」

「「……あ、ごめん。すっかり忘れてた」」

「……おいぃ……」

一応、仮にも弟子であるがゆえに日常的な付き合いがある秋奈はともかく、彼女よりもしっかりしている冬華がすっかり忘れていたということに、春明は思わず、うなだれてしまった。

だが、春明は一つため息をついて、気を取り戻した。

「さて、改めて聞こうか……何があった?」

そう問いかける春明の顔つきは、さきほどまでの沈みきったものではなく、冷たく鋭いものだった。

その雰囲気につられたのか、冬華の雰囲気も霊界で見せていた、抱擁感こそあるものの、どこか冷たい印象を抱かせるものへと変化した。

いつもとは異なる雰囲気に、一瞬で変化してしまった二人に対応しきれず、秋奈は気圧されてしまったのだが、そんな彼女をよそに、二人の若い魔法使いは話を始めた。

が、霊界での話自体は十分もしないで終わってしまい、もう一つの大切な話へと話題は転換していった。

「……兆しがまったく見えなかった、か……まぁ、当然だけどな」

「そもそも、あなたが面倒くさがって何も教えなかったのがいけないのよ?何よ、魔法使いの特性って。あるわけないじゃないそんなの」

「まぁなぁ……けど、神楽坂の性格を考えたら、厄介なことになるのは目に見えてるし」

「……え?ちょっと、待って。それどういうこと?」

二人の会話の中に、自分が事前に聞かされてきたものと全く違う事実が告げられたことに秋奈が反応した。

その反応に、その反応をさせる種を蒔いた張本人は、明らかに、忘れていた、という表情を浮かべていた。

「……土御門くん、もしかしなくとも、わたしに嘘を教えてた?」

「まぁ、そういうことになるな」

「……なんでそんなことしたのか、教えてもらえるかなぁ??」

春明のそっけない対応に、秋奈はこめかみに血管を浮かばせ、体を震わせてどうにか苛立ちをおさえながら、問いかけてきた。

だが、春明はその程度のことで態度を崩すことはなく。

「自分の胸に聞け」

「誰がまな板ぺったんこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……秋奈、意味が違うよ。意味が」

平均的な大きさであることを気にしているのか、胸、という単語に過剰反応した秋奈は、涙目になりながら魔力を腕にまとわせ、思いっきり春明に殴りかかった。

そんな反応を示した秋奈に、冬華は苦笑を浮かべながらそんな突っ込みを入れた。

一方、殴りかかられた春明は殺人兵器と化したその拳を紙一重で回避し、冷めた目で秋奈を見つめた。

「おいおい、誰がお前のプロポーションの話をしたよ。お約束だとしても、いきなり魔力を込めてぶん殴ってくるな」

「……うぅ……」

涙目になりながら、秋奈は春明をにらみつけたが、春明は淡々とした態度で続けた。

「で、話を続けていいか?」

「……はい……」

急にしおらしくなった秋奈に、春明は呆れたといわんばかりのため息をつき、口を開いた。

「お前は自分が好奇心旺盛だってことを知ってるだろ?」

「……自覚してます」

「魔法に関する知識を教えたら、お前は必ず試すだろ」

「……試さない自信がないです。けど、危ないことなんて、ないんじゃ……」

、危険じゃないものがあったか?」

それを言われると、秋奈は押し黙ってしまった。

人間が生み出した、というより、解明した理から生みだした技術であっても、人間が完全に御しきれているわけではない。

その最たる例が、原子力発電だろう。

秋奈もそれは理解している。

そして、言外に、魔法も同じだということを話していることも。

「魔法も科学と同じだ。アプローチする方法が違うだけでな。お前の場合、教えなくても勝手に調べて勝手に試すだろ。その過程でとちって馬鹿やって事故を起こすか、試した魔法で自滅するのがおちだ」

「ひ、ひどい……」

「ひどくない」

秋奈が涙目になりながら、返した言葉に、春明は無情な言葉で返した。

見ていられなくなった冬華はそっとため息をついて、フォローを入れた。

「春明はこれでもあなたを気遣ってるんですのよ?」

「え?なんで??」

「春明の普段の生活を知らないから、はっきりとしたことは言えないけれど、彼、基本的に人間がどうなろうと知ったことはないっていう、薄情な人よ?」

冬華からの告白を聞いた秋奈は、なぜか納得してしまった。

基本的に春明は一人でいることが多い。

人付き合いが苦手というわけでも、人間が嫌いというわけでもない。

いや、若干、人間嫌いなところはあるのだが、それでも話しかけられれば返事はするし、最低限ではあってもコミュニケーションも取ってくれる。

薄情と冬華は言うが、実のところ、そうではないというのが、秋奈の感想だ。

単に人と交わることを面倒くさがっているだけで、情がないわけではないことはわかっている。

もっとも、それをわかっているのは、秋奈だけなのだろうが。

だが、そんなことは知らない冬華は淡々とした態度で話を続けた。

「そんな春明があなたの性格を考慮して、危険が及ばないようにしてくれていたのよ?」

「……それを言われたら、わたし、土御門くんに感謝こそしても、文句言えないじゃない……」

「そういうことよ。一応、教える側としての自覚はそれなりにあるみたいだし」

「一応ってのはなんだ、一応って……別に俺は教えてもよかったんだぞ」

辛辣な冬華の言葉に、春明は半眼になりながら続けた。

「教わったあとで復習することも自主的に調べることも重要だ。そこから実験に移って失敗して悲惨な結果になっても、俺は知ったこっちゃない」

「……ちょっと、ひどくない?それ」

「ひどくない。研究熱心好奇心旺盛な神楽坂ならやりかねないと思っているから、なおのことだ」

淡々と、それも自覚していることをあっさりと返され、秋奈は肩を落とした。

そんな秋奈の様子など知ったことではない、といった具合で、春明は続けた。

「が、俺が教えたことで勝手に死なれるのは後味が悪いからな。あえて教えなかった」

「……もしかしなくても、照れ隠し?」

「……想像に任せる」

春明がそっけなく返すと、秋奈は、残念、といいたそうにため息をついた。

もっとも、春明はそのことを否定も肯定もしなかったが、それが本心であり、照れ隠しでもあることは、冬華だけはわかっていたのだが。


------------------------------------------------


秋奈がようやくショックから立ち直ると春明は、一冊の本を取りだした。

それの本には『五行大義』という名が付けられていた。

他にも、『金烏玉兎集きんうぎょくとしゅう』と記された書物や『霊術大全』と記された書物が置かれていた。

「……なに、これ?」

「『五行大義』、俺たち陰陽師にとって『金烏玉兎集』と並んで読んでおくべき教科書のようなものだ」

「へぇ……って、まさか?」

「そのまさか、読め」

春明からの言葉に、秋奈は悲鳴を上げた。

秋奈は勉強が嫌いというわけではなく、頭もそこまで悪いわけではない。

だがそれは、学校で扱う教材の範囲内での話だ。

『五行大義』も『金烏玉兎集』も、書物の内容や宗教文化、思想学を研究している人間か、その分野のオタクでなければ知ることのない書物だ。

完全に、学校教材から逸脱している。

「……拒否権は?」

「俺が教えられる魔法はこれだけだ。その意味がわかるな?」

春明からの言葉はそのまま、陰陽道の知識を学ぶつもりがなければ修行を打ち切る、ということを意味していた。

むろん、何かしらの策は用意してくれているのだろうが、いきなり決めろ、といわれても困ってしまうのが人情というものだ。

「せめて、どんな魔法があるのかだけ、聞かせてよ。形を目指すのだってありでしょ?」

「……一理、あるな」

秋奈からの提案に、春明は一つうなずき、冬華の方へ視線を向けた。

すると、冬華はどこからか数枚の紙を取り出し、秋奈の前に差し出した。

「現在、協会が把握している魔法と、おおまかな使い道や使ったときの見え方をまとめたものです。簡単にまとめてますから、すぐにイメージできると思いますよ?」

「ありがとう、柊さん」

「冬華、で構いませんよ?わたしも、秋奈さんと呼ばせていただければ」

にっこりと、微笑みながら、冬華がそう言うと、秋奈もつられたように笑みを浮かべ、置かれた紙を手に取った。

「あ、うん……それじゃ、冬華。これ、少し借りてていい?」

「えぇ。むしろ差し上げます……春明以外の方に弟子入りしたら破り捨てていただきますけれども」

冬華からの一言が、魔法が一般人に漏れ出ることを少しでも防ぐための処置だと考えた秋奈は、わかった、とうなずいて返した。

もっとも、冬華の本当のところは。

――もし、あれが春明以外のわたしの知人の目に触れでもしたら、最悪、わたしに”痛い人中二病”というレッテルが張られてしまいますから……

という、身勝手な理由であったりした。

もっとも、それを知る人間はこの場にはいないし、今後、知る人間が現れることもないのだが。


------------------------------------------------


それから数時間後、春明と冬華に送られて、秋奈はようやく自宅に戻ることができた。

自室に戻ってから、秋奈は冬華から与えられた資料を読みふけっていた。

――なんか……どれを見ても、同じ感じなのよねぇ……

そこに記されていた魔法の種別は、神道の霊術や陰陽道の呪術、密教の秘術を筆頭に、ルーン魔術、ケルト魔術などの魔法について、簡単に記されていた。

だが、どれも自分の思う姿にしっくりこないのだ。

そう思い至って、ふと、秋奈は気づいた。

――そもそも、わたしって、どんな魔法を使いたいんだろう……

そもそも、使えるのなら自分も使ってみたい、という程度にしか考えていなかった。

本来なら、春明のように実家が神社だからということで陰陽師となったり、秋奈のように教会に身を寄せているということで修道女となったりと、事前に選択肢決められた道が用意されていることの方が多い。

だが、秋奈は事前の選択肢も用意されていないだけでなく、なりたい魔法使いの姿使いたい魔法があるわけでもない。

そんな人間が、数ある中から一つだけを選べ、ということ自体、無理がある話だ。

「……けど、魔女っていうのも、昔は憧れたわね……」

そうつぶやきながら、秋奈は一つの項目に目を向けていた。

その視線の先には、ルーン魔術の項目が記されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る