第9話 シスターは幼馴染で許嫁?!
無事、妖魔を討伐し、シスターとムラマタと合流できた秋奈は、二人に連れられて現世へと帰還した。
秋奈は予定通り、帰宅しようとしたのだが、その肩をシスターががっちりとつかみ、引き止めた。
「……え?」
「まさか、このまま帰ろうなんて、思っていませんよね?」
「そのつもりなんですけど、なにか、問題でも……」
「おおありです。あなたが戦闘に巻き込まれたこと、極限状態の中でも自身の特性の片鱗すら見られなかったことは、師匠筋にあたる春明さんに伝えておくべきです」
どうやら、このシスターはことの子細を春明に伝えるつもりでいるようだ。
「ちょ……それはさすがに土御門くんに悪いんじゃないかなぁ、と……」
「大丈夫です。あの方はよほど機嫌が悪くなければ時間に無頓着ですし、なによりわたしも一緒に行きますから」
「いや、なにその根拠」
秋奈からすれば何が大丈夫なのかまったくわからない根拠を示しながら、シスターに腕を引かれ、東稲荷大社へと連行された。
ふと、秋奈はこのとき気づいた。
自分たちと一緒に霊界に迷い込んだ猫又の姿が消えていることに。
――あの猫さん、いったいどこへ行ったのかな?
助けてもらったお礼をいいたかったのだが、とシスターに引っ張られながら、少し残念そうに心のうちで呟いていた。
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秋奈がシスターによって東稲荷大社へ連行されること数分、二人が東稲荷大社の鳥居をくぐった瞬間、一頭の蝶が二人の前に現れた。
蝶はひらひらと二人の周りを一周すると、ついて来い、とでも言っているかのように、二人の前を飛んだ。
蝶の意図を察し、そのあとに続いた。
蝶はひらひらと飛びながら、参道の脇にある社務所の入り口へと向かっていき、戸口の手前にあるで止まった。
「失礼いたします」
シスターは何の躊躇もなく、戸口を開き、社務所の中へ入っていった。
秋奈はその後ろに続き、社務所の中へ入っていった。
一方、先に入っていったシスターは勝手知ったるといった様子で社務所の廊下を進み、春明の部屋へとまっすぐに向かっていった。
むろん、彼女の後ろを歩いている秋奈が、その様子を見て困惑していたことは、言うまでもない。
「ちょ、なんで土御門くんの家の構造、知ってるのよ?!」
「あら?言っていませんでしたか?わたしは春明さんと幼馴染で、幼いころは大抵、互いの家を行き来していたんです」
「……だから、勝手知ったる人の家って感じで闊歩してるんだよ」
二人が春明の部屋の前に到着すると、シスターが部屋の戸に触る前に、中から春明の声が聞こえてきた。
どうやら、いままでの会話は筒抜けていたようだ。
戸の向こうから、入っていいぞ、という、部屋の主の声が聞こえてくると、シスターは躊躇なく戸を開き、中へ入っていった。
「久しぶりだな、
「ううん、これも魔法使いとしての務め。何より、わたしは
突然、砕けた言い方になった冬華がそう返した。
すると、背後にいた秋奈から驚愕の声が響いてきた。
「ちょっ!ちょっと待って!!いま、なんて言ったの??!!」
「はい?手助けは当たり前、と」
「いや、その前よ、その前!許嫁とか言ってなかった?!誰と誰が許嫁なの??!!」
「……もしかして、話していなかったの?春明」
「あぁ。話す必要がなかったからな」
淡々と返した春明に、冬華は苦笑を浮かべながら、秋奈の方へ視線を向けた。
「わたしと春明は許嫁なんです……といっても、親同士で正式に取り決められたとはいえ、まだ名前だけの関係ですが」
頬を赤らめながら苦笑を浮かべ、秋奈の疑問に答えた冬華だったが、秋奈はすでにオーバーヒートしてしまったらしく、頭から湯気を出し、顔を真っ赤に染めてうわごとのように、許嫁、と連呼していた。
「……こりゃ、帰ってくるまでしばらくかかるな」
「そうみたいね」
秋奈の様子を見ていた春明と冬華は、そうつぶやきながら、苦笑を浮かべていた。
だが、秋奈がトリップしていることをいいことに、冬華は改めて春明と向かい合い、穏やかな笑みを浮かべた。
「改めて。久しぶりね、春明。春先に
「もうそれだけ経つのか……となると順当に行けば、
「そのはずだったのだけれどね……ここ最近、妖魔の活動が活発化しているから、順当に行かなくても、端午の節句前に会ってたと思うわ」
「……それはそれで、素直に喜べないな」
苦笑を浮かべながら、春明はそう返した。
本来、居住している地域が離れている魔法使い同士が仕事以外で交流することは珍しいことだ。
春明が住んでいる東稲荷大社があるのは領巾市の東側に位置する東川町にあり、冬華が現在、身を寄せている教会があるのは領巾市の北側に位置する着た北山町にある。
この二つの町は行き来するには少しばかり距離が離れているため、日常生活の中で出会うことはひどく稀なことだ。
だが、領巾市に住む魔法使いたちは一年のうちに数度、市役所が所在している中央町に集合し、「鬼祓い」と呼ばれる儀式を行っている。
むろん、鬼”祓い”と呼ばれている以上、中心となるのは神道系や仏教系あるいは陰陽道の魔法を扱う魔法使いだが、地脈や霊脈を管理するため、他の宗教宗派の魔法使いも集められることになっている。
つまり、節句のころに行われる「鬼祓い」は、領巾市の邪気払いを行うと同時に、領巾市に散らばる魔法使いたちの集会を兼ねているのだ。
その集会で、魔法使いたちは互いの情報を交換し合ったり、ときには見合いの席を設けたりすることがある。
春明と冬華の関係が、ただの幼馴染から婚約者へと変化したのも、その集会あってのことだ。
「それにしても、まさかあのとき口にした、子供の戯言が現実になるとは思わなかったな」
「またそれを言うの?」
「あぁ。何度だっていうさ」
何かを思い出したのか、春明は苦笑を浮かべながらそう言うと、冬華は呆れた、といいたそうにため息をついた。
今でこそ、離れた場所に住んでいるが、春明と冬華は中学生まで同じ学校に通っていた幼馴染だ。
高校に入ってからは冬華の父親が教会の移転を命じられ、北山町に引っ越してしまったが、それまでは本当に仲のいい幼馴染同士だった。
今でもその関係は変わっていないし、二人の距離も恋人のそれというにはやや遠い。
もっとも、本人たちがそれを自覚しているかどうかは不明だが、別段、珍しいことでもない。
婚約しているとはいうが、魔法使い同士の婚約は珍しいことではなく、簡単に棄却することも可能だ。
だが、春明も冬華も今のところは
それはひとえに、春明が言ったように、小学生の頃に交わした約束だから、なのかもしれない。
「それはそうと、いつまでかぶってるんだ?それ」
ふと、春明は冬華がいまもかぶっている頭巾に視線を向けながらそう問いかけた。
冬華はその言葉に、若干、恥じらいの表情を浮かべながら、頭巾を取った。
さらり、と小さな音を立てて、日本人としては珍しい、銀色の髪が流れ落ちた。
「わたしが、この髪のことが嫌いってこと、知ってるよね?」
「知ってる。知ってるけど、俺は好きだぞ?冬華の髪」
そういいながら、春明はそっと冬華の髪に触れた。
慈しむように、冬華の髪を整えながら、春明は穏やかな笑みを浮かべた。
「
「……いつも思うけど、あなた、さらりと恥ずかしいこと言ってるって自覚、あるの?」
「思ったことを素直に言ってるだけなんだがな?」
「……むぅ~……」
冬華が春明の一言に、霊界で見せていた静かな雰囲気からは想像できない、愛らしいふくれっ面をして、春明から顔をそらした。
間の悪いことに、その瞬間にトリップしていた秋奈の意識がふくれっ面を浮かべた瞬間に戻ってきたらしく、その表情と銀色の髪を目撃されてしまったのは、言うまでもない。
幸いなのは、秋奈は好奇心旺盛な性格だが、自分と異なる立場や容姿だからといって誰かを特別視したり、悪意を抱いたりする人間ではないということだろうか。
なにしろ、初めて見た冬華の髪に見とれ、昔の人はこんな髪の人を女神さまって呼んだのかしらね、と呆然としながらつぶやいていたのだから。
そのつぶやきを聞いてしまった冬華は、頬を真っ赤に染め、うつむきながら、ありがとう、とお礼を言い、その様子を見ていた春明が必死に笑いをこらえながら肩を震わせていたことは言うまでもない。
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春明と冬華が人心地ついた瞬間を見計らって、秋奈は居住まいを正して、冬華にお辞儀をした。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。シスター」
「いえいえ、たまたま近くを通りかかっただけですよ」
くすくすと笑みを浮かべながら、冬華は穏やかに返した。
その笑みに、秋奈は苦笑を返し、そういえば、と思い出したように自己紹介を始めた。
「まだ、自己紹介してませんでした。わたしは神楽坂秋奈、土御門くんの同級生で……何の因果か、魔法使いの弟子として弟子入りしてます」
後半部分を、苦笑しながら頬に冷や汗を伝わせながら口にしている様子を見て、冬華もつられて苦笑を浮かべた。
幼馴染とはいえ、春明が弟子を取ったという話はいままで一度も聞いたことがない冬華だったが、ものを教えることは苦手だ、と昔から話していたことを思い出し、どんな扱いをされているのか、思わず考えてしまった。
もっとも、春明に限って人道に外れた扱いをすることはない、と信じているため、そこまで深くは考えなかったのだが。
こほん、と咳払いを一つして、今度は冬華が自己紹介を始めた。
「私は柊=ライフェルト=冬華、北山町にある教会で
「……それ、まじだったんだ」
「えぇ、まじです」
「は、は……ははははは……」
なぜだろうか、容姿だけでなく、恋人がいて、さらにはすでに将来を約束している。
十六歳という多感な時期に、これだけのものを見せつけられると、もはや笑うしかない。
にっこりとほほ笑みながら返す冬華の様子に、もはやこの話についてこれ以上、突っ込む気になれなかった秋奈であった。
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