第8話 見習い魔法使いの初陣

自分たちに襲い掛かってくる無数の触手を操る妖魔を退治するため、ムラマタとシスターは秋奈を囮に、触手の本体を見つける策をとった。

だが、シスターはその条件として、”揺らぎ出口”を見つけたら、迷わず現世に戻ることを提示した。

その理由を聞かずとも理解した秋奈は、承諾すると同時に迷うことなく走りだした。

走る秋奈を追いかけるように、触手たちは一斉に秋奈の方へ伸び始めた。

「……猫又さん!」

「承知!!」

シスターの声を合図に、ムラマタは触手が伸びてきている方向へ駆けだした。

同時に、シスターは手にしている巨大な十字架に取りつけられたスイッチを押し、取っ手を操作した。

すると、重々しい金属音と駆動音を上げながら、十字架は大砲へと姿を変えた。

「猫又さん、援護します!!」

シスターは叫ぶやいなや十字架から飛び出てきた引き金トリガーを引いた。

瞬間、十字架の意匠の中から覗き込んでいる砲口から、白い光が数発飛びだしてきた。

飛びだしてきた光の弾丸は、ムラマタに向かって飛んでくる触手に命中し、霧散させた。

一歩間違えば、自分も同じ被害をこうむることになりかねない、強力な援護射撃を受けながら、ムラマタは触手が伸びてきている方向へ走った。

援護射撃で処理しきれなかった触手を相手にしながらひたすら走った先には、巨大な陽炎のようなものが目に入った。

「……ここまでくれば、本体は見えるようですな」

そうつぶやき、ムラマタは刀を逆手に構え直し、目を閉じて精神を集中させた。

その瞬間、刀身が白く輝き、倍以上の幅に光が広がった。

「さて、手こずらせてくれたな。礼は、たっぷりさせてもらいますぞ」

そうつぶやくムラマタの表情は、これまで見せたものの中でも最も冷たい印象を受けさせるものだった。

幸いなことは、この場にこの表情を見られたくない魔法使い土御門春明がいない、ということだろうか。

いや、春明ならばあるいは、自分の今の表情を見ても、受け入れてくれるであろうことは、なんとなくではあるが、わかっていた。

その心の奥底に温かなものを持っていながら、他人にどこか冷めた態度で接している彼のことだから、多少のことでは動揺しないし、態度を変えることもないだろう。

それでも、春明の中にある「今までの自分ムラマタのイメージ」を崩してほしくないのだ。

なぜ、そんな感情が浮かんでくるのかはわからないのだが。

そんなことを思いながら、ムラマタは刀を逆手に持ったまま、振りあげた。

「猫又流法力剣術、霊滅白光刃れいめつびゃっこうじん!!」

叫びながら、ムラマタは逆手に持った刀を逆袈裟に振りあげた。

その名の通り、白い光を放ちながら振りあげられた刀は、陽炎を切りさいた。

同時に、振りあげられた光の軌跡にそって、黒いしぶきが吹き出た。

さらに、それまで何もなかった場所に、黒い靄をまとった巨大なナメクジのような生物が姿を現した。

この巨大ナメクジこそ、触手の本体であることを悟ったムラマタは返す勢いで刀を振るい続けた。

執拗に振るわれる刃の嵐に、ナメクジの体は耐えられるわけもなく、粉微塵に切り刻まれていった。

今まで散々弄ばれたことへのうっぷん晴らしか、何度も何度も刃を振るっていたムラマタだったが、不意に背後から殺気を感じとり、その場から離れるように地面を蹴り、空中へ飛んだ。

その瞬間、ムラマタの足もとに、白い光の柱が通り抜けた。

柱が飛んできた方向へ目を向けると、そこには十字架の形をかろうじて残している大砲を構えたシスターの姿があった。

どうやら、通り抜けていった光の柱が、シスターが発射したもののようだ。

弾丸が通り抜けていった場所へ目を向けると、そこにいた巨大ナメクジは塵すら残さず、消滅してしまっていた。

もし、あれに巻き込まれていたら。そう思ったムラマタの背筋に、冷たいものが這っていった。

「……せめて、合図くらい送ってほしいものですな」

「あら、叫んだのですが、聞こえませんでしたか?」

反論する声が、若干、かすれていることに気づいたムラマタは、どうやら合図を送ってくれたことは本当のようだと悟った。

それが聞こえないほど、夢中で刀を振るっていたようだ。

「それは……申し訳ありませんでした」

「いえいえ、お気持ちはわかりますから」

冷や汗を伝わせながら謝罪するムラマタに、シスターは穏やかな微笑みを浮かべながら返した。


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時をほぼ同じくして、囮役を買って出た秋奈は霊界の町の中を走り続けていた。

その途中で、背後を振り向くと触手が追いかけて来なくなったことを悟り、立ち止まった。

そっと息をつき、来た道を戻り、歩きだしたときだった。

何かが低く唸る声が、周りから聞こえてきていた。

「……ちょ……勘弁してよ、もぉ……」

秋奈は顔を引きつらせながらつぶやいた。

体力と魔力にはまだ余裕があるものの、戦いという行為に不慣れなため、不安を覚えているのだ。

が、この場にいるのは自分だけ。ほかに守ってくれる存在は、ここにはいないのだ。

「……やるしか、ないってわけね……」

そうつぶやきながら、秋奈は拳を握り、ファイティングポーズを取った。

律儀に待っていてくれたのか、唸り声を上げて威嚇していた妖魔たちは、一斉に秋奈へ飛び掛かってきた。

頭上から飛び掛かってきた妖魔の攻撃を、後ろに飛びのいて回避した。

妖魔は着地する地点が重なってしまい、体の各所を互いにぶつけあい、体が重なってしまった。

「……あんたら、意外にドジ?」

その様子を見た秋奈は素直な感想を漏らしたが、この好機を逃すほど、秋奈も抜けてはいない。

ぐっ、と右手につくった拳に力を込め、しっかりと左足で地面を蹴り、踏みこみながら握りしめた拳を重なり合っている妖魔たちめがけて振り下ろした。

握られている拳には、足と同じように紅い光が回線のような文様を刻んで浮かび上がっていた。

その文様は自分の体に魔力を滞りなく通すことができているという証拠であると同時に、一時的にリミッターを外している証拠でもある。

通常、人間の体は脳機能を含め、その能力をといわれている。

これは脳が本能的にその能力にリミッターをかけているためであり、そのリミッターを解除することは、よほど特別な処置を行わない限り、不可能とされている。

だが、鍛錬によってはそのリミッターを解除することもできる。

その境地に達した人間こそ、達人と呼ばれる者たちであり、魔法使いたちだ。

そして、秋奈は半人前にすら到達していないとはいえ、仮にも魔法使いだ。

体に課せられたリミッターの解除くらいは、できるようになっていた。

「とりあえず……吹っ飛んでけーーーーーーっ!!!」

秋奈は怒号とともに握りしめた拳を思いっきり振り下ろした。

数瞬遅れて、轟音とともに道路が砕け、穴が開き、その中に妖魔たちが沈められた。

地面に無抵抗な妖魔たちを沈めても、秋奈は油断することなく、拳を構えたまま妖魔たちに視線を向けていた。

だが、妖魔たちは動く気配はなく、まるで最初からいなかったかのように霧散し、その姿を消した。

あまりにあっけない終わり方であったため、秋奈は思わず、唖然としてつぶやいてしまった。

「……あら?案外、あっけないものなのね……」

この初勝利が、いくつもの幸運が重なったものであることは、秋奈も理解はしていた。

だが、こうもあっけなく初勝利を得られたということが、体育会系の彼女にとって、なんとも拍子抜けなことであり、どこか、物足りない感覚を覚えてしまっていた。

だが、それはそれ、今は生き延びることができたことを素直に喜び、ムラマタとシスターと合流すべく、二人がいるであろう場所へ向かっていった。

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