第6話 見習い魔法使い、三度目の霊界訪問を果たす
秋奈が『宴』で春明と連絡先を交換してから三日後。
その時に宣言された通り、秋奈は魔法使いとしての修行を開始することになった。
修行、といっても、おとぎ話に出てくるような小間使いをやらされたり、奇妙な呪文を反復したり、薬品の製造を行ったりなどではない。
基本的には精神修養。座禅や滝行、読経といった寺で行われるようなものが主だった。
寺で行われる修行、といえば、聞こえはいいのだろうが、要は単調作業になりやすいものだ。
ゆえに、集中力の持続が試されるのだが。
「……くぅ……」
好奇心は強くとも、集中力が持続しない秋奈にとっては、苦行に近かった。
そのため、この日も春明は大きくため息をつき、手にした笏でその肩を思いっきり叩いていた。
「はい、起きる!」
「ふぎゃ!!」
「……随分、色気のない悲鳴だな」
「悲鳴に色気を求めてほしくない……」
思い切り叩かれ、悲鳴を上げてしまった秋奈は、叩かれた個所をおさえながらうめいた。
だが、春明の叩き方がよかったのか、すぐに痛みは引き、復活できた秋奈はジト目を向けた。
「ねぇ、そろそろ次のステップってのに進んでみたいんだけれど」
「まだ修行を開始して一週間しか経ってない。早すぎる」
「うへぇぁ……」
春明の一言に秋奈は完全に脱力し、床に突っ伏してしまった。
完全に集中力が切れた状態にあることは、春明ですら理解できた。
そもそも、秋奈は好奇心こそ強いものの、ひとたび興味を失ってしまえば、好奇心を向けていたものに対する関心が一気に薄れてしまう傾向にある人間だ。
おそらく、今回もそうなのだろう。
「……別にお前の集中力が持続しないことを責めはしない」
「……ふぇ?」
「だが、このままだとお前、魔獣に襲われて食われるぞ?」
「……」
春明からの冷たい一言に、秋奈の顔は凍り付いた。
だが、そんなことは知ったことないといった風情で、春明はたたみかけてきた。
「そもそも、今やっていることは基本中の基本で
「……いや、つい先日まで一般人だったわたしにそれを言われても」
「つい先日まで一般人だったから、基本中の基本はしっかりおさえておくべきだと思わないか?」
「うぐ……」
「ほら、わかったら頑張る」
「……はい……」
反論できなかった秋奈は、しぶしぶながらも姿勢を正し、再び座禅を始めた。
だが、数分と経たないうちに、秋奈は目を開き、春明に問いかけた。
「そういえば、一週間ずっと
「……お前な……」
「い、いや、あの、その……べ、別に修行に飽きてきたからとかじゃなくて、純粋な好奇心として」
再開してすぐに集中力が切れてしまっている秋奈に、じとっとした視線を向けた春明だったが、これ以上、修養を続けることは難しいと判断したのか、そっとため息をついて質問に答えることにした。
「誤解を招くような言い方をすると、今の段階だとやるだけ無駄だから、だな」
「……それって、わたしがまだ見習いにすらなってないから、教えるだけ無駄ってこと?」
「いいや、そうじゃない」
「なら、なんでよ?」
誤解を招くような言い方、とあらかじめ宣言しただけあって、秋奈は確かに誤解してしまったようだ。
春明はため息をつくことなく、説明を続けた。
「魔法って一口に言っても、系統がいろいろ存在するからな」
「系統?……黒魔術とか白魔術ってやつ??」
黒魔術というのは、西洋魔術に分類される魔術であり、呪いの類を扱う系統だ。
春明はそれにうなずいて、説明を続けた。
「西洋魔術や呪術、錬金術に占術。それに霊術、陰陽術なんかもそれにあたるな」
「この前、居酒屋で話してくれたものと同じ感じ?えっと……科学技術の礎になった魔法、だっけ??」
「その通りだ」
「それとわたしに魔法のことを教えてくれないことと何が関係あるの??」
春明はその一言に、おおありだ、と返した。
「これだけ数が多い魔術をすべて、人間が扱えると思うか?」
「え?無理なの??」
「無理だ」
「なんでよ?」
「……その頭は飾りか?少しは自分で考えろ。思考停止は人間をやめることと同じだぞ」
春明の言葉に、秋奈は顔をしかめたが、確かにその通りであるため、こめかみに指を当てたり、腕を組んで唸ったりしながら、思考を巡らせた。
だが、やはり、答えは出てこない。
「う~ん?……えっと……ん~……」
「……そうだな。たとえばの話だ」
「……ふぇ?」
足りない知識を総動員して、考えている最中に春明から声を掛けられ、秋奈は間の抜けた声を出してしまった。
だが、春明は構わずに続けた。
「お前にも苦手な教科があるだろ。逆立ちしても理解できない教科とか、生理的に受け付けない教科とか」
「……もしかして、魔術もそれと同じで、どうあっても習得できない魔術があるってこと?」
「その通り。もちろん、努力でカバーできるものがないわけじゃない。が、それよりも先天的な才能に頼った方がいい場合もある。あえて言うなら、特性、というところだろう」
一口に"魔術"といっても、ケルト魔術のように樹木を扱う魔術やルーン魔術のようにルーン文字を扱う魔術も存在する。
あるいは、密教修法や悪魔崇拝のように神仏や悪魔といった超常的存在に助力を請う、あるいは干渉するものもある。
だが、それらの技術をすべて習得できるわけではない。
それは今のところ解明されていない。
いずれにしても、魔法使いが極めることの出来る魔術は、基本的に一種類のみというのが常識となっている。
もちろん、そんな常識は、魔法使いの素養の有無に関わらず、人間ならば誰しもが持っている"努力"という才能によって簡単に破壊されてしまうのだが。
「つまり、わたしがどんな魔術に適しているかわからないから、下手なことを教えることが出来ないってこと?」
「そういうことだ。俺の場合、子供の頃から陰陽道や神道の知識を叩きこまれてきたからか、それ以外の系統の魔術は……使うことができないわけじゃないが、からっきしだ」
春明はそう言うが、実のところ、この業界で陰陽師は、時に”節操無し"と呼ばれることが多い。
通常、魔術というものは何かしらの宗教で崇拝されている神性の為す業として認識されている。
例えば、ケルト魔術ならばドルイド教、修祓や霊術ならば神道や精霊崇拝の類、黒魔術ならば悪魔崇拝といったようなものだ。
だが、陰陽師は陰陽道のものだけでなく、神道や仏教、修験道、果ては西洋魔術にまで手を伸ばすほど貪欲だ。
ゆえに、春明もそれなりに西洋魔術は心得があるし、基本ならば教えることもできる。
それでも基本である精神修養をおろそかにされては困るので、教えるつもりはないのだが。
もっとも、秋奈はそんな意図も事情も知らないため、不満顔でぶつぶつと文句を言っていた。
「……それはそれでつまらない……」
押し付けられたことであるとはいえ、一応、自分のことを考えてくれていることはありがたいのだが、それでもやはり、精神修養に飽きてきてしまったためか、秋奈はそんなことを呟いてしまうのだった。
――まぁ、気持ちはわからんでもないがな……教えたら教えたで、面倒なことになるのは目に見えてるし、しばらくはこのままでいいか
むろん、秋奈の口から漏れた文句は春明にも聞こえていたのだが、特に何も言うことなく、心中では同情しながら、ただただ、ため息をつくだけだった。
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昼は学校で勉強し、放課後は巫女のバイトという名目で
そんなサイクルの生活習慣が始まってから、二週間が経過した。
相変わらず集中力は持続しないため、一時間に一度は「飽きた」というフレーズを聞くのだが、最近ではその頻度も減ってきた。
それに伴い、秋奈の魔力も強さを増してきていたため、春明は、そろそろ実戦に連れだしてもいいかもしれない、という考えを抱くようになっていた。
だが、現状、秋奈は魔力を持っているだけの一般人にすぎない。
むろん、今からでも何かしらの魔術を教えればそれなりに形にはなるのだろうが、まだそれは避けたいというのが春明の想いだ。
実際のところ、魔法を扱うために特性というものは必要ない。
向き不向きこそあるものの、基本的に魔法使いになるために必要なものは、
秋奈はすでに燃料という条件はクリアしている。あとは、機械を動かすエンジンを用意すれば、魔法を使うことができるようになる。
だが、春明はまだそのエンジンを与えるつもりは毛頭なかった。
むろん、秋奈がどのような魔法を
もっとも、それは春明なりに秋奈が受けるであろう影響を考慮してのことだ。
神を降ろす、と一口に言うが、その行為は、要するに
その行為は、パソコンにデータを読みこませるということに似ているが、読みこませるデータの容量が、読みこませるパソコンが受け入れることの出来る容量を超えてしまえば、故障の原因になる。
もちろん、パソコンの場合は事前に「
だが、人間に神を降ろす場合、呼びだされた神はそんなことはお構いなしに人間の意識に入りこんでくるし、場合によっては、その人間の意識を完全に破壊して、体を支配してしまうこともある。
つまり、下手をすれば、
好奇心旺盛な秋奈のことだ。
下手にその知識を教えれば、後先考えずに神を降ろすだろう。
仮にそうなってしまったら、因果応報ということで仕方がないとは思うが、自分が教えた知識で勝手に死なれてしまうのは、それはそれで後味が悪い。
そして、その旺盛な好奇心ゆえに、
だが、秋奈が魔法使いとしての本格的な修行を行うことになる日は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
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その日も秋奈は東稲荷大社での修養を終えて、家路についていた。
最近は、座禅だけではなく、読経や滝行もするようになってきただけではなく、集中力も持続するようになってきたのか、気がつくと帰宅する時間になっていた、ということも増えてきた。
普段から無愛想な春明も、そのことについては褒めてくれるようになっていた。
そして、今日も春明からほめられてから家路についたわけで、この日は、少しご機嫌な様子だった。
――この調子なら、魔法のことを教えてくれる日もくるかなぁ~
歩きながら、そんなことを思っていると、ふと背中に冷たいものを感じた。
その感覚には、覚えがあった。
いや、忘れようがない、というべきか。
なにしろ、二度も命の危険にさらされたのだから。
「……や、やばい……やばいわよ、これ……」
秋奈は身の安全をはかるため、神社へ戻ろうとした。
いくら精神修養をして、魔力を高めたとはいえ、自分は退魔法の一つも覚えていない、一般人と変わりがないのだ。
春明からも、やばいと思ったら絶対に逃げろ、と厳命されている。
秋奈が
右足に、何か冷たいものが巻きついてくる感覚があった。
視線を向けると、そこには黒い触手が秋奈の右足に巻きついていた。
「……ちょ……っ!!」
そこから何をされるのかを理解した秋奈は転ばないように踏ん張ったが、巻きついている触手の力は予想以上に強く、秋奈は簡単に転ばされ、そのまま、霊界へ通じるゆらぎへと引っ張られていった。
もちろん、秋奈もおとなしく引っ張られるだけではない。
「ちょっ!!ふざけないで!放してよ!!」
叫びながら、秋奈は触手が巻きついている足を前に出そうと力を込めた。
だが、相手は人間よりもはるかに強い膂力を持った存在だ。
対する秋奈は、一応、仮にもか弱い乙女。花の女子高生だ。
週刊誌の少年漫画にあるような、細身ではありえない怪力を発揮することなどできるはずもない。
「今年のわたしは……厄年なのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ??!!」
結局、抵抗むなしく、秋奈は触手に引っ張られ、これで三度目となる霊界訪問を果たすことになってしまうのだった。
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