第5話 明かされる、ひと欠片の”真実”
春明に連れられて、市役所の裏にある居酒屋『宴』に連れてこられた秋奈は、それまでの緊張で感じることのなかった空腹に襲われ、お通しとして出されたポテトサラダと、春明がおすすめだ、といって注文してくれた鰯の生姜煮とほかほかに炊きあがった白米に舌鼓を打っていた。
その隣では、春明が豚の生姜焼きと白米を黙々と食べていた。
だが、そんなことはお構いなしに、秋奈は目を輝かせて目の前にいる大将に生姜煮の感想を伝えた。
「ん~~~~~~っ!!おいしい!!ものすっごくおいしいです、この鰯!!」
「そういってもらえると、こちらも腕の振るいがいがある」
秋奈の素直な感想に、大将は静かに微笑んだ。
すると、すぐ後ろから上機嫌な声が合いの手を入れてきた。
「そりゃ、大将以上の料理人はここら一帯にはいないからな!当然だぜ、嬢ちゃん!!」
「そうなんですか?!住んでて長いけど、わたし、全然知らなかったです」
すぐ後ろの席に座っている客人二人から、そう伝えられ、秋奈は目を丸くした。
それを聞いていた春明は、当然だ、と心のうちで呟き、感情がこもっていない視線を秋奈と後ろの席の客人たちに向けていた。
この店『宴』は、一般人には知られていない。いや、知る人ぞ知る名店ではある。だが、誰も『宴』を覚えていないのだ。
この店を覚えていて、なおかつ、何度も足しげく通ってくる客人は限られている。
その理由は、この店の常連は全員、ある条件を満たしているためだ。
『宴』の常連となる条件、それは。
「……まさか、お嬢ちゃん、魔法使いじゃないのか?」
「はい……って、へ?い、今、なんて言いました??もしかしなくても、魔法使いって、いいました??」
秋奈のその反応に、店中の客と佑香が春明の方へ詰め寄ってきた。
「……おい、土御門の若造よ。どういう了見だ?ここに
「いくら、魔法使いの絶対数が少なくなってきているからって、普通の同級生を連れて来たらまずいんじゃ……」
「というか、
と、春明に反論する暇を与えない勢いで問い詰め始めた。
もっとも、そもそも春明は反論する気すらない様子で、生姜焼きの玉ねぎと白米を一緒にかきこんでいるのだったが。
かきこんだそれを飲み込んだ春明は、そっとため息をついて先ほどからの問いかけに応え始めた。
「神楽坂は確かに同級生の一般人だが、魔力を有しています。だから、ここに連れてきました。親父さんと爺ちゃんにはすでに式神を使って連絡済みで、了承も得ています。それと、今は夕食時ですよ?お袋さんの料理でもいいんですが、彼女に説明しないといけないので、ここに連れてきました」
さらりと、投げつけられた質問のすべてに答えた。
返されたその答えに満足したのか、客人――魔法使いたちは自分の席に戻っていった。
だが、やはりまだ疑問符を浮かべている人物がここに一人。
「ね、ねぇ、土御門くん。そろそろ説明……」
「腹も落ち着いたみたいだしな……そろそろ話すとしよう」
秋奈の言葉を遮り、春明は秋奈を領巾市にいる魔法使いたちの集会場となっている居酒屋『宴』に連れてきた理由を話し始めた。
「……そうだな。まず、お前さんにいっておかないといけないことがある……いや、言っておく、というよりも約束してもらわないといけないこと、か」
「約束?」
「魔法使いが実在する。それは黙っていてほしい」
「え?別に、いいけど……なんで?」
秋奈は春明からの頼みに、その理由を問いかけた。
その問いかけは、秋奈が魔法使いではない、一般人であるが故のものだった。
それゆえに、秋奈から発せられた質問に、大将を含む多くの魔法使いたちは微苦笑を浮かべていた。
だが、春明だけは微苦笑を浮かべることなく、懇切丁寧に答えた。
「神楽坂、魔法使いは現実に存在していると思うか?」
「え?いるんでしょ?だから、今日みたいなところに連れてきてくれたんじゃないの??」
秋奈からの言葉に、春明は思わず頭を抱えてしまった。
だが、同時に思ってしまった。
順序を、いや、質問の時制を誤ってしまった。
「……いや、聞き方を変えよう。魔法使いは現実に存在していると思っていたか??」
「……あぁ、そういうことかぁ……うん、少なくとも本物はいないと思ってた」
いるとしても、せいぜいが手品を生業にしている
少なくとも、現実に存在する魔法使いに出会うまでは。
「魔法、あるいは魔術と呼ばれる技術は、確かに存在している……呪術、霊術、降霊術、錬金術。少し身近なものだとおまじない、かな?いろいろと名前を変えてはいるが、その根本は魔法ないしは魔術と呼ばれている技術だ」
「錬金術は聞いたことがあるよ?たしか、化学の基礎になったっていわれてる技術だよね?」
「その解釈で間違いない。他にも、気象学や天文学、医学なんかも魔術から生まれた科学技術だ」
それらの魔術は現代科学の礎となった技術として名高く、昔から一般人の間にも広まっていた技術だ。
もっとも、それは科学という新たな技術の出現により、学問として認識されるようになったのだが。
「てことは、魔法は科学にとってかわられた、ってこと?」
「あぁ……長い歴史の流れの中で、大半の魔法使いは科学者と呼ばれるようになった」
「それだけじゃない。科学という学問は、自然現象を解明し、それを人間の手で再現するための技術だ……が、自然現象はあくまで自然現象。星の巡りの中で発生するべき現象だ」
「人間の手で起こされた場合、それは自然現象ではない。星の巡りを無視した行い――神の御業、といえるな」
「神の御業って……そんな大げさな」
「大げさじゃない。魔術の到達点は突き詰めれば、星の理を読み解き、真理に到達すること……それは神の御業に到達することとどう意義でもある」
例えば、春明が扱う魔法――陰陽道の呪法に、
泰山府君とは、閻魔大王の別名である。
そして、彼を祭る儀式を泰山府君祭と呼び、延命を願う儀式として知られている。
定められている寿命を延ばすことは、現代医学ならば可能だが、本来、定められたものは絶対。
神でなければ、覆すことすら許されない。
それを行うことができるからこそ、この魔術は、神の御業に最も近い魔術といえる。
それゆえに、泰山府君祭を行使し、成功したという記録にその名を連ねている安倍晴明は、最高峰の陰陽師と呼ばれているのだ。
「だが、だからこそ、それは人間の手で行われるべきじゃない。地球――この星の理の中で行われることに逆らうには、相応の対価を支払わなければならない。だが、もし人間が人間の手でそれを行うことが出来た場合、対価はどうなる?」
「人間が支払うんじゃないの?」
「いいや……対価はこの星が支払っている」
科学といえど、この星の理の中の技術。
そこには、必然的に対価のやり取りが存在している。
だが、科学技術は人間が対価を支払うという工程を完全に無視している。
いや、正しくは人間が支払うべき対価を、他の何かに肩代わりさせているのだ。
その何か、というのはこの星の自然、つまり環境だ。
たとえば、飛行機による海の向こうへの移動、あるいは電力を使用することで得るために行われる火力発電や原子力発電など。
すべて、人間が一方的に利益を得、その対価を星に肩代わりさせてしまっている。
それを話すと、秋奈は納得したようにうなずいた。
「……あぁ……なるほどね……つまり、わたしたちが利益を得る代わりに、地球環境を壊しちゃうってことか。つまり、星の環境が対価ってこと?」
「そういうことだ」
秋奈からの解答に、春明は満足そうにうなずいた。
いや、満足そうにしているのは、春明だけではなかった。
いつの間にか、二人の周囲に椅子を近づけていた魔法使いたちもうなずいていた。
「ほぉ?お嬢ちゃん、なかなか頭の回転は悪くないようだな」
「とても、坊主の同級生にゃ見えねぇな」
「……とっつぁん?」
春明は客人の一人からの失礼な発言に、右手を制服のポケットに入れながら、半眼を向けた。
それが何を意味しているのか、理解していた客人は顔を真っ青にして数歩、身を引いた。
「わ、悪かったって……だからそれだけは勘弁してくれ!!」
「……わかればよろしい」
春明は右手をポケットから出し、視線を外した。
視線を外された客人は、安堵したようなため息をついた。
その様子を見ていた秋奈は、額から
――土御門くんって、もしかして怒らせると危ないタイプの人?
客人への態度を見て、秋奈は普段は見ない春明の姿を見て、そんな感想を抱いた。
そのことを知らない春明は、さらに説明を続けた。
「だいぶ脱線したな……さてと、ひとまず、魔法使いは現代にも存在するってことはわかってくれたか?」
「それはわかったわ」
「ならいい。重要なのは、ここからだ……特に、お前を襲った黒い犬のような化物のことについて説明しないといけない」
「……っ!!」
春明からの言葉に、秋奈の一瞬、身がすくみ、呼吸が荒くなった。
彼女の記憶の奥底に刻みこまれた、死ぬかもしれないという、危機体験が無意識下で反応させてしまったようだ。
それに気づいていた春明は、秋奈が落ち着くまで待った。
秋奈の呼吸は徐々に静かに、深くなっていき、ようやく、平時のものと変わらないものになっていった。
「……落ち着いたか?」
「……うん……ごめんね」
「かまわんさ……さて、まず俺たち魔法使いの役割について、説明した方がいいな」
秋奈からの謝罪に、大して気にしていないことを態度で示した春明は、魔法使いの役割について説明しはじめた。
「一番わかりやすいものでいえば、大きな神社や寺……有名どころで例を出すなら、明治神宮や出雲大社、延暦寺や金剛峯寺なんかで行われる儀式の実行。乱れた場をあるべき形に戻すこと。そして、科学では解明できない怪異現象の解決が主ってところだ……が、その怪異の解決というもののなかに、お前を襲った獣の討伐が含まれている」
「……あの襲ってきた獣って、いったい、何なの?」
秋奈は恐怖をおさえながら、春明に問いかけた。
「……俺たちでも詳しくは知らない。ただ、俺たち魔法使いは、自然物から発生した魂――精霊と区別するために、妖魔、と呼んでいる」
「その妖魔を退治するのが、魔法使いの仕事の一つってわけ?」
「そういうことだ……で、神楽坂には自衛のため、という意味も含めて、魔法使いとしての修行を行ってもらう」
春明からのその言葉に、秋奈は目を丸くした。
突然、そんなことを言われれば誰でも驚愕はするし、困惑もする。
当然、秋奈はその困惑を解消するために、春明に秋奈が求めているであろう言葉を投げた。
「安心しろ。別に宗教団体に入れとか、そういうのじゃないから」
「あ、それ聞いて安心した。なら、いつから始めるの?修行」
「……随分と、あっさりなんだな」
「そりゃね。わたしは好奇心が強い女なのよ?それはわかりきってたことでしょ?」
その言葉に、春明はため息をつき、微笑みを浮かべた。
「……負けたよ。父さんやじいちゃんに話を通さないといけないから、三日くらいは時間をくれ」
「わかった。そしたら、日取りが決まったら伝えてちょうだい」
時間は空けるようにするから、と言ってから自分の携帯電話を取り出し、番号を見せた。
どうやら、連絡先を交換しよう、ということのようだ。
春明は黙って自分の携帯電話を取り出し、その連絡先を記録し、自分の番号を表示し、差し出した。
差し出された番号に、秋奈は春明と同じ行動をとった。
二人の連絡先交換により、その場はお開きとなった。
それから三日後、宣言通り、秋奈の携帯に春明から修行開始の宣言が伝えられることとなった。
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