第4話 ”世界魔法協会”日本支部

無事、秋奈を救出し、異界から帰還した春明は陰鬱なため息をついていた。

その原因は、助け出した秋奈にあった。

一般人であった彼女だが、すでに二度、霊界に足を踏み入れ、なおかつ、生還している。

むろん、最初に霊界に足を踏み入れ戻ってきた際、救出してくれた春明によって、その記憶を魔術によって封印させられた。

だが、彼女に魔法使いとしての素養が潜在的にあったために、無意識に魔術を防御したのか、はたまた、春明のかけた魔術が弱かったのか。

いずれにしても、封印されたはずの記憶が、まだ曖昧な部分も多いが解除されつつあった。

そのため、再び記憶を封印したとしても、また同じことの繰り返しになる可能性が大いにありあえるのだ。

だからこそ、彼女の処遇をどうするか、考えているのだが。

――だめだ、いくら考えてもこの方法しか思い浮かばん……

結局、春明はあまり使いたくない手段を使うことを選んだ。

いや、あまり使いたくない、というよりも、というだけだ。

なぜなら、これから春明が秋奈を連れていこうとしている場所は、領巾市に置かれた魔法使いの集会場。

魔法使いたちを束ねる組織、”世界魔法協会”が日本に置いた支部の一つなのだから。


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春明をこっそりと追いかけまわし、異界に迷い込んでしまった秋奈は、追いかけまわしていた春明に救出され、現在、一緒に行動していた。

いや、一緒に行動していた、というよりも、、という方が正しいだろう。

春明は現在、行きかう人の目を気にすることなく、秋奈の手を引き、早足で歩いていた。

「ねぇ、土御門くん。今度はわたしをどこに連れていくつもりなの?」

「いいから黙ってついて来い……なんだよ、その顔は」

「……はっ!まさか、わたしを暗がりに連れ込んで、ひどいことするつもり??!!」

「いや、なぜそうなる?」

どこかで聞いたようなセリフを聞きながら、春明は秋奈を伴って、領巾市役所を訪れた。

総合案内の受付にいたスタッフは、二人の姿を見るなり、用件を問いかけてきたが、春明は沈黙したまま、学生服から一枚のカードを取り出し、スタッフに見せた。

すると、スタッフは少し顔をしかめ、どうぞ、と地下へ向かう階段を指し示した。

「どうも。神楽坂、ついてきてくれ」

短くそう言うと、春明は秋奈を伴って階段を下りていった。

階段を下りたその先には、巨大な鳥居の奥に頑丈そうな鉄の扉があった。

その先にある扉をくぐると、浮世絵で見たことのあるような橋が視界に飛び込んできた。その下には湖があり、橋の先には、巨大な桜が鎮座している島があった。

その光景があまりにも幻想的で、秋奈は思わず見とれてしまった。

「……綺麗……」

「……いくぞ……この橋の先だ」

春明は秋奈の感想を聞きはしたものの、緊張した面持ちで橋を渡り始めた。

秋奈はその後ろに続き、橋を渡った。

橋を渡り、桜の大木が鎮座する島に降り立つと、桜の大木の前には、平安時代の建造物のようなものが目に入った。

そこには、五人の人影があった。

だが、その素顔は能面を思わせる仮面に隠れて見えなかった。

春明はためらうことなく、建物へ上がり、彼らの前に正座した。

秋奈もそれに続き、腰を下ろした。

「土御門春明、参りました」

おもてを上げよ」

正面に座していた男が春明に命じると、春明は顔を上げた。

「土御門の若造、そなたの後ろに控えている娘は何者か?」

「よもや、徒人ただびとをこの場に連れてきたわけではあるまい」

「この娘は徒人ではございません。いまだ無自覚、そして微弱なれども我らと同じ、力を持っております」

「……ちょ、土御門くん。どういうこと?徒人ってなに?力って??それに、あの人達は一体……」

秋奈は自分だけがついていけていないこの状況に耐えかねて、明守に自分が現在、置かれている状況について問いかけた。

だが、春明はその問いに答えることはなかった。

代わりに、目の前にいる五人が代わる代わる答えていった。

「力とは、すなわち魔力」

「世界の理を操り、自然と感応する力」

「わかりやすく言えば、そう……魔術を使う力、というところか」

「もっとも、今のそなたに語ったところでわかるはずもなかろう」

「魔術はいまや捨てられた忘れられた技術。現代を生きる者たちに理解できるものではない」

五人の言葉は、秋奈には理解できなかった。

いや、言葉そのものは理解できる。のだ。

だからこそ、わからない。

目の前にいる彼らは、何と言ったのか。

魔力、つまりは魔法を力が自分にはわずかながらあると言っていた。

そして、いま自分の隣にいる春明も魔法を使えるのだという。

それらを統合すると、つまるところ。

「え、えっと……つまり、わたしにも魔法が使える可能性がある、ということですか?だから、ここに連れてこられたってことなんですよね??」

「……存外、頭の回転は悪くないようだ」

秋奈の問いかけに、一人が驚いたとでもいいたそうな態度で返した。

その態度に、秋奈は、そんなに頭が悪そうに見えるのだろうか、と頭を抱えたくなってしまった。

そんな秋奈の様子に、そっとため息をつきながら、春明は彼女を弁護した。

「彼女は言われていることは、わかっているようですが、実感が沸かないようです」

「……土御門くん、さらっとひどくない?」

「間違ってはいないだろ?」

「その通りだけど」

春明からの容赦のない一言に、秋奈は頬を膨らませ抗議したが、言っていることが正しいため、それ以上、反論することが出来なかった。

春明は秋奈の抗議を無視して、目の前で座している五人に再び頭を下げ、問いかけた。

「通例なれば、このまま、この娘の記憶を再び封じ、徒人としての生活に戻すべきところではございます。しかし、近年の魔術師の減少を考えても、一人でも技を継承するものが必要と思われます」

「……なるほど。そなたの言いたいことはわかった」

「その小娘、しばらく土御門家の預かりとする」

「娘、励めよ」

「しかし、心せよ。そなたが覗こうとしている世界は、そなたの常識の外にあるもの」

「ひとたび気を緩めれば、そなたの魂、欠片も残ることなく砕ける」

春明の要望を聞き入れた五人は、秋奈にそう告げると、静かにその場から消えていった。

五人の姿が消えると、春明は足を崩し、大きく息を吐きだした。

「……ふぅ……どうにかなったか……」

「ね、ねぇ、土御門くん……いまのって、一体……というか、ここ、市役所なんだよね?!市役所に地下階があるなんて聞いてないよ?!」

「あぁ……順を追って説明するから、まずここから出よう」

これ以上、一分一秒でも長くこの場にいたくない、といいたそうな顔で春明は答えた。

春明の学校では見せることのないその様子に、秋奈はただ黙ってうなずいて返した。


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市役所を出た春明たちは、市役所のすぐ裏にある居酒屋の前にいた。

コンクリートの壁に不釣り合いな、昔ながらの格子戸と『うたげ』と書かれた暖簾のれん

いかにも、居酒屋という風情を見せているその店に躊躇ちゅうちょなく入ろうとする春明を、秋奈は慌てて止めに入った。

「ちょっ?!なんでためらいなくはいろうとしてるわけ??!!」

「問題ないからだ」

大アリダメでしょ!!わたしたち未成年だよ?!」

「この店の大将とは顔見知りだ。それに、いろいろ説明するにはここが

そう言って、秋奈の制止を振り切り、春明は暖簾をくぐり、店の中へと入っていった。

躊躇のないその姿に、秋奈は困惑したが、観念したように春明に続き、暖簾をくぐった。

暖簾をくぐったその先に広がっていた光景は、秋奈の思考を一瞬で停止させた。

しかし、その表情は決して、恐怖や困惑で歪んではいなかった。

むしろ、感動に輝いていた、あるいは驚愕で目を見開いていた、と表現すべきだろう。

店内は外見の風情ある趣に違わず、純和風の雰囲気をまとっていた。

壁と天井はさすがにコンクリートであったが、カウンター、テーブル、メニュー、装飾、それらはすべて木材を使用した、どこか温かみのある内装をしていた。

さすがに床は土足で入店させているという都合上、清掃がしやすいようになっていたが、コンクリートとはどこか違う印象を与えていた。

そして何より、にこやかな笑みを浮かべあいながら、店に訪れて料理や酒に舌鼓を打っている客たちと、その客たちから注文を受け、笑顔で接している給仕とカウンター席の奥で調理をしている大将の優しそうな顔が店内の空気を和やかで温かなものにしていた。

「いらっしゃいませ!」

「らっしゃい」

給仕の女性とカウンター付近の厨房で何かを調理している大将がかけてくれた声が、どこか安心感を与えてくれた。

その給仕の女性と大将が春明の姿を見るなり、笑顔を浮かべた。

「あ、春明くん!いらっしゃい」

「よぉ、土御門の若いの。珍しいな、帰りか?」

「どうも、佑香ゆうかさん、大将……いや、まぁ帰りといえば帰りなんですが……」

春明は佑香と呼んだ給仕と大将に、困ったような笑みを浮かべながら、後方にいた秋奈の方へ視線を向けた。

その視線につられるように、二人は、いや、二人だけではない。店にいた客全員が春明と秋奈の方へ視線を向けた。

同時に、客たちはひそひそと声を細めて何やら話し始めた。

「おい、土御門の坊主ぼんの後ろにいるの……」

「あぁ、驚きだ……」

「あいつも隅に置けねぇな」

「なまじ、顔の作りはいいんだ。そういう女の一人や二人、いてもおかしかねぇだろ」

本人たちは小声で話しているつもりだったのだろうが、あいにくと、酒に酔っているためか、声の大きさを調整しきれていないようで、話題に上がっている当の本人の耳に筒抜けていた。

「……おっさんら、なんか失礼な勘違いをしていないか?」

額に青筋を浮かべながら、春明は客人にそう問いかけた。

が、客人たちは一切、悪びれることなく、むしろ、絶好のからかいの種を得た、とでもいいたそうに意地悪な笑みを浮かべていた。

「なんのことだぁ?というか、何をどう勘違いしてるっていうのかねぇ?」

「それとも、意識してるってことはそういうことなんじゃないのか?」

「ほらほら、観念して薄情しようや、若いの!」

「……もういい。佑香さん、烏龍ウーロン茶二つ」

春明はため息をついてカウンター席に腰かけ、佑香に注文を伝えた。

注文を受けた佑香は苦笑を浮かべながら、了承すると、厨房へ下がっていった。

一方、入り口に突っ立ったまま、微動だにしなかった秋奈は、春明の呼び声を聞いて、ようやく隣に腰かけた。

すると一分もしないうちに、二人の目の前に烏龍茶とお通しのポテトサラダが置かれた。

「あ、おいしそう……じゃなくて!!いいかげん、説明してよ、土御門くん!!」

「わかっている。が、まずは少しでも何か入れておけ……さっきから鳴ってるぞ」

小皿に盛られたポテトサラダに素直な感想を漏らした秋奈だったが、いいかげん、堪忍袋の緒が切れたようで、少しヒステリックになって春明に問いかけた。

秋奈のその反応を、半眼で睨み返しながら、春明は静かにそう返した。

指摘された瞬間、秋奈の腹が、きゅぅ、とかわいらしくも大きな音を立てた。

その音は店中に響いたらしく、音が止んだ瞬間、後ろの席に座っていた先客たちが大声で笑った。

さすがに失礼であるということをわかっていた大将と佑香であったが、それでも笑いをこらえきれなかったらしい。

笑い声こそ上げてはいなかったが、肩を震わせ、必死に笑いださないよう、こらえていた。

唯一、春明だけが笑っていないことが救いなのだろうか。

だが、秋奈は十六歳。花盛りの乙女にとって、これほど恥ずかしいことはない。

秋奈は顔を真っ赤に染め、席に座ったまま、縮まってしまうのだった。

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