0406(金)

 総勢120人、つまり普通の都市部の学校なら1学年にも満たない数なので、元々いた32人を除く46人は、学校の寮に続々と戻ってくる前に私達の事を知っていた。

 そして、何時も出しているけだるけな空気を除けばタチアナは美少女なので、特に彼女の方へはほぼ全員が挨拶に来たらしい。


「さて、ここで紹介しておこう」


 なので、この日に行われた始業式の司会をする教師主任の宇佐美先生は、そう前置きした上で私達を紹介してくれた。


「春っちは飛騨で私を助けてくれたんだ!」


 というカズちゃんのフォローで、同学年の人の全員が挨拶に来てくれたのは嬉しかった。


「まずは2人に覚えてもらうために席は出席番号順にするぞ。それに隣の成長を見るのも一興だろ」


 という事で、私が前、タチアナが後ろという形で座る事になり、しっかり耐震工事をしている木造校舎で木に囲まれながら授業を受ける。

 授業、といってもそれらしい物だったのは2時限目の学活の時ぐらいで、1時限目は始業式、3時限目と4時限目は身体測定に費やされた。


「169です」

「はいよ」


 身体測定の時より前に宇佐美先生に紹介された三木叶先生は、魔法測定も担当している先生で、昼御飯を食べてから私はまた保健室に向かう。


「うん、向こうの時と変わらない数値ね。飛騨で使った分は回復したんだ?」

「はい」

「若いって良いわねえ」


 しみじみとした先生の声に返事はせず、服を着る。


「またいつでも来なさいな」

「ありがとうございます」


 保健室を出ると、窓枠にもたれかかっていたタチアナが、ばっと顔を上げる。


「待たなくても良かったのに」

「もう決まってるからネ」

「最後が危ういけど良くなってるよ」

「……ありがとうСпосибо

「ん」


 カズちゃん達は「結構ナチュラルじゃん」らしいけど、細かいタチアナは完璧になれるように懸命に勉強している。

 それをそのカズちゃんから聞いているので感想を言うと、顔をそむけながらも礼を言ってくれた。


「ここが図書館か」

ええДа。思ってたより揃いが良いわ」

「ありがとう」


 最後の声にカウンターの方へ向くと、始業式の時にもマントをしていた住谷佐久子先生が微笑みながら立っていた。


「カチロヴァちゃんと一迫君ね」

『はい』

「1年間よろしくね」

『よろしくお願いします』

「ふふ」


 ……一緒に日本語の練習をしてきたからか、やっぱり被る所があるなあ。

 横目で見たタチアナは少し顔が赤らんでいて、さっさと奥の方へ歩き始める。彼女が昨日の内に決めていたという借りる本はどれも分厚く、彼女が好きそうな物ばっかりだった。


「上へは階段を登れば良いのですか?」

「ええ」


 図書室を出て、階段を登り、現れたドアを開ける。


『わあ』


 その先に広がっていたのは、天空の緑。人工芝がふと吹いた風になびき、波を作り出す所だった。


「木の板も良い雰囲気を出してる」

「ええ」


 みんなの間では『広場』と呼ばれてるらしいこの場所は、2階建ての『麒麟』の屋上にあるので、長屋=1階建ての屋上にある洗濯物が見えてしまう。そのために、建てられた左右を覆う木の壁も緑と協調していた。

 普段は自習する人や美術の宿題をしている人で最低1人はいるらしいが、今は誰もおらず、特等席と言われる出入口から一番奥の所に座る事が出来た。

 大まかに東西に流れる愛知川沿いの山肌に張りつくようにあるこの学園の建物なので、南側の高い建物からは愛知川や川沿いの集落を見下ろす事が出来る。なので、特等席と呼ばれているわけだ。まあ、更なる特等席はこの更に上にらしいが。


「はい」

「……準備良いわね」

「『御大将』さんに言ってみたら水筒ごとくれたからね。しっかり飲み干さないと」

「頂戴」

「了解」


 ほどよい温かさの緑茶を飲みながら、私はある長編推理小説のシリーズを、タチアナはトルストイさんの全集を読み進める。

 村長が餞別としてくれたモコモコのコートに包まれ、時おり列車が通り過ぎる音や鳥の鳴き声や長屋の喧騒が聞こえるだけなので、予想以上に休憩もなしに読み進める事が出来る。


「見いつけた」


 なので、その呼び掛けに振り向いた時、ゴキッといつも以上に首が鳴り、しばらくその痛みが体に響き渡る事になる。

 一方、私を呼んだ勝秀は、振り向いた直後に急にテーブルの上に頭を乗せた私に驚き「大丈夫か」と近付いてくる。


「首が固まりすぎた」

「ああ……何時間ここに?」


 腕時計を見て、図書室にあった時計の時間を思い出して……。


「4時間だな」

「Wow」

見事な発音That's stunningだなpronunciation

「数学用語には英語もあるしな」

「なるほど」


 喋ってる間に回復した私は、顔を上げて、近付いてきた勝秀の方を見る。


「その紙は?」

「春海に関係してくるものさ」


 そう言ってテーブルの上に置かれた紙の中身を読んで、また顔を上げる。


「……部するのか?」

「ああ。はや太はオッケーしてくれたから後は春海が来れば創部条件をクリアするんだ」

「WSPは何の略称?」

戦国時代WarringStatesPeriodの」

「何で私?」

「颯太以外のクラスメイトは全員『どちらかというと入部したい』以下だったから。けど、春海は特に歴史の教科書をよう読んでるっぽいから興味深いかな、と」

「……よく見てるね」


 ……部活、か。確かに歴史は好きだし、羽柴隆太郎の祖先はОбезьянаだし、特異そうな部活に入ってた方が興味を持たれるな。


「わかった。入るぜ」

「そうか!」


 さて、後はタチアナに『役割分担』をーー。


「私も入るわ」


 はい?


「カチロヴァさんも?」

「迷惑かしら?」

「Нетでございます」


 よっしゃー!! と勝秀が叫んでいるのを横目に見ながら、私はタチアナに文句を言おうとするがーー。


「なにかしら?」

「……Нетでございます」


 怒ってますね、はい。

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