0404-4

 40人1クラス3学年。

 それが近江州神埼郡八風やつかぜ町にある私立ゆずりは中等部学園の生徒の総数である。

 そして春休み終了まで後2日の今は、その総数のクォーター4分の1より少し上の32人だけである。といっても、明日にはほぼ埋まるらしいが。


『ふむ』

『?』


 陸軍or海軍という2人だけ迷わせた夕御飯が終わると、昼飯のように散らばるわけではなく柔らかく固まりながら、男女それぞれの長屋の奥に向かう。

 その土間のもう一方の端は新しそうな木の扉で、その先に大浴場がある。場所的には長屋と、愛知川に真っ逆さまの崖の間になる。

 脱衣場で脱いで、早い順にそれぞれ毎日代わりばんこの監視役の先生も含めて、男16人が次々と入っていく。


「慎重に素早く行かんと浸かれる時間が少なくなるから、スタートダッシュが必要なんよ」

「ふむふむ」


 近畿圏内の備州から来たという同室の三上勝秀から入浴時間の事を学びつつ、張られたお湯を入れた洗面器で頭を洗う。

 60人全員が揃った時は休憩した後に広く1時間取っているので、だいたいのんびりとしているらしいが、今日は数が少ないので30分と短めだ。


「久しぶりの屋内風呂だ」

「陸軍だから、テントの中のやつ?」

「ああ」


 名古屋でも入らないか? と誘われたが、さすがにそれは断ったし、2日ぶりの風呂という事にもなる。

 騒がしくも癒される風呂に浸かっていると、私の左側に男のカズちゃんがやって来る。


「どう? ソ連に……あったか?」

「他のヨーロッパと同じようにシャワーだけの方が多いよ。けど、村には公共浴場があって、同じ村の皆とも行っていたよ」

『へー』


 シャワーに固執しなかったので、思いの外長く浸かる事ができ、ホカホカしながらパジャマ代わりの服を着て、先生の号令で自分達の部屋に戻っていく……わけではなく、そのまま土間を突っ切って、食堂へと向かう。

 その食堂には、大きな鍋で温められた牛乳がデンとあり、ほとんど自由にそれを皆が飲んでいく。冷たいのは体にNGなので、という事らしい。


「ちゃんと入れた?」

「入れたわよ」


 ほとんど近い所を行くので眼鏡をかけていないタチアナと一緒に駄弁りながらホットミルクを飲み、両方の寮と食堂を結ぶ通路を底辺とした二等辺三角形の頂点にある教師寮に住んでいる宇佐美先生から明日の事を聞いて、先生の号令で解散する。

 それでやっと部屋に戻り、上がりに普通に置いていた洗面器とその中の用具を持って中に入る。


「改めてだけどーー」


 部屋の人全員が揃ってから、私は口を開く。


「これから1年間よろしくお願いします」

『おう!』


 そして、部屋の皆でババ抜きをやり始める。


「1抜け!」


 まず最初に上がったのは、越後新発田の方から来た矢田佳知ともくんだ。


「それじゃ抜けるね」


 カズちゃん曰く「天然男の娘!」らしい肥後天草から来た吉井颯太はーちゃんが、私から抜いたカードを見て、ホッとしながらともくんのすぐ後に言う。


「Good night」

「綺麗な発音だな、こん畜生ちくしょう!」


 最後、私が表情で丸わかりの三上勝秀かっちゃんから最後の1枚を引いて、京都から来た彼が叫ぶ。

 最後の最後に一斉に決まる接戦でババ抜きは終わり、かっちゃんはババのカードを持ったまま寝転がる。


「変わらずかあ!」

「これで27連敗だな」

「いい加減馴れてきたぜ!」


 体を前に起こしたかっちゃんは、その勢いのまま立ち上がり、また食堂の方へと向かう。

 数分後、ちっさなチョコを4つ持ってきたかっちゃんは私達に1つずつ放り、そのまま自分の四角の卓袱ちゃぶ台の前にどかっと座る。


「とも! 今日の範囲!」

「うーん……16から18で」

「……了解!」


 謎の会話に? となっていると、私の隣の卓袱台であるはーちゃんが耳打ちしてくれた。


「マス検定の勉強してるの」

「マス検定?」

「数学の賢さ? を計る検定で今は1級の勉強をしてるらしいよ? 微分・積分やアルゴリズムとかが範囲なの」

「……学年1?」

「2位。クラスにはーー」

「『イシャンゴ』がいるからな」


 スススと近寄ってきたともくんが会話に加わり、はーちゃんがタチアナの時のような反応でびっくりする。


「イシャンゴってイシャンゴの骨?」

「……博識だな」


 最初期の素数列や、古代エジプトのかけ算が書かれた遺物だったけか。最初期の数学の記録だから……。


「つまり数学全てに精通した猛者もさがクラスに?」

「ああ。噂を聞き付けた数学オリンピックの優勝者をけちょんけちょんにするぐらいの化学者ケミストがな」

「……濃いね~」

『濃いよ~』


 暖かい目で見られている事をかっちゃんが気付き、反応したのはそれから数分後の事だった。

 午後10時、自動的に長屋の灯りは土間以外の非常灯以外全て切れて、私は久しぶりに緊張などをせずに眠る事が出来た。

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