0404-3

 正午丁度。

 制服から家用のジャージに着替えた私とタチアナは、食堂の……食事を注文してそれを受け取る所の前にいた。何て言うんだったけ、ここは?


紳士淑女の皆様Ladies' and gentleman! ここに居続けたり帰ってきた総勢32人よ! 遂に揃ったぜ!」

『いえーい!!』


 私の横で手元に持っている拡声器なんかいらない音量で叫んでいるのは、3年生の長・年長であるアブクマこと阿武久万くま。それに、食堂に集まっている生徒達が応える。


「ソビエト連邦はサンクトペテルブルクの近くの村! そこからやって来たのはぁ! 美男美女のペアァだ!」

『うおー!』『きゃあ!!』


 …………恥ずかしい。


「高岡と飛騨の英雄・一迫いちはざま春海はるみとぉ! 赤髪と銀目の美女・タチアナ=イヴァーノヴナ=カチロヴァにぃ! 盛大な歓待の拍手を!!」


 こんな山奥じゃなければ近所迷惑だろうなと思えるぐらいの音量で、31人+αの拍手が響き渡る。


「打ーちましょ!!」パンパン!

「もひとつせぇ!」 パンパン!

「祝うてぇ三度ぉ!」 パパン! パン!

「ありがとうございましたぁ!」


 手締めの拍手に、私達も礼でこたえて、ノリの良い歓迎会は昼御飯へと変化する。

 これ以上纏められて来たら許容範囲を越えるので、内心ホッとしながら予め頼んでいたα定食ーー唐揚げ定食ーーを受け取る。β定食ーーパスタ定食ーーを受け取ったタチアナを待ってから、αのカズちゃんとβの少女がいる席に座る。

 4人掛けの席が9つ、全て埋まったのを見てから、さっきまで私達が立っていた所に『おん大将』と呼ばれている厨房に立って40年のおばちゃんが出てくる。


「お残しは許しまへんで!」

『いただきます!』


 あるアニメのキャラクターを見て変えたらしい号令に合わせて、私達は食べ始める。


の作る料理はどれも美味しいでしょ~?」

うんДа!」「はい」

「どやあ」


 擬音を声に出しているのは、ニコニコと私達を見渡している御大将の一人娘の敷島美桜みおさん。最初は大人しそうな人だなと思っていたが、実際はその逆だった。

 飛騨高山カズちゃん越中高岡敷島さんで隣同士なのでこの学園に入る前の制服採寸などの時から仲良く、私とカズちゃん、タチアナと敷島さんという繋がりがあったため一緒に食べる事になったという訳だ。

 主にその2人の思出話を肴にしながら食べ進み、比較的早く食べ終える。


『ごちそうさまでした!』

ごちそうさまでしたСпасйбо за угощение

「ごちそうさまでした」


 タチアナが横目で睨んでくるが、私はカズちゃんの後ろについていく事にする。


「ターニャちゃん?」

「……今行く」


 仲良き事は美しき事かな。


「モテモテじゃ

「同郷だからだよ」

「そうか~」


 つぶらな瞳にぷるっとした唇が自慢というカズちゃんは、それ故に中では女の子らしく振舞い、外では男の子として過ごしているらしいが、ここは「大丈夫」なので男言葉で寮の方へ向かう。

 縦3つに東から男子寮『青龍』、総合棟『麒麟』、女子寮『白虎ちゃん』が並んでいるが、その寮の建物は特徴的だった。


「まさか科学先進国に来て住むとは思ってなかったよ」

「近代めいてるけどな」


 北側にある食堂などと通じる屋内通路から、上は屋内通路と同じ屋根がついている屋根のまま、下も土のままという所謂いわゆる土間に入る。

 2人分の横幅がある通路の左右にあるのは真っ白の障子であり、それをLEDの電灯が静かに照らしていた。

 1年の時から同じ部屋でカズちゃんらが入った時は一番手前の群だったので、右手の3つ目の部屋が私達の部屋だった。


「何か聞きたいことがあったら『リレーションRelation』で」

「ああ」


 学園では年に1回あるかないからしい転入生なので、出席番号は最後の方で、当然部屋割りも後ろの方になる。

 という事で、私が来るまでは2人部屋だったらしい『5号室』に入るわけだが、その前に当然上履きを脱ぐ。4年前から使ってる物だが、まだまだ使えそうである。それを奥に押し込み、上がりに座ったまま鍵を開け、それで閉じられている障子を開けてそれから立ち上がる。


 ブルッと、携帯が震えたのはその時だった。


「……宇佐美先生から?」


 高岡の時に交換した宇佐美先生から『校舎に来れるか』という一文。

 少し考えてから、返事を送ってさっきのとは逆の事をしていく。


「どっか行くのか?」

「ああ、校舎の方に」

「一緒に良い?」

「……部活?」

ああДа


 近畿圏外なら120人の内の6割72人、畿内圏外なら8割96人が来ているこの学園では珍しい部活の1つである『陸上部』に入っているカズちゃんと一緒に、朝辿ってきた道を降りる。


「寂しくなったら前の運動場で走ってるからね」

「了解」


 2階建ての木造の普通教室棟の前で別れ、靴箱の『39』に上履きを入れ、寮で渡された下履きを履いて、階段を挟んだ所にある扉を叩く。

 中から返事がしたので開けてみると、職員室の中にはスーツ姿の宇佐美先生しかいなかった。


「いきなり呼び出して済まないな」

「いえ。どんな御用でしょうか?」

「何、ここにアポなしにやって来た人がヒーローの君に会いたいと我ままを言ってきてな」

「我儘とは酷い言い草ですの」


 職員室に繋がっている学園長室から現れたのは、これぞ一昔前の日本の老人という風格の男性。


「聞いてらっしゃったとは。わかっていればアポなしは言わないつもりだったのですが」

「人が限りなく少ないこの校舎で靴を履き替える音が聞こえてきたから出てきただけの事」


 真っ白な髭の束を撫でながら近付いてくる老人を見ながら、私は気配を感じれなかった事に警戒心が沸き上がってくるのを感じた。


「ソビエト連邦から転入してきました一迫春海です」

学園長の羽柴隆一郎じゃ」


 …………いきなり?


「なるほど、その辺の少年達とは違うの」

「そりゃあ前が『あれ』ですし。総学園長にも通じる物があるのでは?」

「あれは飾りじゃよ」


 飾りだったら、これほどの重厚な殺気を出すことは出来ないだろう。


「1年間、ひいては4年間よろしく頼むぞ」

「はい。タチアナと共によろしくお願いいたします」


 そして、名古屋から帰る途中に立ち寄っただけというこの学園も含む学校法人の長である羽柴公爵は、私達と話しただけで本当に帰っていった。

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