0404-2

「カズちゃんじゃない~」

「坂江さ~ん! 元気にしてました?」

「ええ。ラジオ体操のおかげで毎日元気よ。今日、畑に来れる?」

「ごめん! 今日はこの子の歓迎会があってね」

「あら? 新入生?」

「一迫春海です。転入してきました」

「あら! 珍しいわね~。じゃあ、これあげるわ~」

「…………」

「大丈夫だ」

「ありがとうございます」

「こんなイケメンにお礼されるなんて! 93年生きてて良かったわ~」

「…………」

「本当だぞ?」


「飛騨のお嬢ちゃん!」

「上林さん! 行きの時にはいなかったじゃん!」

「これを棚から出してた所だったからな!」

「……3つセットで」

「おうよ!」

「私は5つセットで」

「はいよ! 新入りの坊っちゃんは?」

「……1つで」

「了解! 気に入ったらまた買いに来てくれよ、この神戸牛のジャーキーをな!」

「…………」

「これも本当だからな? うん、旨い」


 ホクホクのビーフジャーキーは、下の方が3月並みの気温なのでそれより寒い空気を柔らかくしてくれた。

 そしてそれを男らしくガツガツ食べている……カズちゃんは、下はタイツ? にショートパンツ、上はジャケットを着て、いつものスーツ姿である宇佐美先生とベンチの上で食べ干す。


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「毎度!」


 駅から正門までの間に2つほど寄り道をしたが、その他は何もなくカズちゃんが先導して歩いていく。

 すると、少し前に見た和風のゆずりはの里とは異彩を放っている赤レンガの壁と、その間の重厚な黒い門が見えてきた。

 その門の右側にカメラ付きのインターホンがあり、カズちゃんはそれを迷いなく押す。


『か~ず~?』


 間隙なく、怒気満タンの声がインターホンの向こうから、彼女の後ろに立つ私達にまで聞こえてきた。


「……怒ってる?」

『先生と一迫君が乗ってきた列車が着いたのは何時だ?』

「………………ごめんなさい」

『ん』


 プツンとインターホンが切れてから、自動的に黒門が横に開いていき、赤レンガの奥へと動く。

 そのすぐ先にあったのは、30分前まで乗っていた列車が走る鉄路と、それを横断するコンクリート。つまりは、踏切がそこにあった。


「これが名急と学園が大きく関わっていた最大の証拠ですよね?」

「……証拠と言えば証拠だろうな」


 渡りきった所で、列車が来るのを名急の運転指令室からの情報で判断している自動ドアが閉まり始める。

 そのごつい黒門の自動ドアの先にあるのが、琵琶湖に注ぐ愛知川に架かる石造りのアーチ橋で、橋の上は綺麗に掃除され、掃除できない所はこけや変色があったりして、逆に古さを感じれた。

 そんな橋を渡り、川の両側にある頑丈そうな堤防と学園の敷地の境界となっている無駄に高いフェンスの間の花飾りがつけられた門をくぐると、こちら側の奥に体育倉庫がポツンとあるだけの運動場が広がる。

 ショートパンツのカズちゃん、陸軍で洗ってもらった高岡に着いた時に来ていたこの学園の制服、スーツ姿の宇佐美先生という不揃いな私達は、黙々と運動場の端にあるコンクリートの道の上に歩く。


「先生」

「ん?」


 カズちゃんが呼び掛け、先生が反応したのは、愛知川とは反対側の山側にある階段に差し掛かった時だ。


「カレーは……嫌い?」

「何カレーだ?」

「陸軍カレーです」


 前を見て階段を登っているカズちゃんには、恐らく同時に浮かべた私達の表情の変化には気付かなかった。


「カレーは好きだが……」

「ですよね」

「こら、ちゃんと聞け。好きだが、だぞ?」

「という事は?」

「朝飯に食べたから今日はいらん」

「よしっ!」


 声は高く、しかし言葉は男っぽく、けれども仕草は女の子っぽい。そんなカズちゃんの喜びようを見ながら、私もどうしようか考える。

 考えている間に、堤防や名急の線路より一段上の第一運動場の端にある花道を歩き終わり、左手に下見で回った木造の校舎3つが見えてくる。


「挨拶は後で良いだろう。どうせ、あの人も寮の食堂に来るだろうし」


 という先生の言葉で校舎には入らず、校舎の奥にある花飾り付きの門をくぐり、また階段を登り始める。


「花尽くしですね」

「先輩さん達がずっと繋いで来たからね。ちゃんと調和もとれてるでしょ?」

「うん。ここの奴は疲れが取れるようだよ」

「わかってるぅ!」


 そして、開けた所に到着ーー。


Весна!」


 した直後、私服姿のタチアナが大声をあげて、得意の水『弾』を飛ばしてくる。

 対して、俺は力のないそれを風の魔法によるレールでそらして、茂みに追いやる。


『おおー!!』


 一連の動きを見ていた彼女の後ろの生徒達が歓声をあげて、彼女の意図を察する。


「これが私を助けてくれた魔法ね!」


 目の前を水弾が横切ったのにも関わらず、カズちゃんは目をキラキラさせる。

 やっぱり、ここは普通より魔法に対する耐性が強いな、とタチアナが宇佐美先生に怒られ始めるのを見ながら思う。

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