0404(水)

 飛騨の現場からは富山の方が近い。そこから、大人の魔法使いならば陸軍の車に乗って途中まで送ってもらうが、私は子供の、しかもカメラの面前で留萌さん曰く「アクション俳優の最大の見せ場」をやってのけたらしい魔法使いなので、富山に行くと面倒な事が起きる。

 ということで、そろそろその文言の実感が無くなってきた何度目かの『特別な措置』に基づき、私とその保護者役の宇佐美先生はヘリで別の駐屯地に運ばれる。


「ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。将来ここに来てくれる事を願っているよ」

「……出来る限り善処します」


 4月4日午前6時11分。

 私達はとんぼ返りする留萌さんに見送られて、名古屋城下にある第3師団司令部を出る。

 ここからは「公費で」学園まで列車を乗り継いで帰るので、互いに眠気のために無言のまま城の東側の道路の下を通る地下鉄に乗る。

 名古屋市の中心部……ではなくその東側を環状運転する地下鉄に乗り久屋ひさや大通駅、栄駅、矢場町駅、大須駅、大井町駅と人が増えていくのを見ていき、乗り換える金山かなやま駅で降りる。


「複雑だなあ」

「ですねえ」


 官鉄の名古屋線と東海道本線、私達がこれから乗る路線の会社とよく間違われるので改称した濃尾電鉄の本線、そして乗ってきた地下鉄の環状線と名港線。その5つに加え、私達がこれから乗る路線が交わっているので結構ややこしい。

 といっても、乗ってきた路線から乗る路線まではエスカレーターをのぼり、すぐ隣のエスカレーターを降りれば行ける。

 環状線の1面2線の島式ホームの反対側にある2面4線のホームが、法の上ではここから西向日駅までが範囲内である名阪急行鉄道、通称・名急の本線のそれである。


「ふむ、八日市行きか」

「乗りますか?」

「書類が私を待ち遠しにしてるだろうから遠慮しとくよ」


 島式ホームの内側に止まっている特急の券を買い、朝っぱらの平日なのでサラリーマンがちらほらと埋めているだけの自由席に座る。

 午前7時丁度、今日3本目の名急梅田行き特急はいつもの時間帯にいつものように名急金山駅を出る。


「朝御飯食べるか?」

「はい。陸軍の人が作ってくれたんですよね」

「ああ。四角形だからパック系だと思うが……」


 包みをといた直後、私達は固まる。


「……茶色だな」

「茶色ですね」

「その下は白だな」

「美味しそうな白です」

「断言しよう。絶対この中身は甘口だ」


 甘口でした。

 冷えても美味しいカレーを、側に付けられていた物で匂いを消しつつ食べている内に、特急は地下から曇り空の下に姿を現した。

 3月中旬の気温らしいが、車中は丁度良い具合に暖房が効いていて、充分すぎるほどの朝御飯と単調な住宅街が加わってあっという間に寝てしまった。


「一迫君、そろそろだよ」

「……ありがとうございます」


 眼鏡をかけタブレットで色々と仕事をしていたらしい宇佐美先生は目を揉みほぐし、私は声を出さないように外を向いて大きな欠伸あくびをする。……駅のホームと人が見えたが、瞬間的だからわからないだろうな、うん。

 快調に飛ばした特急は、四日市・関ヶ原・長浜方面に行ける西養老線にも乗り換えれる三里駅に止まり、そこで私達を含めて数人ぐらいの人が降りて20人くらいの人が乗り込み出発する。

 一方、サイクル型のダイヤのため特急が着いて5分後にきっかりと着た馬場行きの急行は、クロスシートでも4分の1くらいが空いていた。


「今度は寝ないのか?」

「こっちの方に来るのは中々無いですから」

「…………まあ、そうか」


 そういう訳で、本線の車窓のクライマックスと言われる鈴鹿山脈を横断する約6000メートルある石榑いしぐれトンネルで寝かけたが、そこは踏ん張って山間に出るまで耐える。

 

「降りよか」

「はいっ」


 三里駅と八日市駅の間は待避などの関係で、この急行しか各駅に停まる物は無いので、ここで乗り過ごしてしまえば歩いて戻るしかない。

 スマホで見た衛星画像を思い浮かべながら、トンネルを出て少し走った先の八風街道国道421号知川の間にあるゆずりは駅で降りる。

 これから1年通う学園の最寄り駅であるその駅は、代わり映えのない相対式ホームで、下り側は愛知川しかないので八日市側に遮断機付きの信号があり、ホームの両方に綺麗な駅舎があるぐらいだ。


「第一印象はどうかな?」

「……すごく日本ですね」

「すごく日本、か。うん、そういう感想もあるな。私は『ここに永住しよう』だったよ」

「だから8年も?」

「ああ。いつもこの場所は良い」


 私達の他に降りた老夫婦は既にホームからいなくなっていて、宇佐美先生は鋭い瞳を柔らかく細めて渓谷を見渡す。私もそれにつられて、ペテルブルクや名古屋とも村や飛騨ともまた違う空気が漂う今を味わう。


「春っち!」


 何分ぐらい経っただろうか、後ろからそんな声が聞こえてきて、私は頑丈そうな柵しかないホームから国道を見下ろす。

 そこには、飛騨の列車で助けたーー。


「……滝間……君?」

「今は滝間『さん』だよ!」


 滝間一盛がいた。

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