0403(火)

「はい、はい。わかりました。預けてもよろしいんですね? ……確認したまでです、大切な教え子達ですから。……いえ、こちらこそ疑ってしまい申し訳ございませんでした。では……」


 そう言って、ショートカットが所々立ったまま宇佐美先生は電源ボタンを押して、1つ息をつく。自身が勤める学園の系列の最上部の人と話したからか、小粒の汗が見えた。


「どうでした?」

「OK出ました。よろしくお願いいたします」

うけたまわりました」


 本国から恐らくは系列全体に恩を売らせるという意図で提案・実行された事は、交渉の末に2日で実行に移される事になった。


「すごいね、君のお父さん」

「まあね。違法といえば違法だけど」


 舞鶴港にたまたま寄航していた強襲揚陸艦『ポルタヴァ』の装備・人員をそのまま緊急援助隊として流用し、主に越中地方の救援に回らせる事が決まったのが、地震が起きて8時間後。

 それから2日経った今、装備などの問題から輸送機で運ばれてくる別の部隊と交代する事になり、舞鶴港への帰還が決まった。


「こういう具合に乗る。くれぐれも一切話そうとするなよ」

『はい』


 そして、その車列の中の1つに女子中学生人が乗り込んで、その舞鶴港まで送ってもらう。後は、動き始めた列車に乗るだけである。

 そう決まったので、駅近くの避難所で手伝いあっていた地元の人達と別れを惜しみ、1人は「後ろ髪が引かれるよぉ」と飴がふんだんに入った袋を持って呟きながらも待ち合わせ場所に向かう。

 そして、一般人は……というよりかソ連人以外は立ち入り禁止の場所で、彼女達を先生と一緒に


「済まないね。来て早々こんなことをさせてしまって」

「これが魔法使いMagicianの責務ですから」

「一般人を代表して感謝するよ」


 見送った私達は、そのままソ連軍の軍人に案内されて、越中の災害対応本部である州政府にやって来る。


「国立ツァールスコェ学園中等部2年生の一迫春海です。魔法使いとしての『責務』に基づき、ここに参りました」

「保護者兼『依頼人』の宇佐美直虎です」

「……日本第9師団師団長の飯塚玄三です。上から話は聞いているので、すぐに向かってもらいます」

『はい』


 魔法使いの責務、つまりその能力を使っての率先した人命救助は、今の時代では通常なら未成年は参加ないというのが、暗黙のルールになっている。

 しかし、今回は事態が事態なだけに、また日ソ両国政府の承認があったために今回の参加が認められた。


「これは……」

「くそっ」


 越中に入ると神通川と名前が変わる宮川にかかる飛越本線の橋の1つ。それが、富山側からの山崩れによって片方の支えを失い、もう片方の支えは跳ね上がっていた。それだけでもスペクタクルはあるが、今回はそれだけにとどまらない事態になっていた。

 鉄橋本体と崩れてきた山の重さによって、鉄路を引きちぎって跳ね上がった所に、ワンマン電車が乗っかっていたのだ。


「見てくれた通り辛うじて後輪でバランスを保っている状態だ。昨日、その片方が重みにやられて吹っ飛んだのはテレビで見ただろ?」

「はい。それほど危ういから、救助のために近付く事も、中から動くことも出来ない」

「落ちれば、雪解けと雨で増水している宮川にまっ逆さまさ」


 そんな危険な状況で、食糧や布団を投げ入れたのは流石という所か。

 そして、ソ連政府……ではない所から出された情報から私の事を知っているこの列車の救助を任された陸軍の人は、しっかりと鑑みた上で、ある事を要請してくる。


「危なっかしいのは電車だけで、橋梁は奇跡的に安定されたバランスを保っている。だから、その橋梁に張り付いてもらいーー」

「列車を支えて、下部からの救助を支援する」

「ああ。こんな事、大人がやるべきなんだけどな」

「余っていたのが私だけですから仕方ないですよ。それに、こういうのは『燃えます』しね」

「ありがとう。これが車両の情報だ」


 ……重さは38・9トンか。『あれ』より軽いし、形もほとんど長方形だからやり易いな。


「いけるか?」

「エネルギーをたらふくもらえれば」

「カレーで良いなら」


 ……カレー、か。あまりね……。

    ↓

 うっま! こんな旨かったけ!?


 すぐに日本のカレーに取りつかれて食べまくっていると、隣にいかつい人達が座った。


「君が一迫君だね」

「はい。そうですが……」

「君と共に動く部隊の長の留萌だ」

「隊員の小平です」

「鬼鹿です」

「羽幌です」

「丸松です」

「…………羽幌線ですか?」

「偶然、らしいけどね」


 4杯も食べて大丈夫か? と心配されながらも、そこでそのまま打ち合わせをする。なかなか高度な物だが、5人とも経験豊富らしいので任せておけばいいだろう。

 日本陸軍の軍服を着させてもらい、もしもの時など最後の打ち合わせをしてから、近くのヘリコプターに乗り込む。

 その羽根が風を打ち付ける音は、谷間によく響き、規制線の外にいた国内外のマスコミが慌ててこっちの方を向くのがわかった。


『留萌だ。一迫、聞こえてるか?』

『大丈夫です』


 吹き下ろしDownwashなどが周囲に影響を与えないギリギリの高度でホバリングを始めたヘリは、その位置取りから今この時で世界でもっとも注目されているモノになってるだろう。


『準備完了』

『了解。失敗は許されない。各自、おのおのの力を最大限発揮し、要救助者を家族のもとに送るぞ』

『『『『『『『『『『はい!』』』』』』』』』』


 まずは、留萌隊長と私が一緒に降りる。

 ワイヤーで45度は傾いている橋上に降り立ち、確認をしてから、砂利が全て下に落ちていた枕木でバランスをとる。

 一方で、留萌さんは運転席の所にいる私服姿の人にヘリに負けない大声で話しかける。


「これから! 救助します! その場に! 留まり! 待っていてください! 隊員の! 指示に! 従ってください!」

「わかりました!」


 大きく頷いてから、留萌隊長は上に合図を送る。

 すると、するすると5人の隊員がそれぞれのワイヤーに引っ掛からないようにしながら一斉に降り立ってくる。


『ここからは時間とバランスの勝負だ! 迅速に! 丁寧に! 行くぞ!』

『はい!』


 良いねえ、気持ちが高まってきたっ。

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