レアチーズケーキ

 春の午後。うららかな陽光が差し込む小さな喫茶店で。

 コトリはカウンターの中でクロエの手元、白乳色のそれに手が触れないぎりぎりで当て、歓声を上げていた。


「白い、白いぞ! ひんやりしている!」

「はいはい、コトいい子だから席着いて待ってて」

「もちろんだとも!」


 春の日差しを受けて輝くそれは周囲を呑む勢いで燦然と白い。

 けれど冷たい白さではなく、どこか懐かしさを感じさせる白乳色のケーキが。クロエの手元、木のまな板の上にのっていた。


 横から見ればこんがりとした焼き色の台座を見ることが出来るが、上から見ればそれは丸く圧倒的なまでに白さが目を焼いた。


 そう言って、すたこらとカウンターを出ていつもの定位置に腰かける様子はこなれたもので。だいぶこの店にもコトリが馴染んできたな、なんてクロエは苦笑してしまった。コトリ自身はそんなクロエを不思議そうに首を傾げて見ていたのだけれど。


 しかしちゃんと座ったと思ったのも束の間、椅子に膝立ちになりながらコトリはなおもカウンターの中をのぞき込んできた。すべては魅惑のお菓子のせいである。


「しかしこのれあちーずけーきというものは白くてふるふるしているな」

「レアチーズケーキは焼かないからね。他のケーキと違ってこういうふるふる感が出せるんだよ」

「なんと。しょーとけーきにちょこれーとけーき、けーきはすべて焼くものかと思っておったぞ」

「俺からしたらケーキっていうよりタルトの方が近くね? って思うけどね。まぁ、焼くと香ばしさが出るけどこういう水分たっぷりなケーキっていうのはなかなかできないし、焼かないのは焼かないので素材のうまみっていうのかな? そういうのが伝わるから、どっちがいいとは決めづらいよね」

「難しいなぁ」

「でも、どっちも美味しいよ」

「美味は良いぞ!」

「はいはい」


 嬉しそうに笑うコトリを軽くいなしながら、クロエは冷蔵庫から取り出したばかりでまだひんやりと冷気漂うそれに。静かに包丁を入れたのだった。




「にしても白いな。私の髪と同じくらいではないかね?」

「さすがにそこまでじゃないけど・・・まぁ白いよね、可愛い」

「か、可愛い!?」

「うん、レアチーズの白さ」

「あ・・・そうだな、そうよな」


 うつむいてぶつぶつと「そうよな」を繰り返しているコトリに、どうかしたんだろうかと首を傾げて、クロエは調理用の手袋をとる。

 それに気づかずに呟き続けているコトリの頭に手を伸ばすと。

 わしゃわしゃとその片手に収まるほど小さな白髪の頭を撫でた。


「わっ・・・?」

「何考えてんのか知らないけど、コトはコトのまんまでいいよ」

「そなた・・・」

「俺、今のまんまのコトがいいから」

「そなた!」


 カウンター越しに抱き着こうとするコトリを、ケーキがあるために押しとどめて、白い頭をもう一度わしゃわしゃと撫でる。

 髪はぼさぼさになってしまったが、それでも嬉しそうに。ことりはにこにことその手に、魔法のようにお菓子を作り上げる、コトリを救ってくれた白い手に猫のようにすり寄ったのだった。


「ほら、ブルーベリーソースかけてあげるからちゃんと席着いて待ってな」

「わかった!」


 元気よく返事をしてコトリは席にきちんと座るため、身体をカウンターの外へと戻したのだった。




 目の前に出された白乳色のそれは、白い皿の上でもなお白く輝いていて。

 ホールから1ピース、三角に切り取られたそこにこんがりと小麦色をした層の上に。その周囲を霞ませる白はあったのだ。


 白乳色のレアチーズの上に網目状にベリーソースが細く掛けられていて、その赤とも紫ともつかない色がまた見目も鮮やかに彩り食欲をそそる。

 そして持ったフォークでちょんっと触れればわずかにふるりと震える。その繊細さがまた楽しくて美しくて。


 くんっと鼻をひくつかせれば、ひんやりと漂う冷気の中にチーズケーキ独特の酸味の匂いと下の台座に使われている砕いたビスケットの小麦の香りとかすかに砂糖の甘い匂いと混ざり合って鼻に伝わってくる。その匂いだけで舌が濡れるのがわかり、コトリはこくりとたまった唾液を呑みこんだ。


「ふぁああ、可愛いなぁ」

「そうだね、可愛いね」

「ぐっ・・・そうやって私を惑わすのはやめておくれ!」

「は? まぁ、いいや。これ、コトの分ね。早く食べないと―――」

「だ、だめだ! 私の!」

「ふは、冗談だよ。感想よろしくね」

「承った!」


 いつかのマカロンの時のように、食べられてしまうのではとコトリは大慌てで腕の中にレアチーズケーキを隠す。それを見て吹き出したクロエにじっとりとした視線を送りつつも、やさしく頭を撫でられ、気分を戻したコトリは。そうして元気よく了承の声をあげたのだった。


 そして、フォークをレアチーズケーキに入れるとふるりとした感触でフォークが進み、やがてビスケットの台座までいくとざっくろ音を立てて1口分切り取ることが出来た。

 そのまま、バターの香ばしい甘みが漂ってくるそれを。


 ゆっくり口の中にいれる。


 舌の上でレアチーズの甘すぎない甘さとほんのりした独特の酸味、濃厚な乳の香りとソースの甘酸っぱさが絡み合う。そっとレアチーズを舌で押せば、つるんとほどけて、クリーミーな柔らかさとなり、余韻を残してはあっさりと消えていく。


 そのまま台座にたどり着けば、今度はぎっしりと固めだがさくさくな歯ごたえのビスケット生地は、バターと塩味、砂糖がきいていて香ばしく上の甘さ控えめ、なめらかなレアチーズにはよくあった。


 あっさりしているようで濃厚、台座とレアチーズで甘さの配合まで変えて見せる手腕に、幸せのため息が止まらない。もう1皿! 味見だと分かっているが、それでも言いたくなるうまさだった。


「ふわふわしていて、つるつるで! なめらかで口どけがいい!」

「そっか、よかった」

「美味だ!」

「ありがとね。じゃ、俺は片付けしてくるからさ」

「味わいながら食べているな!」

「そうゆうこと。カウンターの中にいるから食べ終わったら皿持ってきてね」

「わかったぞ!」


 嬉しそうに返事をして、コトリはまた幸せな味に出逢うため。レアチーズケーキを口の中に放り込んだのだった。


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