苺マカロン

 猫のドアベルがかかった扉、その両横にある磨きぬかれた窓からは柔らかな新緑の葉や白くはらはらと花弁を落とす桜。芽吹きだした木の芽などが見えた。

 テーブルは白いレースのテーブルクロスが敷かれたものが、中央におかれた丸いものの他に3つ、窓に沿うように置かれていた。

 春のたおやかな日差しは木製のカウンターの奥にある大棚におかれた調味料や茶葉が入った小瓶をきらめかせ、店内に反射していた。


 そんなカウンターの中、薄暗くなりがちなそこは電灯をつけた白い光の下。

 白地に筆字で「殺る気」と書かれたTシャツの上に羽織った黒いカーディガンは腕まくりされており、黒いスラックスにショートブーツ。その上から飾り気のない黒いエプロンを身に着けていた。


 光沢のある黒髪は首のところでくくられていて、黒曜石に似た目は鋭く切れ長。唇は薄く、順調に進んでいる工程にほんのり弧を描いていた。容姿端麗、そんな言葉が素で似合うほどイケメンだった。

 そんなクロエを同じくカウンターの中に入ってじっと見つめていたのはコトリだ。


「ふわー」


 するするとすべらかな手つきで、ピンクのマカロン生地に生クリームを円を描くように絞り出し、ごろごろと大きめに形を残した苺ジャムを瓶から木匙ですくい上げ。円の中央に乗せる。その上に同様のピンクのマカロンをおき、はさみこんでは白銀に光るティースタンドに盛っていく。


 その様子はピンクの小箱に赤い宝石を隠す作業にも似ていて。流れるような手さばき、一瞬のためらいもない手技に。コトリは歓声をあげ、赤と青色違いの瞳を輝かせた。


「そなた、そなた! すごいな、これがまかろんか!」

「そうだよ」

「まるでおもちゃのように可愛いな!」

「コトがたくさん苺摘んできてくれたからね。苺のジャムもマカロンも作れたんだ」

「この上と下の桃色は苺なのか!」

「生地ね、そうそう」


 その会話の間もクロエは手を休めることはなく。調理用の薄い手袋をはめた手でマカロンタワーを1つのティースタンドいっぱいに組み上げては、あまったマカロンを白い皿の上にのせていく。


 それにまた、瞳をきらきらさせてコトリはその甘い良い匂いで胸を満たそうと、すうっと鼻から空気を大きく吸った。長い前髪は邪魔にならないようにピンで留められていて、白い狩衣に白いエプロンを身に着けたその上。小づくりな目鼻立ちが整った顔はどこか女性的で、クロエとは趣の違う美人だった。


 ぐっと両手を握り、まるで魔法でも見ているようなその瞳を横目に。クロエは告げた。


「中にも苺ジャムが入ってるから美味しいよ。・・・1つ食べる?」

いのかね!?」

「うん。功労者には何かしらのご褒美があっても悪くないでしょ。さ、1つどうぞ」


 そう言われて、おそるおそる伸ばした手で。コトリは白い皿の上から1つ。繊細なマカロンを壊さないようにそうっとつまみあげた。


 それを両手のひらの上にのせて、そわそわと落ち着きなく見つめる。くんっと匂いをかぐと、苺ジャムの甘酸っぱい香りと生クリーム、マカロン独特の砂糖の香りがして。食べてもいないのに、じわりと唾液がにじみ出てくる。ごくりと飲み干したそれすらも甘くなっているような気がして。コトリはまたじっと両手のひらにあるマカロンを見つめた。


「な、なんか勿体ないな・・・」

「・・・そう言うこと言ってると」

「言ってると?」

「俺が食べちゃうよ?」


 そう言って、無情にも非情にも。クロエはコトリの手の中にあるマカロンをつまみあげると、ぱくっと口に入れた。


 あまりの出来事に、クロエの口の中に消えるマカロンを見ていることしかできなかったコトリが、はっと我に返る。事態を理解すると、だんだんその輝きを灯していた瞳が潤みだす。電灯の白い明りに目がきらきらして見えた。さすがに泣きそう・・・というか半泣きな雰囲気にクロエはぎょっとコトリを見る。


「あ・・・あー! 私の、私のまかろん! そなたが食べた!」


 ぼろっ。耐えきれず決壊したダムのように、ぼろぼろと泣き始めたコトリ。クロエはあわてて白い皿の上にのせたマカロンを1つ持ち上げる。


「コト、ごめん。ごめんってば。はい、あーん」

「あー・・・んく?」

「・・・どう?」


 あーんとつられて開いた口にぽいっとマカロンを放り込まれて、コトリはきょとんと瞬きした。驚きにか涙は止まったものの、目の端に溜まっていた涙が瞬きによってぽろぽろと落ちていった。

 それより、そんなことよりも。コトリは口の中に放り込まれたマカロンに目を丸くしていた。



 舌で絹肌をなぞるようにマカロン生地の表面はすべらか、さっくりと舌で潰せるほどにやわらかい食感で。空洞のない上生地をまるで宝石箱を開ける時のように壊せば、中から生クリームとごろごろとした苺の甘い酸味が舌に絡みついて離さないとばかりに吸い付いてくる。

 その中でもさやかに噛めば、果汁があふれ出てくる苺の感触が楽しくて嬉しくて美味しくて。コトリは自分の顔が笑みに崩れるのがわかった。


 先ほど泣かしてしまったことに気を使っているのか、上目でのぞき込んでいたクロエの顔が。コトリの笑顔にほっとほぐれる。


「どう?」

「美味いぞ! こう、さっくりしていてしっとりしてる! 美味だ!」

「そっか、よかった。さっきはごめんね」

「うー・・・よし、罰としてそなたの手伝いを私は所望するぞ!」

「なにそれ。じゃ、このティースタンドあっちのテーブルに運んでくれる?」

「承知した!」


 嬉しそうに声を上げて、コトリはティースタンドを携えカウンターを出ていった。

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