第5話 コニカ 『手紙』

●1


 母様。


 カプスブリーグ本星に来て最初の手紙です。

 都は、私が想像していたよりずっとにぎやかです。

 軌道上の港には数えきれないほどの船、軍艦、武装騎があふれ、めまぐるしく出入りしています。

 マッカサルの港がとても小さなものに思えるほどです。

 地上もたいへんなにぎわいです。

 軌道エレベーターのように空にそびえる建物がたくさんあります。

 中でもひときわ目立って大きく立派なのが宮城です。

 カプスブリーグ王家が起源王朝の正当な後継者であることを示す、重厚な、僅かのゆがみもない白亜の円錐塔。

 あそこに女王陛下がいるのかと思うと緊張します。

 私はその宮城にほど近い親衛隊予備校の寄宿舎に部屋をいただき、なんとか落ち着いたところです。

 でも、今夜はなかなか寝付けません。

 ようやく私も親衛隊の騎士になれるのだと思うと、気分がたかぶっているのでしょうか。

 他の遺伝上の兄弟達よりも3年も入隊が遅れましたが、いよいよです。

 予備校で学びながら騎士見習いとして従卒を勤め、階梯を上げ、騎士の席に空きがあれば叙任です。

 叙任されれば官位を戴き、役職と領地の継承も許され、正式に皆の当主として名乗ることができます。

 遅れた3年分を取り戻し、一日も早く騎士になります。

 そして、母様と皆が待つマッカサルに帰るためにがんばりたいと思います。

 必ず立派になって戻ります。

 どうか、その日をお楽しみに。


 コニカ・プロビア

 今日から、汎カプスブリーグ連合王国親衛隊従卒




●2


 母様。


 改めて、都は驚くことばかりです。

 話に聞いてはいましたが、ここでは午睡の習慣はありません。朝起きたら昼寝せずに夜まで動き続けます。

 午後になると、私は眠くて眠くてたまりません。ギュッと自分の脚をつねってなんとか起きています。

 それから、食べ物は似ているようでずいぶん違います。

 どんな料理も薄味なので砂糖をかけなければ、ちょっと物足りない感じです。

 郷に入っては郷に従えと言いますが、都の流儀に合わせるのは、なかなか大変です。

 一度、居眠りしかけて「田舎者はこれだから」と笑われました。それから食事のときのために砂糖の瓶を持ち歩いてますが、これもなぜか皆に笑われます。

 マッカサルを発つとき、田舎者だから、と人に迷惑をかけないように注意せよとの母様の忠告、ようやく意味わかりました。

 ただ、迷惑をかけている、というのとは少し違うような気がします。

 いずれにせよ、私がマッカサルを代表する者だという自覚をもっと強く持ち、恥をかかないように気をつけたいと思います。


 今日は初めて本物を使った武装騎の訓練がありました。

 通信ケーブルを同時に10本捌く練習を5時間も繰り返したんですよ。

 でも、私はちっとも疲れません。

 私が乗ったのは、父様が騎乗されていた武装騎と同じタイプだと思います。

 とても大きくて、力強い動きに、感動と興奮をおぼえました。

 もうすぐこの武装騎で、マッカサルを自分の手で守れるようになります。

 そう思うと、どんなにつらい訓練にも身が入るというものです。


 まだ、都言葉に慣れず、ちゃんとしゃべれるのか自信が無いので、他の遺伝上の兄弟たちとあまり話せずにいます。

 でも、きっとすぐ、彼らとも仲良くやります。

 どうかご安心を。

 では、このへんで。


 コニカ・プロビア

 汎カプスブリーグ連合王国親衛隊従卒




●3


 母様。


 昨日は手紙を出せずに申しわけありません。

 私は昨日1日、反省房に入れられていたので手紙を書くことが出来ませんでした。

 だけれども、どうかご心配なさらないでください。反省房に入れられたのは私がマッカサルの名誉を守った結果です。決して悪いことをしたわけではありません。

 従卒の兄弟がマッカサルを田舎だと侮辱したため、殴り合いになり、ケンカ両成敗として処罰されたのです。


 母様は、遺伝上の兄弟と仲良くするように、と手紙に書かれていました。

 確かに親衛隊は、騎士も従卒も全員、遺伝上の兄弟です。

 しかし一緒に育ったわけではないので、なかなか兄弟のようには思えません。

 ましてや誇る邦が違うのであればなおさらです。

 もし遺伝上の兄弟たちが、小さなイルフォードのように優しい弟であったり、あるいはマッカサルに敬意を払ってくれるのなら、私は喜んで仲良くしましょう。


 以前にも書きましたが、都ではマッカサル言葉がまったく通じません。

 親衛隊では命令伝達を優先するため宮廷語を禁じられてるので、公用語・都言葉に慣れるしかありません。

 それでも、私は感情的になるとどうしてもマッカサル言葉が出てしまうことがあります。

 教導してくださる先輩騎士は、親衛隊の統率のために都言葉だけを使うようにと注意します。

 同じ年頃の従卒たち(あれが遺伝上の兄弟かと思うと忌々しい!)は、私が都言葉をうまく話せないことや、マッカサル言葉を笑います。

 私には、マッカサル言葉が「田舎くさいことば」などと蔑まれる理由がわかりません。

 むしろ、都言葉の冷たさや気取った響きのほうが好きになれません。

 父様や母様から教わった宮廷語は優雅で好きです。マッカサル言葉は暖かみがあって親しげで、もっと好きです。

 ですが遺伝上の兄弟たちは、そんな私を「山出しの田舎者だ」とからかいます。

 マッカサルはスターゲイトの袋小路にある辺境ですが、決して田舎ではありません。

 素晴らしい文化と美しい大地。勇敢な民。私の誇れる邦です。

 憎き二重帝国の獣どもに何度も宙域封鎖されても、決して屈することなく抵抗を続け、父様は命まで落としながら守り抜きました。

 最後まで連合王国と女王陛下との盟約に従い、降伏せず、忠誠を示したのです。

 その邦を侮辱する無礼がゆるされましょうか? 

 それとも、連合王国の中では、マッカサルなど取るに足らない辺境の小さな拠点の一つでしかないのでしょうか?

 私が3年も遅れて都に来たその理由に、関心を払う者もいません。

 不当な扱いに怒ることを誰が咎められましょう? 


 ですが、私は反省房の中で、騎士と貴族の公正さを以て自分自身も戒ることを決心しました。

 もっと完璧に都言葉を使えるように、そしてもっと都言葉を好きになるように努力します。


 包み隠さず我が恥を報告しました。

 愚痴や弱音は他人に漏らさず、手紙に書いてよこしなさい、という母様の忠告の意味が、少し分かりました。

 ひとりで都に出て来て、寂しさや心細さに落ち込むことがありますが、手紙に書くと色々と気持ちの整理ができます。

 母様、どうか私のことをご心配なさらないでください。

 私は母様のこと、民たちのこと、それに天国から見ている父様、小さなイルフォードのことを胸に置いてがんばります。

 大切な邦を守ることを考えれば、どんなことも乗り越えられると思います。

 必ず。


 コニカ・プロビア

 汎カプスブリーグ連合王国親衛隊従卒




●4


 母様。


 忠告のお手紙、ありがとうございます。

 プロビアは本当に猛省しております。

 もう、兄弟たちに対して乱暴ははたらきません。

 母様の言葉の一つ一つに、ただただ恥じ入るばかりです。

 私はもっと立派な人間にならなければならないと思います。

 決して激情にながされたり、自分の欠点に目をつぶり、不遜にふんぞりかえるようなことをせぬよう。

 どんな相手に対しても敬意を払い、常に同じ態度でいられるように。

 もっと謙虚に。

 そうでなければ騎士にふさわしくはありません。


 ご心配ばかりおかけして申しわけなく思っています。


 愚か者 プロビア




●5


 母様。


 都に来てもう1年になりました。

 最初の頃は毎日書いていた手紙ですが、近頃は多忙を言い訳についつい滞りがちで申しわけありません。

 私は元気です。

 今日あったことを順を追って報告します。


 朝、親衛隊総監に呼び出され、叙任の通達を受けました。

 そして騎士章を戴くために登城せよと告げられました。

 つまり、女王陛下御自ら騎士に叙任してくださるので宮城へ来いとのお達しなのです。

 なんと素晴らしい!

 母様、驚かれましたか? 

 前々から、その内内定やら仮内定などの予告がありましたが、正式な決定はなかなかいただけませんでした。

 決まらないうちに、そのことを母様に報せても、もし保留が続けば、ぬか喜びになってしまわないか。それが嫌で黙っておりました。

 そのあいだずっと、今か今かと叙任を心待ちにして、早く母様に報告したかった、この私の焦れる気持ちがおわかりになりましょうか?


 宮城の衛士として何度も立った門を、正面から堂々とくぐるのは初めてです。

 いつもの衛士用の通用門から入るのとは違います。普段とは逆に、門に立った衛士が礼をし、私が返礼するのです。

 なにか自分が誇らしげで、偉くなったような気がしました。

 謁見場に入るのも初めてです。

「鏡の間」と呼ばれるその謁見場の荘厳さに、圧倒されました。壁と柱は微妙に違った銀色の細工と様式で彩られ、高い天井と床は真っ白。まばゆいばかりの部屋です。

 どこからどこまでが床なのか天井なのか。それこそ何もない、無の空間に浮かんでいるような錯覚を覚えます。

 マッカサルの館にも謁見場はありますが、その100倍も広く感じました。

 どこかうわのそらだった私も、一点の汚れもない白い絨毯に片ひざ立ちで控えているあいだに、だんだんと、叙任されるのだという実感がわいてきました。

 いよいよ女王陛下に謁見できるのです。


 ああ、母様。

 子どものころのある日、母様は、私には母と言えるかたは2人おられるとおっしゃいました。

 母様と、女王陛下。

 私の遺伝子は父様と、女王陛下それぞれから半分ずつ戴いたものだと。

 連合王国の地方領主・騎士は、盟約により女王陛下の半複製として生まれる。そう教えていただきました。

 父様も先代の女王陛下から遺伝子をいただいている、とも。

 そして、女王陛下自身も、騎士達の遺伝子を等分に合成してお生まれになった、機関君主だと。


 そのときはよく意味が分かりませんでした。

 ただ、母様が私と血の繋がりがないということが切なく、わけもわからず泣いてしまいました。

 小さなイルフォードと母様は血の通った親子で、私だけが違うと。そう言って母様を困らせてしまったことをおぼえています。

 あのとき、小さなイルフォードに八つ当たりしたことを、私は今でも悔やんでいます。

 可哀想に、「あっちへ行け」と意地悪をする私に、イルフォードはボロボロ泣きながら「姉様、嫌わないで」としがみついてきました。

 もっともっと優しくしてやればよかった、と、ふとしたはずみで思い出すことがあります。

 もちろん今は、母様が私の母様であることや、イルフォードが私の大切な弟だったことに何の疑いもありません。


 しかし、もう1人の私の母、女王陛下のことが心のどこかにずっと大きなものとしてあったように思います。

 生まれてから一度もお会いしたことのない、女王陛下。

 お顔も、お声も、匂いも、肌触りも、体温も知らない、もう1人の私の母。

 いったい、機関君主として、どんなことをお考えになり、私のことをどれだけご存じなのか。

 会って、知りたいと思っていました。


 母様、これを読んでお気を悪くなさらないで下さい。

 繰り返しますが、母様を慕う私の気持ちに変わりありません。母様は私の母様です。

 普通の民たちと違い、少し複雑な出生を持つ私の、少し複雑な心情です。

 どうか、くれぐれもお気を悪くなさらないで。


 いよいよ謁見というそのとき、急になんだか不安になってきました。

 女王陛下は、起源王朝の末裔を統べるカプスブリーグ王家そのもの。血の統合の結晶です。

 母と会うというよりも、機関君主という重責を担う大変なかたに会うのだと改めて気がつきました。

 もしかしたら、私の女王陛下への複雑な心情など、陛下にとってはなんの意味もない小さなことなのかもしれない。

 いえ、きっと、そうです。

 女王陛下の遺伝子を受け継ぐ地方領主・守護職・騎士は、親衛隊の数よりも多いのです。

 母と会うなどという畏れおおい思いは、私の一方的な勘違いでしかないのです。

 それが証拠に、陛下は今日の今日まで、一度も謁見をゆるしてはくださらなかったのですから。


 私の他にも2人、同時に叙任される従卒がいます。

 全員緊張してずっと黙っていました。

 他の2人も私と同じ複雑な出生を持つのだから、おそらく同じ気持ちだったのでしょう。

 わけもなく、なにか恐ろしい目にあうような気がしてきました。

 直前になって、私の女王陛下への不敬な思い違いに気づいたためか、うしろめたい気分にもなってきました。

 もしかして、叙任の通達が間違いだったと言われ、取り消されるのではないか。

 そんなことまで考えてしまいました。


 陛下が現れました。

 おもてを上げるように言われましたが、私は緊張で石のように硬くなって女王陛下のお顔を見ることが出来ませんでした。

 側に控えた右筆のかたが何か読み上げ、色々な宣言がされましたが、まったく憶えていません。

 陛下が剣を抜いて、1人ずつの肩に刀身を置いて誓いを立てさせます。

 私の番になりました。

 ああ! 母様、そこで私はまたやってしまいました! 

 マッカサル言葉で誓いを立ててしまったのです! 

 相変わらず私は気持ちがたかぶるとマッカサル言葉が出てしまいます。

 気をつけているつもりなのに、よりによってこんなときに!

 他の2人の従卒は、クスクスと笑ってしまい、親衛隊総監は頭を振りました。

 咳払いの声の方を見ると、右筆のかたが怖い顔で私を睨んでいます。

 ……もう、ダメだ。叙任は取り消しだ。この場から逃げ出したい。

 そう思ったとき、女王陛下の声がかかりました。

「マッカサル騎士の誓い、確かに聞き届けた」

 宮廷語の、とても優しい声でした。

 私は驚いて、無遠慮にも陛下の目を見てしまいました。

 女王陛下は、私にとても似ていらっしゃる。いいえ、その逆です。私が女王陛下の半分身なのだということが、いまさらながらよく分かりました。

 その目は笑みをたたえ、不思議に私の心を安らかにしてくださいます。

 そして、陛下はこんなことまでおっしゃいました。

「マッカサルは大変であったろう。そなたの亡き御父君、コニカ・ベルビア卿の忠義をこの身は決して忘れたことがない。そなたがここへ現れるのを待っていた。そなたがコニカ卿とこの身の、相分身であることを誉れに思うてくれているのなら、この身もまたそれを光栄に思うぞ」

 確かにこの耳で聞きました。

 女王陛下は、父様と私のことを案じていらっしゃったのです!

 涙がこぼれそうになりました。


 こうして私は無事、騎士に叙任され、第12階梯に踏み出せました。

 スタートラインについたのです。

 親衛隊上級指揮官から外衛府次官中将まで勤めた父様の最終階梯は第2階梯でしたね。

 私は父様を越える立派な騎士になります。

 それが父様と女王陛下、そして母様の誉れになるように。

 まずはこの喜びを母様と分かち合いたいと思います。


 今日は、都に来てから一番幸せな日です。

 この気持ちをいつまでも書き連ねていられそうですが、手紙に切りがありませんのでこのへんで。

 母様、マッカサルに帰る日も近いと思います。

 どうか、お身体を大事に。


 コニカ・プロビア

 汎カプスブリーグ連合王国親衛隊第12階梯・初年騎士

 マッカサル守護職

 そして、あなたの娘




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