第4話 カツキ 『ねいちゃんのこと』
あたしんちは村はずれの丘にあるの。
ローニュねいちゃんとふたり暮らしなんだ。
いつもお日様が昇るのと一緒に目が覚める。
目が覚めたら、まず、水おけを抱えて内海まで水くみにいく。
あたしはちっちゃいから焼き物職人のコールンさんみたいに二つも天秤をかつげないけど、それでも同じ年頃の子たちに比べたらけっこう力持ちだと思う。
でも、もっと力持ちになって、水おけを抱えて家までの坂道を駆け上がれるくらいになりたいな。
そんくらい力持ちで足がはやくなったら、毎日ガファリの街にかよって、たくさん働いていっぱい稼げるでしょ。
瓶に水を貯めたら、火を焚いて朝ご飯のしたく。
「ねいちゃん、ごはんだよ」
って、一応食べられるように用意して声は掛けるけど、いつもねいちゃんは食べたくなるまで寝ている。
だからたいてい朝はいつも1人で食べるんだ。
ねいちゃん、病気なの。
食後に、ちょっと風向きを見る。通り雨がなさそうなら洗濯。
それが終わったら、まだ寝ているねいちゃんに一声掛けてから、果物摘みにでかける。
コロナの赤い実をカゴいっぱい集めたら、粉挽き小屋のハナンさんとこに持ってってパラミ粉と交換してもらう。
午後は、村で漁がある日なら水揚げを手伝ってお駄賃をもらうの。
そうでない日も、エビとりしたり、村のみんなの家の手伝いをする。
そうやってちょっぴりづつ貯めたお駄賃で、ねいちゃんが飲むお酒を買うんだ。
村の地酒「女盛り」は、うんと強いお酒で、町で売るために作っているから、お祭りの時に振る舞われる以外はお金じゃなくちゃ売ってもらえないきまりになってんの。
果物やエビと交換してくれると、もっといいんだけど。
でも、何とでも交換できると、みんなお酒ばっか飲むようになっちゃうからね。
うん。あたしのねいちゃんは自慢のねいちゃんなんだ。
すっごく美人で、おっぱいも大きくてとんがっててカッコイイの。
髪も長くてきれいだしね。
だから村の若い衆からモテモテ。
それに何より機織りの名人で、ねいちゃんの織った布は町でも評判で、高く売れるんだ。
病気になってからは全然機織りしなくなっちゃったけど……。
ねいちゃんの病気のことは、村中のみんなが知ってる。
4年前、ねいちゃんと、となり村のランプが結婚することになって、おおぜい人が集まってお祝いをしたの。
でもその結婚式の最中、突然大ガマが出てきて、結納のゴンドラが飲み込まれちゃったんだ。
ゴンドラに乗ってたあたしのお父さんとお母さん、ランプが死んで、ねいちゃんだけ助かって……。
ねいちゃんがお酒を飲むようになったのはそれからしばらくしてから。
いつまでも寝床から起きられずに、お酒を欲しがるようになった。
そしたらみんなが「ローニュは病気なんだよ」って。
お酒が切れると、ねいちゃんは沈み込んで、涙が止まらなくなるの。とても苦しそう。
でも、お酒があるとすごく楽しそうにしてるんだ。
「ときどきそういう病気にかかる人がいる」って、カンジ爺さんが教えてくれた。
それからねいちゃんは、いつもお酒を飲んでいるか寝ているようになったの。
たまにねいちゃんに結婚の話が来るけど、ねいちゃんは嫌がる。
あたしはねいちゃんが苦しんでいるのを見ていたくない。
だからお酒を買ってきてあげるんだ。
いきなりお父さんとお母さんがいなくなっちゃって、ねいちゃんは病気だし、あたしがしっかりしなくっちゃね!
だからお金、がんばって稼がなくっちゃ。
あたしの夢は、早く大人になってうんと稼いで、ねいちゃんがずっと泣かずにあたしと一緒に暮らすこと。
でも、ときどき、考えるの。
これからずっと、この村で毎日同じことをして暮らしていくのもいいけど、もっと遠くにも行ってみたいな、って。
今まで行ったことがある一番遠いとこはガファリの街。
コールンさんが買い物に行ったとき、荷物持ちの手伝いで連れてってもらった。
歩いて半日以上かかったけど、すごく楽しかったよ。
透きとおった綺麗なまんまるの玉が連なった首飾りとか、絵を描く道具、貝殻細工のナイフ……。
街の市場は宝箱みたい。
見たこともない、いろんなものがあって、どれもお金となら交換してくれるんだって。
欲しいものもあったけど、見ているだけでもしやわせな気持ちになったなあ。
ガファリの街の島は外海の航路に面しているから、港に大きな帆船がいっぱいとまっていた。
あの帆船は、あたしが見たこともないたくさんの遠い街に行くんだ。
夜でも昼間みたいに明るい街。石を積み上げて建てた高い塔がある街。一度でいいから見てみたいな。
ねいちゃんの病気がなおったら、もっとお駄賃貯めて、2人で一緒に行こうかな。
あたしはいつだってねいちゃんと一緒だもんね。
だってね、ねいちゃんてば、あたしがいないとダメなの。
あたしの留守中に、行商人から、家にあるだけのお金でつまんないもの買わされちゃったり。
酔っぱらったままお風呂で溺れそうになったり。
ああ、あのときは恥ずかしかったな。
漁の水揚げのあと、女に混じって魚を干してたら、仕事が終わって酒盛りしてた村の若い衆が「うわー」って。
なにかと思ってみんなで見に行ったら、ねいちゃんが酔っぱらって裸のまんま砂浜で大の字になって寝てたの。
みんなびっくりして若い衆をおっぱらって、ねいちゃんに服着せてさ。
男達は喜んでたけど、あたし、顔から火が出るかと思ったよ。
なんか、お酒の匂いにつられて、フラフラ外に出てきちゃったみたい。
もう、危なっかしくてほっとけないんだ。
でも、そのくらいならいいんだけど、ぶったりするのは困るよ。
あのね、ねいちゃんに岡惚れしている村の若い衆が作った、「ローニュ紳士協定」ってのがあるんだけど……。
なんか、みんなでねいちゃんをしやわせにするとか言ってて、でも抜け駆け禁止って決まりがあるからただの弱腰男たちの集まりだよね。
まあ、それはいいんだけど、そのみんなが定例集会開いているところに、ねいちゃんが酔っぱらって乱入したの。
そんで、「おまえら男ならかかってこい!」って、片っ端から全員張り倒して。みんなねいちゃんのこと好きだから、されるがままで黙ってて。
いや、なんでかウットリしてた人もいたっけ。
あたし、一生懸命ねいちゃんをとめて、なだめてウチに連れて帰って、大変だった。
人をぶったりするのはダメだよね。あとでみんなの家に謝りにまわったの。
「いいんだよ」って言ってたけど、あたしが悪い気がして。
みんなそれでもねいちゃんのこと好いてくれてるんだって。
すごく申し訳ないような恥ずかしいような、でもそんな風に言ってもらえるねいちゃんが誇らしいような。
みんなに、ありがとうねって思った。
だけど、まだまだねいちゃんをまかせられるほどの男はいないかな。
誰もあたしほどしっかりしてないもん!
午後は村長さんちでお芋の皮むきを手伝った。
日が沈みかけてきて帰ろうと、レーカの家の前を通ったら、台所の窓からレーカが声を掛けてきた。
晩ご飯のおかずのおすそ分け。イムリの煮付けだ。
温かいうちに持って帰ろうっと!
お日様は二つとも沈んで、辺りはすっかり紫色の薄闇。
坂道を上がりきったとこで、あたしんちの前にねいちゃんが立っているのに気がついた。
ねいちゃんは、ぼんやりと上を見ていた。
「どしたの?」
「カツキ、あれ」
ねいちゃんが指さした空を見ると、かすかにキラッと何かが光った。
お星様より大きな光。それが、パーって尾を引いて、また大きく光る。
流れ星なんかとは違う。今まで見たこともない光だ。
「あ、なんだろ?」
「さっきからね、そこで寝てたらすごい空がピカピカしてたの」
「へー……。え? また外で寝てたの? ダメじゃない!」
「カツキちゃん、怒んないで。こわいよー」
そう言いながらねいちゃんはちっともこわがったりしない。いつもあたしが叱ってもヘラヘラ笑っているんだ。ちぇっ。
「あ、ほら、カツキ、見て、また、あ、あ、あ…」
「あーっ、すごい! すごいよ、なんか、なんか流れ星とは違う」
びかびか
ばーん
しゅー
しゅーっ
びかびかびか
ばんばんばん
星空の光はリズムをきざんで、いつまでも続く。
あとで知ったけど、これは「星々の諍い」って言って、天上人のお祭りなんだって。
とっても素敵な光。きっと、天上人の世界ってこんなきれいなものがいっぱいあるんだろうなあ。
あたしとねいちゃんはそこに座り込んで空に見入っていた。
そのうち、あんまりにきれいなんで、なんだか笑いがこみ上げてきた。
ふたりで顔を見あわせて、くすくす笑った。
ねいちゃん、ねいちゃん。
何を見てるの?
今のねいちゃんは、お酒から醒めかけているみたい。
なのに珍しく機嫌がいい。
ちっちゃい子みたいにおどけてる。
「ねいちゃん。村の広場に人が集まってるよ。みんなあの星の光を見ているみたい」
「ほんとだ。あ、振舞酒が出てる! カツキ、行こ!」
「あ、待ってよお……。めざといなあ、ねいちゃん」
あたしは知っている。
ねいちゃんの病気の正体を。
ねいちゃんは、悲しみにとりつかれているの。
でも、そのうちお酒がなくても、笑っていられるようになる気がする。
いつか、きっとね。
おわり
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