左手の薬指にはあなたの指輪を

「……行ったわね」


「あぁ、行ったな」


 冷え切った空気が解凍されて、同時にため息をつく。二人ともミールを苦手に思っていた。


(当分会いたくないわ。リーフ君への気持ちを訊いてきたのが、ただのからかいであったこと、絶対に許さないんだから!)


 ウィニスでのやり取りを思い出すと、顔から火が出そうになる。リーフにそれを悟られないように小さく首を横に振り、気持ちを入れ替えるために視線を移すと、パンが目に入った。


「あ、ミールさんにも食べてもらえばよかったかも」


 一口も食べていかなかったことにプリムは気付く。


「いいよ、あんな人にゃもったいない。俺が全部食う。どうせあの人、俺が人間に戻ったかどうか確認するためだけに残っていたんだろうし」


 言って、リーフはまた新しいパンを手に取る。こぼれそうになった具材を素早く口に押し込んで、もぐもぐさせた。


(あ、そっか。人間に戻れれば食べたり飲んだりできるんだもんね)


「無理しなくて良いよ? 二人前以上はあるんだから」


「久しぶりのまともな飯なんだ。食わずにいられるか。しかもプリムの手料理だし」


 答えてリーフはパンを飲み込む。プリムも手に取って一口頬張る。


(うん、美味しい)


 これほど幸せなことはないかもしれないな、とプリムは思う。誰かと一緒に食事をする、たったそれだけのことを求めていたのかもしれないと。


(その誰かがリーフ君なんだろうな……)


 リーフを見つめ目が合うと、にっこりと笑う。リーフはそれを見て顔を赤くする。


「どうしたんだよ、急に」


「秘密」


 満足げに笑むと近くにあった椅子に座り直す。


「怪我はどれくらいで治るの?」


 プリムはさりげなく話題を変える。リーフは手を止めて少し考える。


「一週間ぐらいかな。運が良かったのかスピリアが加減したのか、怪我自体はそこまでひどくなくて済んだんだけどな。疲れが出てるから寝ておけって医者が。――俺のことより、お前はどうなんだ? 相当ぐったりしていただろうが」


「一晩ぐっすり眠ったら大分回復したわよ。もう大丈夫。――そんなことより」


 プリムは姿勢を正す。小さく息を吸い込んで落ち着かせると、台詞を繋ぐ。


「リーフ君はあたしと旅をしてくれる? あの時、はぐらかされちゃったけど、約束したでしょ?」


 ソウェルアンスールでしそびれた約束。今ならなんの気兼ねもせずにできるはず。プリムは不安げにリーフを見つめる。


「もちろんだ」


 優しげに微笑んで、リーフは答える。


「よかった」


 プリムも嬉しそうに微笑んで返す。するとリーフはポケットから小箱を取り出した。


「それは?」


 戸惑うプリムにリーフはそれを渡す。


「開けてみろ」


 言われて、洒落た彫刻がされた小箱を開ける。


「人と人との間を結ぶ指輪だ」


「婚約指輪……?」


 見た目は簡素な指輪だが、細かい装飾が施されているのが光の加減で浮かび上がる。


「人形の契約が切れたら渡そうと思って作ったんだよ。貸してごらん。はめてやるから」


「うん」


 恥ずかしそうに頬を赤くしてプリムは手と小箱を渡す。リーフは慎重に指輪を手に取るとプリムの指に通す。


「ぴったりだ」


「って、どうして左手の薬指!」


 プリムは思わず突っ込みを入れる。左手の薬指にはめるのは結婚指輪であるべきだ。


「ほかの誰にも渡さねえよ、プリム」


 真剣な表情でリーフは言うと、プリムの手を引いて口づけをする。リーフの不意打ちともいえる行動にプリムは目をぱちくりとさせる。


「す……少しは心の準備をさせてよ!」


 リーフが離れるとプリムは全身を真っ赤にして怒鳴る。


「こういうのは狙った瞬間にするもんだ」


「……ふうん」


 さらりと答えるリーフに、プリムはその口を唇でふさいだ。されるだけじゃなくて、してみたい。


「な……」


 プリムが離れると、自分がしたときはなんともなかったリーフが全身を真っ赤にしている。どうも彼は自分が何かをするのには慣れているが、何かをされることに対しては全く慣れていないらしい。


「ね? あたしの言っていること、わかった?」


 プリムは自分の行動に驚いて、ますます真っ赤に、これ以上赤くはなれないというくらいに赤くなってそっぽを向く。


「わからないって言ったら、またしてくれたりする?」


「みぃ!」


 プリムの袖の下からディルが飛び出し、リーフの頭を小突く。


「くっ、お前まだいたのか」


「みっみぃっ!」


 ぱたぱたと飛んで何度か頭を小突くとリーフの肩に止まる。


「主人をとられたくないって」


「みぃ!」


 プリムの解説に、ディルはリーフの肩の上でふんぞるような姿勢をとる。


「人形のくせに……俺が怪我人だってこと、わかってるのか? それともわざとか? 腹黒似非こうもり」


 ため息交じりにリーフが言うと、ディルはいつもの調子で翼を使ってぺちぺちと頬を叩く。


「……肯定しているみたいね」


 プリムがその様子を見て苦笑する。


「まあいっか。さっさと退院して、お前と旅をするんだ。今はおとなしくしてようっと」


 パンを手に取る。プリムも一つ手に取る。いつの間にか残りわずかだ。


「うん。またよろしくね」


「あぁ」


 遠くで、お昼を知らせる鐘が響いていた。ウィルドラドの平凡な日常。また新しい物語が始まる……。


《了》

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訳あって幼馴染の主人になりましたが、あたしはそんなの認めませんわ‼︎ 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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