導き出された答え

人間に戻る気はあるの?

 三週間ぶりにやってきたウィニスの町は何も変わっていなかった。プリムたちは夕方には宿をとり、明日に備えてすでに部屋でくつろいでいる。ソウェルアンスールからの旅は順調で、とりわけ野宿することもなくウィルドラドの隣町ウィニスにたどり着くことができた。使った街道は噂どおりの悪路でウィニスまでの道のりは決して快適なものではなかったが、プリムは決して文句を言わず耐えていた。


「――ねぇ、リーフ君?」


 宿の一室。陣魔術の覚え書きに使った雑記帳を取り出すと、プリムは決心した表情でリーフを見る。雑記帳は何度も繰り返しめくっていたために端がぼろぼろになっていた。


「なんだ?」


 読んでいた本から視線をプリムに向ける。改まったような調子のプリムの声に、リーフは訝しげな表情を作る。


「単刀直入に訊くから、はぐらかさずに答えてね」


「……わかった」


 プリムの真剣な様子に、リーフは一瞬戸惑ったが逃げずにうなずく。


「リーフ君は、人間に戻る気があるの?」


 不安げに瞳が揺れる。リーフはすぐに視線をそらした。


「…………」


 彼は黙っている。そんなことを訊かれるとは全く予期していなかったので心の準備ができていない。何を思っていまさらそんなことを訊いてきたのか、リーフにはわからなかったのだ。


「…………」


 プリムも黙っている。過去にはこだわらない、その代わりに未来をどうしたいのかを考えたい。こうなってしまったことは仕方がないとして受け入れよう。だからこれから先は自分で作っていこう、プリムはそう思っていたのだった。


(お姉ちゃんに会う前に、あなたの本当の気持ちを知りたい。お願い、聞かせて……)


 リーフをじっと見つめながら、プリムは祈る。その言葉が、たとえ自分が期待する言葉でなくても受け入れたい。そうでなければ、リーフを魔導人形にしないと誓ったことが嘘になってしまうから。


「……プリム、俺は……」


 リーフは自身の気持ちを言いかけて、そこである気配に気付いた。


「――誰だ?」


 視線を扉に向ける。いきなりリーフが話を止めて扉をにらんだので、プリムは訝しげにそちらに目を向ける。


「扉を叩く前に問うとは、なかなかに殺気立っているようで」


 扉が開くと、真っ白な外套に身を包んだ青年が入ってきた。


「誰が入っていいと言った?」


 立ち上がり、つかつかと男のそばに行って部屋の奥に入るのを邪魔する。


「リーフ君、会長に対してそんな口のきき方はまずいと思うんだけど……」


 入ってきた人間が何者なのかわかったプリムは姿勢を正してミールに向き合う。


「あぁ、別に構いませんよ。彼、いつもこんな反抗的な態度をしているので。私に対して敬語を使われることがあったら、全身に発疹が出ちゃいますよ」


「…………」


 失礼を通り越してある意味認められてしまっているらしいリーフの態度に、プリムは複雑な心境で視線を投げた。


「それで、こんな夜更けに何の用だ?」


「夜更けという時間でもないでしょう? それとも、これから何か始めるつもりでも?」


「邪魔しに来たんじゃないならさっさと用件を話せ!」


 真っ赤になって怒鳴っている場面なのであろうが、リーフの顔には怒りの表情はあれど血の気はなかった。人形化が進んでいる証拠である。


 その様子を見てミールはすっと片目を細め、リーフに耳打ちする。


「――進行していますね」


「!」


 からかいの含まれない真面目な声に、リーフは身体を硬直させて黙り込む。身体の状態が人間であった頃の感覚を失いつつあることを自覚していたリーフにとって、他人に指摘された衝撃は計り知れないものだった。


「ちょっとプリムさんとお話がしたいのですが、よろしいですか?」


 固まったリーフを横目に、ミールはプリムに問い掛けて微笑む。


「え? あたしですか?」


 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったプリムは吃驚して目をぱちくりさせる。


「えぇ。――今回の件についてお話が」


(やっぱり会長にばれている? そりゃイールの一件があった以上、全く知らないってことはないでしょうけど……)


 顔が青くなったプリムの様子を見て、ミールは安心させるように続ける。


「あなたにとって悪い話ではないですよ、安心なさい」


(って、やっぱり筒抜けなんでは……)


「彼女をお借りしても構いませんよね? リーフ君」


 ミールにそう問われたリーフは、オルクを受け取ったときの約束を思い出す。


(――それでわざわざこの町に現れたってわけか)


 状況を理解したリーフはしぶしぶうなずく。


「あぁ。――プリム、行ってこいよ。何かあったらすぐに飛んで行ってやるから」


「で、でも……」


(あたしはまだあなたから返事を聞いていない……)


 心配そうに見上げるプリムの頭を、リーフは優しくなでて安心させる。


「そんなに時間は掛かりませんから。お願いします、プリムさん」


「は、はい……」


 会長であるミールにそう言われては断るわけにはいかない。うだうだ言って渋っているのは時間の無駄である。そう判断して、プリムはミールの後について部屋を出た。部屋に残って手を振るリーフの姿に、一抹の不安を感じながら。



***



(――ミールさん、恩に着るぜ)


 部屋に残ったリーフは宿の外に二人が出て行ったのを窓から確認し、荷物をまとめ始める。


 狼型の人形オルクを受け取ったとき、今後の身の振り方についてをミールに相談し、協力を依頼していた。彼は少し考えさせてくれと言って、オルクを置いて去っていったが、ここで現れたということは作戦に協力してくれるということなのだろう。


 リーフはそう判断し、机に書き置きを残して宿を去った。目指すはウィルドラド。スピリアのいる場所だ。

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