交錯する想い

「起きたのか」


 入ってきたリーフはそっけなくプリムに声を掛ける。


「ちょっと……その傷、一体どうしたの?」


 羽織っていたローブをぼろぼろにし、全身にかすり傷を負ったリーフの姿に、プリムは目を丸くする。


「ちょっとこいつを手に入れるのに手間取ってな」


 その手には大きな荷物。リーフの身長の半分ほどの大きさの麻袋に何が入っているのかは想像できない。ほとんど手ぶらの軽装で出掛けたはずなのにそんなに大きなものを買って帰るとはプリムには思えなかった。


「リーフ君、それは?」


 自然と注視してしまうプリムに、リーフはにっこりと微笑みかける。


「プリムにばっかり負担をかけるのはどうかと思ってさ」


 窓の前で警戒している彼女の前に歩み寄ると、袋の口を開けて中身を取り出す。


「魂もだいぶ集まったし、このくらいなら何とかなるかなってね」


「!」


 袋から出てきたのは真っ黒な毛色の狼型の人形。この町に来ていたもう一つの理由がこの人形、オルクの回収だった。彼はリーフに拘束されて不服そうな顔をしている。


「…………」


 プリムはオルクを見たあとでリーフの顔を見る。無数にある傷はこの人形を捕まえるのに苦労した証なのだろう。


「……バカ、なにやってるのよ。あなたって人は」


 くすっと笑ってプリムは呟く。責めているのではなく、嬉しくてついひねた言葉になってしまう。リーフにはプリムの気持ちがわかっていたので笑顔を返す。


「回収よろしくな」


 逃げ出さないようにしっかりと足を縛られた人形は頭を動かしてもがいている。袖口からひょっこりと顔を出したディルはその様子を怖がって、すぐにまた隠れてしまう。ディルが動物やそれを模した人形を怖がるのはよくあることだった。


「えぇ」


 プリムは精神を集中させ、魔術を使える状態に移行する。


「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」


 白い光を放つ魔法陣が展開し、狼の人形を光が貫く。ほどなくしてリーフの身体にも白い光が宿る。


「――なあ、プリム?」


 人形が動かなくなったことを確認し、自身の身体の様子を見ながらリーフは問う。


「ん?」


 めずらしく身体に負担がない。プリムはそのことに気付いて驚いていた。


「魔法陣の種類が変わったような気がするが」


「え?」


 リーフの指摘にプリムは目を丸くする。彼の意見は正しい。エミリーの回収時に再構築された魔法陣が今ここで呼び出されたからだ。一瞬しか現れない魔法陣の変化を見抜いたリーフにプリムは二重に驚いていた。


「いや、気のせいなら気のせいでいいんだが」


 ちょっと思っただけだという表情をしてオルクを袋の中にしまう。


「ううん。魔法陣を再構築したから、リーフ君の言っていることは正しいわ」


 笑顔を作ってベッドに腰を下ろす。エミリーの回収時に出力を上げたことで不意に魔法陣の構成が変化したのは事実である。それまでは魔法陣を再構築するといったことをプリムは思いつきもしていなかったのだが。


「再構築だって?」


 リーフはこともなげに言ったプリムの台詞に対し、あからさまに驚きの表情をする。


「そんなに驚かないでくれる? あなた今まであたしのこと馬鹿にしてたでしょ」


 プリムはリーフの反応にむっとする。しかし、リーフの反応がわからないわけではない。今まで自分には才能がないと思っていたのに、魔法陣を再構築するなどという高度な技術を扱えるだなんてプリム自身でさえ思っていなかったからだ。


「すまん――正直、自己流に魔法陣を変える人がいるのはわかるんだが、同じ呪文で扱う魔法陣を変えるってのはかなり技術的に、いや、魔術的にも困難なことだと思っているからさ。俺でさえできないのに……」


 リーフの言い分にプリムは納得する。


 リーフの場合、呪文で魔法陣を作り出すのを端折り、紙などに魔法陣を手書きした上で呪文により効果を呼び出す形をとっている。こうすることでかなり大掛かりな術でも少ない魔力で行うことができるようになる。これがいわゆる人形職人魔術だ。


 対して、プリムの扱う傀儡師魔術はほとんどの効果を呪文の詠唱によって呼び出す。効力を発揮するための魔法陣の展開から発動までを、あらかじめ設定された呪文によって呼び出すのである。魔力の消費量は必然的に多くなるが、精神状態さえ良ければいかなる場所や状況でも発動させることができる。これらの違いはプリムが陣魔術を通じて知りえたことだ。


「正確には、今まで不完全だった術がより完全な状態になったってだけよ。無駄が減った分、魔力の消費量が軽くなったみたいだけど。そんなわけで強力なものに変わったわけじゃないの」


 プリムは肩をすくめて説明する。そもそもプリムがカルセオに陣魔術の指導を頼んだのは、自分がエミリーを回収するときに使った魔法陣の変化に気付いたからなのだ。それでリーフが以前に説明した陣魔術と傀儡師が扱う魔術の関係性を思い出し、知っておくべきだろうと判断したのであった。


「呪文によって呼び出される効果は学校にいるときに学んで、卒業試験時に定義するように教育課程が組まれているんだけど、あたしの場合いろいろあってね。前にも指摘されたけど、魔力の入出力の操作技能が甘いからって最も低い効力の魔法陣を使うように設定しているって訳。傀儡師が身につける基本の三つの呪文はいずれも最低なの」


 説明を続けたプリムは苦笑する。今まですっかり忘れていたことだった。それでいて、魔導人形の中に魂を呼び出す呪文にいたってはプリムの強い希望により一般のものとは変えている。つまり、プリムが契約を結ぶことができる人形に限界があるのは、彼女自身が設定した魔法陣の効果に大部分を依存しているからなのだった。


「なるほどね。ともすれば、魔法陣の効力を上げることはまだ可能性としてはあるという訳だ」


「可能性としては、ね。容易ではないってところは変わりないんだけど」


「ん……となると、どうやってお前は再構築をしたんだ?」


 自分が使っている寝台にリーフは腰を下ろす。表情はとっても不思議そうだ。


「エミリーの回収時に不意に、なんだけど。魔力の出力を上げて魔法陣に掛ける負荷を最大にし精神を練り上げたところ、今まで使っていた魔法陣の許容量を超過したってところかしら。気がついたときには魔法陣が変わっていて。一時的なものだろうって思っていたんだけど完全に上書きされたみたいね」


 必死だったとはいえ、それは本当に偶然であった。魔法陣の効果を変更するのは熟練の傀儡師がすることで、傀儡師となって日が浅いプリムが行うのは容易なことではない。それだけのことを行うにはかなりの集中力と魔力の調整能力が必要となるからだ。


「そりゃすごいな……」


 リーフは素直に感心する。ここまで彼女が成長するとは思っていなかったのだ。自分の選択は間違っていなかったとリーフはうなずく。


「それはどうかしら……あたしの場合、極限状態で初めて変化するものみたいだし」


 プリムは照れるようにうつむいて呟く。リーフが自分に向けているまなざしが嬉しい。やっと認められたような気持ちになっていた。


「お前が言うように容易ではなさそうだが、条件さえそろえばやれないこともないってことだな。面白いな、傀儡師の使っている魔術って」


「発動するまで目的の効果が正しく記述されているか全くわからないから、ある意味では不便よ。全体としては扱いやすくはなったけど、その分だけ特性の把握がないがしろにされている感じはあるかしらね」


「だが、どこでそんなことを学んだんだ? 俺は教えていないし、というか、傀儡師魔術は俺の専門外だから教えること自体元から無理なんだが。陣魔術の本だって手に入れるのは難しいだろう?」


 リーフの指摘に、プリムはおろおろとする。喋りすぎたなと反省すると同時に、よほどの意志がないと隠し通せそうにないなとも思う。


「ほら、ギューフェオーの魔導人形協会で図書室を借りたのよ。あそこも広いからね」


 ギューフェオーの図書室を利用したのは事実だ。しかし、そこには目的の陣魔術に関した本はなく、すぐに引き返していた。


「ふうん」


 リーフは小さくうなっただけで、これ以上問うことはなかった。


「そうそう、さっき伝書鳩一号がやってきてね」


 プリムはこれ以上訊かれてはまずいと思い話題を変える。もちろんリーフが帰ってくる直前に受けた伝言を話すのを忘れてはならないが。


「親父が作ったローズ家通信網か。めずらしいな、緊急回線じゃないか。よくここがわかったと言うか」


 リーフはプリムが出した固有名詞に懐かしさを感じる。


 伝書鳩一号はリーフの父親がローズ夫妻のために作った最高傑作とも言うべき品である。消費魔力が非常に少なく、一度与えた命令は遂行されるまでその効果を発揮するように設計されている。つまり、ある人物に手紙を送る場合では、主人に何か異変が起きたとしても手紙が受け取られるまでは目的の人物を探す仕様なのだ。通信手段としての機能を特化しているため、単調な一つの命令しかきくことができないという欠点を持っていた――はずなのだが、どうもそうではなかったらしいことが今しがた判明したばかりである。


「お姉ちゃんが主人みたいだからね。何か裏技でも使ったんじゃないのかな。――で、至急ウィルドラドに戻るようにって」


「え? それは妙だな。何かあったのか?」


 不安そうな表情でリーフは問う。プリムもそれには首を傾げるしかない。来たと思ったらすぐに帰ってしまったため、結局のところ詳しい話は何も聞けずじまいだったからだ。


「うーん……詳しくはわからなかったんだけどね」


 それ以外に説明のしようがない。


「仕方がない。ソウェルアンスールにいる目的も片付いたことだし、明日には発つか」


「うん。それがいいかもしれない。急いで戻っても早くて五日くらいはかかるもの」


「野宿することを考えればな。首都を通らずに山伝いに走ってそのくらいだろう」


 互いにウィルドラドまでの経路を想像する。首都を回避する目的で作られた街道が山脈に沿って存在し、それを使えばウィルドラドまではいくらか短距離となる。道が悪いという噂だが、選り好みをしている場合ではないだろう。


「空路が使えればもっと早く行けそうだけど、そうもいかないもんね」


「飛行用魔導人形か。確かにそれが一番便利だろうが、調達するのは難しいだろうな」


 プリムのため息まじりの台詞にリーフも苦い顔をする。


「そうと決まればこれから魔導人形協会に行ってこなくっちゃ。その人形はどうするの?」


 立ち上がったプリムは麻の袋を見て問う。


「オルクは魔導人形協会にことを説明して引き取って貰えばいいと思うが」


「わかったわ。任せて。今すぐ出掛けてくる。――あ、怪我の治療は戻ったらすぐにやるから、傷口をちゃんと洗っておいてよ?」


 リーフの顔を見てにっこりと微笑み、狼の人形が入った麻袋を担ぐとプリムは部屋を出ていく。リーフは頼もしく感じられるようになったプリムの小さい背中を見送りながら、頬を少しだけ引っかいた。

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