あなたは被害者なのですから

 店がほとんど閉まっている大通りをすたすたと歩いていくミール。その後ろをプリムは黙ったままついていっていた。この時間も問題なく開いている酒場から聞こえる喚声や食器のぶつかり合う音だけが通りに響いている。人通りもまばらで、その人たちのほとんどが酔っ払いだった。


「あ、あの……」


 どこまで行くのか不安になって、意を決して問いかける。ミールは立ち止まった。


「先に一つ、いいですか?」


 ミールに会ったら聞いておこうと思っていたことがあった。それはできるだけ二人きりのときに話したいことであったので、この時機を逃したら次の機会はないとプリムは覚悟を決める。


「なんでしょう?」


「魔導人形は、人を意のままに操ろうとする魔術の開発によって生じた副産物だったんですね」


 ギューフェオーで傀儡師魔術の知識を増やすために手に取った陣魔術の本。それには陣魔術から傀儡師魔術、人形技師魔術に派生していくまでの過程が綴られていた。一般には知られていない、隠されてきた歴史が克明に記されていたのである。


「えぇ、そうですよ。プリムさん」


 ミールは振り向かなかったが、非常にあっさりと肯定した。動揺の色さえなく、大したことでもないような口調。全く驚いていなかった。


「やっぱり……」


 陣魔術が廃れていってしまった理由は定かではない。しかし『魔導人形理論』が書かれ、人形職人魔術と傀儡師魔術として魔術を再編したのは、生きている人間を魔導人形として操作することを防ぐためだということは当時の書物を見る限りでは確かなことといえた。国が当時の書物を厳重に管理し、人形を扱う様々な人間に対し目を光らせている理由もそこから窺い知れる。まさにぎりぎりの綱渡りなのだ。人の狂気から生み出された甘い汁を手放せない状況、それがこの国の現状なのである。


「――そんな質問をこの私にしてくるということは、あなたも興味があるのですね?」


「え?」


 プリムはミールが何を確認しているのか瞬時に理解できなかった。ミールはゆっくりと振り向く。


「あなたはリーフ=バズの主人ですね?」


 まっすぐに突きつけられたその問いに、プリムは言葉を詰まらせる。相手がどこまで知っているのかわからない以上、うかつに答えることはできない。しばらく沈黙が続く。


(この人、やっぱりあたしがリーフ君と魔導人形の契約エンゲージを結んでしまったことを知っている!)


 ミールがこういう言い方をするときはほとんど確信を持っているときだ。そうと知っているプリムは、口をパクパクさせるだけで言葉が思うように出てこない。口の中がからからに乾いていくのがわかった。


「その長い沈黙は肯定と取ってよろしいということでしょうか」


「ちが……」


 咄嗟に否定しようとするが、説得できるだけの材料を持ち合わせていないことに気付いて結局続けられない。


 うろたえるプリムを見ていられなくなって、ミールはやんわりと表情を崩し、ぎすぎすした空気を取り除こうと努める。


「――私はあなたを訴えるつもりはありません。あなたは被害者なのですから」


「え?」


(ミールさんはどこまで知っているの?)


「たまたま、魔術の作動範囲にいただけのこと。あなたが主人になってしまったのは偶然です。――いや、そう言い切ってしまうと語弊があるように思えますが……」


「あの……あなた……」


「彼は、リーフ=バズは死ぬつもりですよ、プリムさん」


「!」


 いきなり話が飛んでしまったように思えて、プリムはついていけない。


(リーフ君が……死ぬ?)


「なんで……?」


 理解できない。リーフが死ななければならない理由がプリムにはわからない。


(たとえこの状況を打開する方法が見つからなかったとしても、今のままでやっていけるでしょう? あたしはあなたを拘束しないって誓うよ? 今までどおりに付き合うよ? それでは何か問題があるって言うの?)


 涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「あたしが……未熟だから?」


「いいえ。ですが、彼はあなたのことを想って死を選んだのです」


「だとしても勝手だわ! 自分の都合でしょ! あたしにその思いを必死に隠して……ずっと黙っていたなんて!」


 感情のままにプリムは叫ぶ。ここが大通りであるということも忘れて。


「あなたの身体に負担が掛かっているのを、彼はつらいと思っていました。ゆえに、なんとしてでも人間に戻らねばと。――しかし、人間に戻ることはできなかった」


 プリムの感情的な台詞に対し、ミールは落ち着いた声で淡々と告げる。


「……なんですって?」


「私が把握している人形で、異変が観測されたものはもうありません。つまり、彼の魂をすべて回収すれば人間に戻るかもしれないというあなた方の仮説は崩れたことになります」


「……え」


 それが真実ならば、これ以上につらいことはない。プリムは衝撃のあまり言葉を失う。


(リーフ君は人間に戻れない? そんな……そんなことって……あたしたちが今までしてきたことは無駄だったってこと?)


 涙が止まらない。


「私としては、彼が人形のままでも構わないのです。しかし死なれると困ります。彼は優秀な人形職人。その技術と知識が失われるのはこの国にとっても大きな損失だと考えているのです。――そうでなければ、私にあんな態度をとった時点で首を切りますよ。許可証の永久剥奪以上の刑を与えねば気が済みませんね」


 リーフの横柄な態度が許されていたのは彼の持つ秀でた能力によるものが大きかったらしい。ミールは続ける。


「そこであなたにやって欲しいことがあるのですが――その前に、あなたに問うておかねばなりませんね」


「な、なんでしょう?」


 ミールがリーフの死に反対しているのがわかり、プリムは涙を慌ててぬぐうと首を傾げる。


「あなたは、リーフ=バズをどのようにお思いですか?」


「へ? な、何故そんなことを?」


 身体が火照るのがわかった。プリムは思わず視線をそらす。


「大事なことですよ。彼を奪い返すためには」


「奪い返す?」


「彼への想いがなければ打ち勝つことはできない。彼が生きようと思うためにはあなたが必要なのです」


「あの……話が良く見えないのですが」


「魔術は精神状態と密接に関係しているのです。エミリーも言っていたではありませんか」


(言わせていたのではなく?)


 そこまで考えて、今まで回収した人形の背後にはミールがいたのだと確信する。事態を知って、影ながら導いてきたのだと。ならば、彼が「訴えるつもりはない」という言葉を信用することができる。


「あたしは……彼を……」

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