ローザシリーズ、エミリー
外から見るよりも、中はずっと広く感じられた。というのも、この屋敷には地下があったからだ。角灯の光がともされた廊下をプリムは導かれるままに進む。やがて木製の扉の前に来ると、カルセオは扉につけられた鍵を開けて中に入った。
「うわあ……」
部屋に並べられた人形の数にプリムは思わず声を漏らす。古いものから新しいもの、傷ついているものから何が問題なのかわからないものまで、さまざまな姿をした人形が所狭しと並んでいるのだ。
「エミリーの件で仕事が手につかず、溜まってしまってこの有様ですよ」
肩をすくめてカルセオは説明する。それでも人形たちはきれいに整頓されていて、きちんと分類された状態で並んでいるらしかった。プリムはこの男の几帳面ぶりに頭が下がる。
「それにしても片付いていますね、この部屋」
「えぇ、だから困っているんです」
「?」
「この子が問題のエミリーです」
プリムが不思議そうにしていると、カルセオは奥に置かれた人形を指し示す。どの人形からも遠ざけられている隔離状態の少女型の人形。角灯の光だけではよくわからないが、アーリアと同様、プリムと似た顔をしている。
「なんとなく、あなたに似ていますね」
カルセオが何とはなしにプリムに言う。誰が見ても似ていると思えるくらいプリムにそっくりな顔をした人形、それがローザシリーズの特徴らしい。プリムは背筋に冷たいものを感じる。
(リーフ君は何を思ってこんな人形を……)
小さく聞こえないようにため息をつく。正直、頭が痛い。
「あたしも同感です」
「プリムさん、早速お願いできますか?」
「みぃ」
プリムの代わりにディルが答える。袖口からひょっこり顔を出すとエミリーに向かうように糸を引っ張る。
(どうも当たりのようね)
「わかりました。始めましょう」
小さくうなずき、気を引き締める。
「陣魔術の拘束を解きますので、すぐに捉えてください」
「はい」
角灯を棚の上に置くと、カルセオはエミリーに近付く。今のところエミリーはどこにでもある観賞用の人形と同じで動いたりはしていない。表情も全く変わっていないように思える。カルセオが手を焼くほどの人形とはプリムには思えなかった。
エミリーの足元に敷いていた陣をカルセオは簡単なしぐさで取り除く。するとエミリーの身体に異変が起きた。
「あなたが来るのをずっと待っていたわよ、プリム=ローズ」
闇とも思える黒い炎がエミリーの足元を燃やしている。それを見て驚いたカルセオは後ろに飛び退く。
「いつもと違うっ?! 何かの因縁があるんですか? プリムさん」
助けを求めるようにカルセオはプリムに視線を送る。
「さあ、あたしにもさっぱり……」
寒くもないはずなのに汗が流れる。エミリーから放たれる威圧感は相当なものだ。右手にいるディルが身体を震わせているのがプリムにはわかった。
「ふふふ。ここにいればきっと向こうから来るってミールさんが言っていたけど、本当にそうなるとは思っていなかったわ。脚本通りで助かっちゃう」
無表情の人形はくすくすと笑いながらプリムに歩み寄る。闇色の炎を足下に従えて、プリムから手が届くか届かないかのぎりぎりの位置で立ち止まった。
「なんのことですか?」
カルセオがエミリーとプリムのやり取りに首を傾げる。その声はわずかに震えている。
「前言撤回します。この子はあたしが解除しなくてはいけない……カルセオさんは下がっていてください」
ちらりとカルセオに視線を向け、再びエミリーに視線を向けるとそこには人形の姿がなかった。
「させないよ!」
声はカルセオがいた場所で、エミリーは何かを構えている。角灯の光に照らされたそれは小さな短剣だった。あまりの素早さにカルセオは何の対処もできずに固まっている。
「ディル!」
プリムが呼びかけるのと同時にディルは右腕の袖からエミリーに向かって飛び出す。
「邪魔だ!」
エミリーはディルの動きを捕らえると短剣をその方向に素早くなぐ。その勢いで小規模な突風が生まれる。
「みぃ!」
短剣には当たらなかったが、突風の直撃を受けたディルはその身体を床に強かにぶつける。その間にエミリーはカルセオに飛びつき、その短剣をカルセオの首に押し当てて止まる。
「くっ……」
カルセオは動けない。短剣を突き立てられたわけではないが、その刃が皮膚に浅く食い込み血が流れているからだ。これでは呪文を唱えることもできない。
「なんてこと……」
プリムはエミリーを見て動揺する。
(リーフ君の人形に人殺しをさせるわけにはいかないわ。でもどうしたら……)
「人間はもろい生き物だ。必ず死んでしまうからね。なのにそんな人間ごときに人形は尽くさねばならない。その人間が死ぬまで自由を奪われるのだ。それはおかしいとは思わない? 人間の一存で、私たちの生死が決まるなんておかしい。勝手に魂をこの世界に拘束したくせに、必要がなくなったら除霊するって? 何様のつもりかしら?」
無表情なのがかえって怖い。淡々としたエミリーの声もまた不気味だ。カルセオの首に当てられた短剣は全く動いていない。
「あなたの目的は何なの? ここで彼を殺すことに意味があるのかしら?」
諭すように優しげな声を作ってプリムは説得を試みる。声が震えてしまうのは仕方がないことだ。こういう場面には慣れていない。
「あなたを狂わせるには充分でしょう?」
「な……」
(それだけのために……?)
「あなたをここに導くのにはそんなに苦労しなかったわね。ミールさんが私をここに預けてくれれば、後は騒ぎを起こすだけで済む話。手荒い真似をする覚悟でいたんだけど、この男、部屋をめちゃくちゃにするだけで恐慌状態になるんだもの。とっても楽だったわ」
言ってエミリーはくすくすと笑う。
(カルセオさんは几帳面な人みたいだから、整頓されていない部屋が許せなかったのね。……ちょっと笑えるんだけど)
プリムは心の中で苦笑する。だが、カルセオがそういう人間だったからこそ被害が拡大せずに済んだともいえるエミリーの台詞にプリムは薄ら寒いものを感じた。
「……それで、本題はなんなのかしら?」
プリムは唾を飲み込んでエミリーの話を促す。逆上させるようなことがあってはならない。言葉をよく選んだつもりの台詞だ。
「リーフ=バズの肉体を解放しなさい。どうせ持て余しているんでしょう?」
「できるものならもっと早くやっているわよ」
プリムはすぐに答える。それは事実であり間違いはない。
「どうかしら?」
エミリーが口元の端を吊り上げる。まがまがしい表情はプリムを凍りつかせる。自分と同じ顔を持つ人形がそういう表情をすることにプリムは恐怖を感じた。
「事実は事実よ」
プリムはエミリーをにらみながらきっぱりと答える。
「それは認識不足ね」
短剣に力を込める。皮膚に短剣の刃先がさらにめり込む。カルセオの襟元が赤く染まり始めていた。
「やめて!」
悲鳴に近い声を上げる。カルセオは痛みを我慢しているのかうめくこともしない。
「あたしにどうしろと言うのよ! 解除できないのは事実なのよ! 魔術的に無理なの!」
どうしても足が震える。目の前で無関係の人間の命が奪われようとしている。ウードと対峙したときよりもずっと怖かった。
「魔術って精神状態と関係しているのよ。その意味をわかってる?」
エミリーはとどめを刺すことなく焦らすように短剣を止める。
「…………」
プリムは唇を噛む。エミリーの台詞を反芻しながら。
「未熟者ねぇ。それでよく彼を使役できるものだわ」
せせら笑いながらエミリーはプリムを見つめる。
「あなたはただ、彼を手放したくないだけなのよ。自分のそばに置いて、自分の理想を演じて欲しいだけ」
「違うわ!」
プリムはすぐに否定する。その顔は青い。
「認めてしまいなさいよ。そのほうがずっと楽よ。認めちゃえば指輪を外すことだってできるでしょうよ」
笑いながらエミリーは続ける。プリムは一歩下がって両耳に手を当てる。
「そんなことはない……違うわ」
混乱している。どうしたらいいのかなどわからない。こんな精神状態では解除呪文を使えるわけがない。だからといってエミリーの言うことを聞くこともできない。どうしようもない。
「プリム……さん」
カルセオがようやっとプリムに声を掛ける。届いているかわからないが、カルセオは続ける。
「あなたは……あなたが信じる道を選ぶべきだ……逃げてはいけない」
「黙れ、外野が!」
エミリーは短剣を引く。その刹那。
「み!」
カランと言う金属音。血のついた短剣が床に落ちている。
「貴様!」
いらついた声でエミリーが叫ぶ。ディルがエミリーの首に自ら伸びる糸をかけて引き剥がしたのだ。
「同じ人形のくせに……!」
糸を取ろうともがくがエミリーの首に巻かれた糸は魔導人形由来の丈夫なもの、簡単に切れるはずもなくしっかりと食い込んでいる。
「プリムさん!」
血が流れる傷口をカルセオはしっかりと押さえるとプリムに駆け寄る。
「落ち着いてください、プリムさん。今は集中してください。好機です」
「でも……」
カルセオから流れる血を見ると落ち着ける状況ではない。
「不安がることはありません。あなたならできると信じている。僕を助けてくれたのはあなたなんです」
「あたし……できない……」
恐怖が心を支配する。こんな状態では魔術を使えるだけの精神状態を作ることなどできない。
「ごめんなさい!」
カルセオの一言と響き渡る破裂音。プリムの頬をカルセオが思いっきり叩いたのだ。
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